84話 先生1
用語説明w
ナノマシン集積統合システム:人体内でナノマシン群を運用・活用するシステム
氣力:肉体の氣脈の力
ゼヌ小隊長:1991小隊の小隊長
エマ:医療担当隊員。回復魔法を使える(固有特性)
MEBハンガー内の仮事務所内はバタバタと仕事が進められている
「ラーズ、キラーマンティスの調査上申は決済もらって本部に送っときましたよ」
「エレン、ありがとう」
「ラーズ、巻物いっぱい使ったでしょ!? もう風属性ないよ?」
「え、それ困る! 注文できないんですか?」
「来月には新しく入るけど、それまでは他の属性使ってよ。それと、大量に使うときは声かけてよね?」
「はい、すみません。気を付けます」
「ラーズ、テロリスト事件の時の空対空ミサイルのレポートが来てたぞ。共有フォルダに入れておくから目を通しておけ」
「はい、ありがとうございます」
そんな事務所を眺めるゼヌ小隊長
「…なんかラーズだけ大忙しね?」
「今日、ラーズの先生が来るから、それまでにラーズ関係の仕事を終わらせておきたいんでしょう。当分、通常業務ができる状態じゃなくなるでしょうからね」
サイモン分隊長が面白そうに言う
「なるほどねー。そういえば、サイモン君もカヤノもリロも、訓練中はまともに出撃できていなかったわね」
ゼヌ小隊長がおかしそうに笑う
「はっはっは。全然笑い事じゃありませんでしたが…」
サイモン分隊長は遠い目で何かを思い出しているようだ
今日は、俺の先生が来るの日だ
今日から俺は訓練に専従となり、先生の指揮下に入る
過去のリサイクル工場を見てきた隊員達は、そわそわして落ち着かない
よほど記憶に焼き付いているのだろう
「カヤノ、先生にお菓子とかお渡しした方がいいんですかね?」
「うーん、いらないと思うわよ? 渡すなら訓練が終わったらでいいんじゃないかな。そんなことを気にする余裕なんかすぐになくなると思うし」
「そうですか…。うぅ、緊張するよ…」
しばらくして、ドアが開きエマと見知らぬ男性が入ってきた
ザワザワとやかましかった事務所の喧騒がピタッと収まる
「ゼヌ小隊長…お連れしました…」
「ありがとう、エマ。お久しぶりです、デモトス先生」
「本当に久しぶりだな、ゼヌ。だが、君に先生と呼ばれるのは不思議な気分だよ」
デモトスと呼ばれた男性は、笑いながらゼヌ小隊長と握手をする
見た感じは老年に入ろうかという年齢、頭上に薄い光輪が見えるので神族の男性だろう
「指導をお引き受け頂きありがとうございます。早速紹介しますわ。ラーズ、いらっしゃい!」
「はい、1991小隊のラーズ・オーティルです。よろしくお願いします!」
「君がラーズか。ゼヌから指導を頼まれたデモトスだ。よろしくな」
とても優しそうな、そして深い目をした人だ
「では、こちらへどうぞ」
そう言って、ゼヌ小隊長が応接セットへとデモトス先生を案内した
・・・・・・
デモトス先生は、ソファーに座ると俺を見つめる
「さっそくだが、君の現状は聞いた。確かに身を守る術は身に付けるべきだ。そこで君の考えを聞きたい」
状況というのは、テロリスト事件に絡んだ関係でバックアップ組織とやらに狙われる可能性がある状況のことだ
「君は、最初に自分の何の能力を上げるべきだと思っているのかね?」
俺の上げるべき能力? 考えたこともなかった
与えられた訓練を、どうこなすかだけを考えていた
「…個人的には索敵能力を上げるべきかと考えています。AIのアバターをカスタマイズして各種センサーを入れるだけなので、比較的簡単に索敵機能の追加が可能ではないかと。まだ、資金が足りてないのでは実現していませんが…」
とりあえず、思い付いたことを言ってみる
だが、思い付きと見透かしたのか、デモトス先生はニヤリと笑った
「不正解だな。まず、君に足りないところを指摘しよう」
「…はい?」
ふ、不正解とかあるの?
