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祈り

 大河からも海からも遥か遠く、彼方に雄大な山脈を仰ぐ、広大な砂漠の中の緑あふれる地。人ならざるものからの贈り物とされるそのオアシスは、大国アスマーリから二百年前に独立した、メラザイブ朝の王都ジャーハ・ルークとして栄えていた。


 隣国アスマーリに及ばないながら、武力と交易を両輪に領土を広げてきたメラザイブ朝は、遊牧民と農耕民を従え、砂漠と高原、そしてオアシスを支配する、第二の大国に成長していた。その王国を支えるもう一つの柱は、彼らに豊穣を約束し、洪水や干ばつから守る、精霊への信仰である。



 都ジャーハ・ルークの中央に、高い城壁に囲まれたメラザイブの王城はそびえ立っている。眩しい日差しを防ぐオレンジ色の布が頭上に張り巡らされる細く入り組んだ迷路の中、駱駝(らくだ)や鶏、香辛料、魚、肉、絨毯(じゅうたん)やランプを売る商人たちの騒がしい声、職人が金属を叩く金槌の音、通りの人々の世間話が響く市場を抜け、すっかり開けた大通りを歩けば、堅牢(けんろう)で背の高い城壁と壮麗(そうれい)な白亜の門と、金細工の(さや)に片曲がりの剣を納めた、軍服に着飾った兵士たちが見える。門の先には、白壁を基調に金と緑や青い宝石で、幾何学的で複雑な装飾が施された華美で巨大な宮殿と、それに劣らぬ財を投じて建てられた、神々しく白い神殿があった。

 太陽に輝く白壁の神殿は、メラザイブの始祖が建国に際して契約を結んだ、水の精霊を祀る役割を果たすため、宮殿の傍らに建てられた。この神殿は、メラザイブの民と王家の信仰の中心として、国中に散らばるいくつもの神殿を統べる大神殿であり、最も贅を尽くして建てられた神殿である。そして、大神殿を司るのは、神官長である神子ラウーフである。



 大神殿の中央に位置する、祈りの場である聖堂に、(おごそ)かな時禱(定時の祈り)の声が響く。精霊、王家を讃える、大人達の低音の合唱が終わった後、ちらちらと輝く宝石の粒の壁に反射して、一人の少年の声が静寂に響く。どこかあどけなく、少年らしさを残しながらも、厳かで清らかな声に、床に座って祈る群衆は耳を澄ませた。

 肩からサラサラと流れる絹糸のような白い髪に白い肌、オパールのような虹色の目を持つ少年は、精霊と契約を結び、王家の始祖を救ったといわれる、伝説の少女の生まれ変わりといって差し支えのない浮世離れした容姿をしていた。この地域では少数の民族のみが持つその肌色は、時に迫害の理由となったが、この神官の長の場合は、人々が彼を神子の生まれ変わりと信じる由縁になった。


 そばに控える神官達や、参列者の視線も意に介さず、この国の神官を統べる少年は、何千回と繰り返した祈りを諳んじる中、繰り返し窓の外を盗み見る。また時折、草花を(かたど)った幾何学模様の窓枠の向こうから、外の音を聞き取ろうと、耳を澄ませる。そうして百四十節を終えようかという時、少年は遠くから、待ちわびていた音を聞く。


 砂煙の匂いと共にかすかに聞こえる軍歌。まだ成人前の神官長は、伏せていた目線をぱっと上げる。祈りの間は彫像のようだった無機質な整った顔には生気が宿り、唇は緩やかに弧を描いた。


「やっと、帰られたのですね、バハール様…」


 精霊に祈りを日夜捧げることが責務である神官長は、かの人の名を、祈りの句にある精霊の名よりも愛しげに呼んだ。

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