VD-master
・VD-master
西暦2016年。
世界中で「審判の刻」が噂されていた。終末論的な話題としてメディアでもよく取り上げられていた。
VD-master。2005年に登場したアクションコマンドシミュレーターである。
2005年1月、大人気ロボットアニメのコックピットを模したアーケードゲームが登場し、空前のヒットとなった。それを受け、他社企業が次々とACSの開発に参入し、30を越える作品が世に出た。VD-masterもまたその中の一つとして発売された。だが、この商品が他と一線を画していた点がある。それは難易度が高過ぎてクリアできない事であった。これには多くの名だたるゲーマー達が立ち上がり、日夜クリアに向けての研鑽と情報共有を惜しみ無く行ったのである。だが、ステージ5の中ボス攻略でどうしても操作が追いつかずやられてしまうのだった。
企業側も緩和の方向で修正が行われたがやはりクリアは誰一人できなかった。
ゲームが発売されてから3年の月日が過ぎ去った。
麗らかな陽気に包まれていたある春の日。
白井エミは家族で近郊のデパートに来ていた。
だが、なぜかその日に限って何も欲しい物がなかった。
「もぉ!ママが全然着いてこないよ!」
早く帰りたかった。そんなエミを見て
「ママはああなったら2時間は動かないんだ。諦めよう」
エミの父、恵蔵が生気の無い声で答える。
不意に弟の新太が泣き出す。慌てて敬蔵があやそうとするが、泣き止む事はなく。
「ほら、食べな」
新太の目の前に手を差し出す。一目見た新太は泣くのをこらえた。エミの手から飴玉を取り、口に入れると、笑顔がこぼれた。
だがエミの心は曇っていた。無性に広場ででも走り回って遊びたかった。あまり衝動的になる子供ではないが、今日に限っては抑えられない。感情が今にも爆発しそうだった。
「よし、休憩コーナーに行こう!」
敬蔵がそう言って二人を連れて行く。エミは渋々付いて歩いた。エスカレーターで三階に上がり、少し歩いた場所にあった。
敬蔵は空いているテーブルを見つけると、陣取って席に座った。新太はすぐそばにあるゲームコーナーが気になっているが、とりあえず席に座った。エミも席につこうとしていた。
急に心がざわついた。何だろうと思って見た先には、少し大きなゲーム筐体があった。
「パパ、あれは?」
エミの問いかけに恵蔵は指指す先を見た。
「あぁ、確か何年か前に出たゲームだったな。何で?」
「やってみたい」
エミの雰囲気が柔らかになっている。
「そうか、いいよ。ママが来るまでなら」
「ありがとう!」
恵蔵とエミは筐体の場所まで歩いた。全体が白であしらわれており、扉かついていた。誰かがプレイしていると外にシグナルが光る仕様になっている。今は誰もプレイしていない。扉を開けると中は少し余裕のあるコックピットがあり、全体がディスプレイになっている。コイン挿入口を見つけたので、恵蔵は三百円を財布から取り出して入れた。
エミはプレイシートに座ると、興味津々にモニターを見回していた。
「何かすごいねー、パパ」
「圧倒されるよなぁ」
「うんうん」
「操作方法とかあるかなぁ」
恵蔵がそう言って探そうとさた時、
「パパあ」
新太の声がした。
「ジュース飲みたい!」
「ちょっとだけ待ってて」
新太の方を見て答えた。
「あ、行っていいよ」
エミが操作パネルを見ながら言った。
「え?お前まだ何もわからないんじゃないか?やった事無いだろう」
恵蔵は驚いた。
「大丈夫。何となくはわかった」
「でも一回分しか入れてないぞ」
エミは笑って
「いいから。新太の方をやってあげて」
(娘がそう言うならいいか、まぁすぐ終わるだろうけど仕方ない)
そう恵蔵は考えた。
「わかった。終わったら戻ってこいよ。エミの分も買っておくからな」
「うんうん、ありがとう」
恵蔵は筐体から降りて新太の下へ向かった。その後すぐ扉が閉じた。
「よくわかんないけど、懐かしい感じがする。大体の物は知ってる」
エミとしても不思議な感覚だった。初めて触るはずなのに、何もかもが手馴れた、まるで自分の部屋のようだった。
セレクト画面から、スタートを押してみた。
画面が機体の選択に変わる。表示された10種類程から好きなロボットを選ぶようである。
「うーん、どれだろ」
エミの視線が変わるとその先のロボットに変わった。
「おぉ」
見ただけで選べるようだ。
「やっぱりこれかな、うん。これにしよ」
エミが選んだのはヴァルドーラ、このゲームのメインメカである。
選択完了すると、コックピットの中がヴァルドーラ仕様に変化した。エミは心弾ませた。
サブモニタが慌ただしく表示され、エミはそれらを一つずつ目で追った。
一通り確認する事十五秒。中央の操作パネルに表示されているスタートボタンに手を置いた。
「さぁ、行ってみよーー!」
こうしてゲームは始まったのである。
エミがゲーム筐体に入ってから三十分が経過していたが、まだ扉が開く事はなかった。ランプはまだついたまま。待っている恵蔵はかなり心配している。妻が戻るにはまだ十分余裕があるため、もう少し待ってみようと思い直す。幸い、新太は遊びに夢中でご機嫌だ。新太との遊び相手に専念する事にした。
更に十分が経過した時の事である。
突然、筐体から大きな音が鳴り響く。が、その旋律はハッピーなものであった。
周囲がざわついていた。恵蔵と新太も何事かと立ち上がっていた。