「知識欲だ」
「…知識欲?」
「そうだ。君は固有特性としてナノマシン集積統合システムを持ってるね?」
「はい、持っています」
「このシステムの第二段階については知っているかね?」
第二段階? ナノマシン集積統合システムに第二段階があるなんて初耳だ
「…いえ、知りません」
俺は首を横に振る
「私は、先ほどエマから君のことを聞かせてもらった。指導を担当する君の健康状態や能力を知りたかったからだ。更に、ゼヌからナノマシン集積統合システム導入の強化手術を受けたことも聞いていた」
「は、はい…」
「私はそのシステムについてはよく知らなかったので調べてみたんだ。そうしたら、第二段階があることが分かり、その詳細もエマが教えてくれた。エマは大変有能な医療担当だ」
確かにエマが有能なのは認める
俺は頷いて同意する
「私は君を指導するに当たって君のことを調べた。君はどうだ? もっと君自身について知り、調べるべきではないかね。己を知らなければ戦いに勝ち続けるなんて不可能だ」
「はい…」
確かに、そうだ
いつの間にか、自分の固有特性をエマに任せっきりにしていた
少しずつ治癒能力が上がっているとは思っていたが、それ以上、自分で調べることをしていなかった
「エマ、二段階目と現状の話をしてもらってもいいかね?」
「はい…」
エマが、ナノマシン集積統合システムの第二段階に説明をしてくれた
第二段階、それはナノマシン集積統合システム2.0と呼ばれる状態らしい
ナノマシン集積統合システムは、自身の体内にナノマシンやマイクロマシン、ケイ素系細胞、いわゆるナノマシン群を注入し、体内に埋め込まれたコアによって制御、運用する人体強化システムだ
機能として、導入されたナノマシン群によって治癒力の向上が見込まれ、使用し続けることで、体内の細胞内に含まれるナノマシン等の数が増していき治癒力が向上していく
しかし、治癒力以外の能力が上がることはない
だが、ある基準以上に体内のナノマシン群が数を増し第二段階になると、体に変化が起こる
その変化が、人体強化機能だ
筋繊維に含まれるナノマシン群による筋力の増強、骨組織への付着による硬度の強化、肝臓や腎臓に含まれることによる毒物や薬物の排泄能力強化等がある
更に、この段階になると単純な治癒力も比較にならないくらい上がるそうだ
だが、この機能は通常十年ほどナノマシン群を運用して、初めて発現する
ナノマシン群の含有量が増す速度は緩慢だからだ
しかしながら、俺のナノマシン群の含有量がなんと、第二段階に必要な数に近づいているらしい
だが俺は、ナノマシン集積統合システムを導入してまだ一年ほどしかたっていない
通常はあり得ない、明らかに早すぎる数値だ
理由としては、度重なる怪我をナノマシン群で治療し続けることで細胞が人工細胞を取り込み続けたということ
これを繰り返すことで、含有量が通常の十倍という速度で増したのではないかというのがエマの仮説だ
エマの説明が終わると、デモトス先生は頷く
「エマ、ありがとう。どうだね、ラーズ? 君の命を守るという観点から見るならば、私は君のナノマシン集積統合システムの2.0を最優先で発現させることを提案する」
「…はい」
確かにその通りだ
身体能力は、全てにおいて必要だ
戦場だろうが暗殺だろうが身体能力が高ければ、生き残れる可能性は高くなる
「もちろん、無理矢理ナノマシン群の含有量を増すと体に悪影響がある可能性はある。だからこそ、エマはゆっくり君の固有特性を育てるつもりだったようだ。だが、私は体の不調よりも暗殺の危険性の方が高いと判断して、あえて提案をしたのだ」
「…はい、お願いします」
まだ会ってもない俺のことを調べて、指導方針まで決めてきた
この先生は凄い
そして、自分のことを知ろうともせず、指導を人任せにしていた自分が恥ずかしい…
「うむ、では訓練方針は決まりだな」
そう言って、デモトス先生は立ち上がる
「次にするべきことは、私が君からの信頼を得ることだと思うがどうかね?」
デモトス先生はニコリと笑う
「信頼ですか?」
「そうだ。私の実力を見ずに信頼なんてできないだろう? ここは中庭が広そうだったな、移動しよう」
そう言って歩き出すデモトス先生を、俺は慌てて追いかけた