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86話 訓練一日目

用語説明w

カプセルワーム:ぷにぷにしたカプセル型で、傷を埋め止血と殺菌が出来る

ナノマシン集積統合システム:人体内でナノマシンを運用・活用するシステム。ラーズの固有特性となった


デモトス先生:ゼヌ小隊長が紹介した元暗殺者で、ラーズの戦闘術の指導者。哲学と兵法を好む

エマ:医療担当隊員。回復魔法を使える(固有特性)




今日から訓練が始まった

デモトス先生が俺の前に立つ


「第一目的は、君のナノマシン集積統合システムを二段階目に進行させることだ」


「はい。具体的には何をすればいいでしょうか?」


「エマと相談した結果、まずはフィジカルの向上だ。単純に筋肉などの細胞の増加はナノマシン群の含有量を上げる。戦闘にも役立つしな」


…筋力トレーニングか、思ったより地味だな

だが、フィジカルが強いに越したことはない


「更に、暗殺対策のため、実戦形式で私が格闘技術やナイフ戦闘を指導する。これの目的は二つだ」


「二つの目的ですか?」


一つは戦闘技術の習得だろうが、もう一つはなんだ?


「技術習得と負傷だ」


「…負傷!?」


「ああ、負傷だ。怪我と治癒を繰り返すことでナノマシン群による治癒力の向上と含有量の増大が見込まれる。もちろん、君がマゾヒズムに目覚め、一方的に切りつけられる痛みを受け入れるという道もあるにはある」


「…絶対嫌です!」


デモトス先生は、「そうだろう」と言って頷く


「痛みとは、生命に対する危険信号だ。制御し対処すべきだが受け入れるものではない。更に、実戦訓練を繰り返すことができるというメリットもある」


その実戦訓練は、負傷前提の内容ってことだよね?


だが、山に込もって大岩を運んだり、亀の甲羅を背負って走り続けるような訓練を想像していたが、思ったより論理的で目的がはっきりしている


「もちろん、楽な訓練など一つもないが効果は保証するよ」


デモトス先生の目は、相変わらず優しい目をしていた




・・・・・・




「はぁ…はぁ…」


背中には亀の甲羅に似た形の重りを背負い、大きめの岩を抱き上げ、一本足の下駄を履いて歩く


「バランスは全ての動きの要だからな。体幹を含めしっかり鍛えあげるのだよ」


「こ、この…どこかで見た訓練スタイルは何なんですか…? 甲羅の意味も分かりません…」


「その重りは、背負うことによって背中を真っ直ぐにするように設計されている。私の特注品だから安心して使いたまえ」


な、何が安心なのかは不明だが、しゃべるのもきつい…




………




……







「次は、このバランスボールの上に立つだけだ。簡単だろう」


「…む、難しいで…す…」


ヨガボールのような不安定な柔らかいボールの上に立つ

何とかバランスを取るがすぐに落ちてしまう


「失敗しても構わない。何度でも続けたまえ」


「は…はい…」


「それが出来たらこの壺を指先で持つんだ。部位鍛練を兼ねた訓練だ」


「…」




……







「よし、次は単純な筋力トレーニングだ」


「は、はい!」

正直、筋力トレーニングは苦手だ


「心配いらない。これらの訓練は()()だからね」

そう言って、俺の心を読んだようにデモトス先生が笑った


「え…?」


デモトス先生の一瞬見せた目にゾクリとした


「さ、始めよう。筋力トレーニングはフォームが大事だ。フォームが崩れたら効果が出ないからね」


「…それは何ですか?」


「見た通りのハリセンさ。特注品だよ?」


特注品多いな!


訓練内容は、腕立て、腹筋、背筋、スクワット…


「言いというまでやりたまえ」


そう言って、訓練が始まった

何回やるか分からないと精神的にキツイ



パァン


「ぐあっ!」



そして、時折飛んでくるハリセン

これがとてつもなく痛い


「フォームが崩れているよ?」

そう言ってニッコリとハリセンを飛ばす


「そ、そのハリセン、衝撃がおかしくないですか?」


「む、気がついたかね? これは霊的構造を持ったハリセンだ。受けると霊体にダメージを与え、痛みが増すのだ」


「れ、霊的構造?」


「霊体にダメージを受けると、肉体にも影響が及ぶ。ナノマシン群の治癒力を上げるためにはいろいろなダメージを受けた方がいいだろう?」


「…」

も、もう声も出せない


「このハリセンは、私の行きつけの鍛治屋に頼んで作ってもらったのだ。霊的構造を確保するために魔剣を材料に使っている。もはや魔ハリセンと言ってもいいハリセンだぞ」


先生…

すみません…もう、どうでもいいです…







やっと、食事休憩となった


「言っておくが、食事も訓練だ。食べられるときに、可能な限りの栄養を摂取する。疲れているからと言って食事を妥協するなんて論外だ、分かるね?」


「はい…」


エマが用意してくれた、大量の食事

だが、疲れすぎて全く食欲がない


「ナノマシン群の素材溶液もしっかりとるんだ」

そう言って、デモトス先生は大量の液体を俺の前に置いた




…無理矢理口に詰め込み、何とか食べきった

食欲は無かったが、体が栄養を求めてくれたようだ


詰め込んだ食材を、吐かないように耐えながら食堂を出る


「三時間休憩だ、しっかり休みたまえ」

そう言ってデモトス先生は去っていく


俺は休憩室に入った途端、疲労と満腹で一瞬で意識を失った…




・・・・・・




休憩が終わると、中庭でデモトス先生が待っていた


「では、実戦形式の訓練を始める」


そう言って、デモトス先生は10センチメートルほどの小型のコンバットナイフを渡してきた


「ナイフですか?」


「そうだ。今から15分間、私と君で実戦形式で戦う。場所は中庭のみ、ここから出てはいけない。だが、この中庭内の物は何を使ってもいい。後はカプセルワームだ、出血時は適宜これを使いたまえ」


「は、はい」

デモトス先生からカプセルワームがたくさん入った袋を受けとる


「必要なことはその都度アドバイスをする。さっそく始めよう」


え!? ナイフの格闘術なんてやったことないけど!