少しの後、扉か開いた。中から少し疲れた表情を浮かべたエミが現れる。
「大丈夫か、エミ」
「うん。何とかゲットできたよ」
心配げな父親に、筐体から受け取ったカードと安堵の笑みで応えた。
ゲームコーナーの店長がエミのもとに飛んで来た。
「おめでとうございます!この店初の、いや、世界初のクリアです。皆様、暖かい拍手をお願いいたします」
「おめでとう!」
周囲から祝福の言葉と暖かい拍手が湧き起こった。まだ熱気が残るエミは頬を赤らめて周りにお辞儀した。
「ご家族ですか。少し書類を書いて頂きたいので、部屋まで来てください」
恵蔵に店長が話した。
「あぁ、少しでしたら」
恵蔵は即座に答え、店長について行く事にした。
エミと新太も後について行く。
「やはりこのゲームは誰もクリアしていなかったのですか…」
「ええ。難しすぎて最近は客足も悪かったんです。さぁ、この中です。どうぞ」
店長室に三人は通された。中はさほど広くはなかったが快適だった。新太とエミは少しゆったりとしたソファーに座った。
「少しお待ち下さい。書類を取って来ます」
「わかりました」
店長はそう言うと、奥の倉庫に向かった。恵蔵もエミ達と座って待つことにした。
「姉ちゃんスゲーなぁ。全然出てこなかった」
「あたしもやる時はやるのだよ!」
「ハハハハ」
「でも初めてするゲームなのによくできたなぁ。出てこなくて心配したよ」
「あたしもよくわかんないのよ、パパ。何となくやってただけなのにね」
「僕でもできるかなぁ」
「できるんじゃない?新太の方がゲーム上手いし」
「パパ、僕もやってみたい!」
「そうだな、後でやらせてあげるよ」
「やったぁ!楽しみだ」
「あたしが操作教えたげるよ」
「ありがとう、姉ちゃん」
「まっかせなさーい」
店長が用紙を持って戻ってきた。恵蔵が立ち上がり説明を受ける。
「ゲーム会社から通達がありまして、クリアされた方に招待状を送付するために個人情報の記入をお願いしたいとの事です」
「それは構いませんが、招待とはまた大袈裟な」
「何でも大会への出場権が得られるとか」
「そうなんですか。わかりました、書きましょう」
恵蔵はペンを受け取ると、書類に記入していった。簡単で必要最低限の情報だけだったので、書き終えるのにそう時間はかからなかった。
「よし、できた。これでお願いします」
「ありがとうございます。後はこちらで手続きしておきます」
「よろしくお願いいたします」
店長に一礼して、子供達と部屋を後にした。
「ごめんなさい!遅くなっちゃった」
真由子が手提げ袋を三つ持って、ようやく買い物から家族のもとに戻ってきた。
「もぉ!ママ遅すぎ」
新太がごねた。
「ごめんね新太」
「お腹が減ったー!」
「そうね、ここのレストランで食べましょうか」
「やったぁ!」
「おい、それでいいのか?」
「帰って支度する手間暇考えたら安いものよー」
「荷物持つよ」
「ありがとうあなた。助かるー」
「じゃあ行こう」
「パパ、先行ってくる!」
新太が待ちきれず走り出す。
「こけるなよー」
「早く来てよねー」
レストランは同じフロアーで、休憩コーナーから一分くらい歩いた場所にあった。
新太がサンプルのショーケースをじっと見ている。こちらに気づく素振りもないようだ。
「新太決まった?」
「姉ちゃん!」
やっと気づいた。
「うん。カレーにする!」
「じゃ、入ろう」
「うん!」
新太とエミがレストランの中に入っていった。その後を恵蔵と真由子が付いていく。
「あなたは何が食べたい?」
「んー、醤油ラーメンにするかな」
「私もそれがいいかなぁ」
「じゃ、店員呼ぶか」
無事四人は注文し、待っていた。
「しっかし、あのゲーム激ムズだったよなぁ。スピードに付いていけんかった」
「まだ一回しかプレイしてないんだし、仕方ないんじゃない」
「姉ちゃん、一回でクリアしたじゃんか」
「たまたまよぉ」
「エミちゃん、ゲームやったの?」
真由子が驚いた顔で割り込んだ。
「ああ。しかも世界初クリアだって。俺も驚いたよ」
恵蔵が説明する。
「一回だけのつもりでやらせたのは確かだが、三十分以上出てこなかった時は心配したよ」
「テヘヘ」
「そんな才能があったなんてね。私も知らなかった」
真由子が感心しながらエミの顔を見て言った。
「あたしもよくわかんないんだよ。気がつけば何もかも知ってたって感じでさ。感覚のままにやってたら、最後まで行けちゃったって感じ」
「エミは超能力でも使えるの?」
「んなわけないじゃん。使えるもんならとっくに有効活用してるよ」
「そりゃそうだわね」
「うんうん」
そうこうしているうちに注文の品が次々とテーブルに運ばれてきた。待ちきれず新太は先に食べ始めている。
「で、このキラキラが出てきたってわけ」
赤いカードを出して見せた。
「何それ?」
「クリア認定証みたい。何回かは無料でプレイできるんだって」
「いいじゃないのー」
「好きかどうかもわかんないのに」
「俺も欲しい!」
「新太もそのうち取れる。一緒に頑張ろう」
「おう!」
わずか十六才の少女がVD-masterを世界で初めてクリアした事実は、その日のうちに世界中に知れ渡った。日本でも夜のニュースで報道され、注目されるようになった。
幸い個人情報が漏れる事はなく、その日は無事エミも就寝することができた。
今回の出来事が、今後のエミの人生を大きく変えていく事になるとは、この時まだ知るよしもなかったのである。