だが、そんな事には構わず、デモトス先生は腕時計のアラームをセットして「開始」と宣言してしまった




さて、どうするか


ナイフなんて使い方が分からない

とりあえず右手で持って、右ストレートの時に刺せばいいかな


デモトス先生は、右手でナイフを持ち、右手を前にして半身で構えている


俺はジャブから早い右ローキックに繋げる



パァンッ


サクッ



ローキックがヒットしたが、ジャブの引き際にナイフで腕を切りつけられた


危ねぇ、手首だったらヤバかった



「…っ!?」


シュッ…シュシュッ



突然、デモトス先生が間合いを詰め、ナイフで三連突きを放つ


「ぐっ…!」


顔への突きは腕で払ったが、横腹をナイフが掠めて出血する


「ナイフ相手の場合は正中線を隠すべきだ。格闘技と違って急所の集まる正中線を刺されると一回で死んでしまうからね」


「は、はい」


横腹から出血している

俺は話を聞きながらカプセルワームを脇腹の傷に張り付ける


浅かったが、腹を簡単に切れてしまうとは…

意識してナノマシン群の治癒力を上げる


「では、続けよう」


デモトス先生が構える

そう言えば、デモトス先生の構えが素手の時と違う


素手のときは両手を胸の前で構えて正面を向いたのに、ナイフの時はかなり半身だ

半身のおかげで、横からのローキックは入り易いが体の正中線を攻め辛い


よし、デモトス先生の構えを真似てみよう

半身になれば、正中線も守れる



その後、何度かやり合うが全く相手にならず、どんどん切り傷が増えていく


「大腿部は太い血管が走っている。切られれば出血で死ぬぞ」


「手を出さなければ切られる。切られれば精神的余裕がなくなり出血量も増すぞ」



訓練の疲労、精神的疲労、それに出血が重なる

体が重く、集中力が削れていく


そして、それが起こってしまった



ドスッ…


「がっ…!?」



左腹部にナイフが刺さる


ヤバい…、この傷はまずい、死ぬ…!?


「深く刺された場合は、ナイフを引き抜かれると危険だ。出血多量で動けなくなる」


そう言って、デモトス先生はナイフを引き抜く


「…あっ!?」

傷から一気に出血する


カプセルワームを一気に三つ張り付ける

出血が増え、寒気を感じる


今動くと、腹からの出血が増える

俺は、ナイフを構えるデモトス先生に手の平を突き出す


「ま…、待って下さい…!」


それを見たデモトス先生が不思議そうな顔をする


「しゅ、出血が…、少し待って…」


「それは、憐憫を誘う作戦かね?」


「え…? いや、血が…」


「私は、十五分間は実戦形式だと言ったはずだよ? 元殺し屋の私相手に、情に訴える作戦は下策だとは思わないかね?」

デモトス先生はこの訓練を続ける気だ


その時分かった

表情を見て理解し、背筋が凍った


この人は殺す気だ

()()()()殺す気だなんだ


十五分間は殺意を持って臨み、それを疑問にも思わない

そういう世界の人だから


「う…うわぁぁぁぁああ!」


俺は後ろを向いてる脱げ出した


怖い!

殺される!


「どんなに焦っても、怪我をしても、武器から手を離すのは失策だぞ」

デモトス先生は、当然のようにナイフを持って追いかけてくる


気が付いたらナイフを手放してしまっていた

武器がない!


死にたくない!


出血する腹に更にカプセルワームを貼り付けながら、周りを探す

後何分だ? 何分たったんだ!? 十五分間が永遠に感じる


「平常心は常に持て。恐怖に呑まれれば視野が狭まるぞ」


な…なんなんだ! これは訓練だろ!?

頭ではそう思うが、デモトス先生の目が、そして雰囲気が、抗わないと殺されると伝えて来る


木材が積み重ねてあるトタン屋根が目に入り、俺は走って行き木材を一本引き抜く

この長さなら、ナイフより圧倒的にリーチが長い!


するとデモトス先生が微笑む

「それは正解だ。相手がナイフの使い手なら、より長いリーチで勝負するのはいい手だ」


俺は木材を槍のように構える

死んでたまるか!


覚悟を決めたその時、


ピピピピ…


デモトス先生のアラームが鳴った


「よし、終了だ。よく生き残ったね」

デモトス先生が笑顔を見せた


「エマを連れてくる。そこで休んでいなさい」


そう言ってデモトス先生は、医療室へ向かった


身体中の力が抜け、気が抜けて崩れ落ちる


「う…うぁ…うあぁぁぁ…」

勝手に声が、涙が溢れ出てくる


生き残ったという安堵、死への恐怖、理由がごちゃ混ぜになって分からない

嗚咽が、震えが、そして涙が止まらない



遠くから声が聞こえる

「ゼヌ小隊長の連れてくる先生って、訓練初日にみんな泣かされるよね…」


「だが、ラーズの先生は一味違うな」


「自分はロケットランチャー撃ち込まれてたのに、よく言えますね?」




そんな声を聞きながら、俺はもう一歩も動けなかった


閑話は、戦闘以外の防衛軍の仕事です

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