閑話9 広報活動
用語説明w
MEB:多目的身体拡張機構の略称。二足歩行型乗込み式ロボット
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
ロゼッタ:MEB随伴分隊の女性隊員。片手剣使いで高い身体能力を持つ(固有特性)
カヤノ:MEB随伴分隊の女性隊員。思念誘導弾を使い、飛行ユニットによる空中戦が得意なサイキッカー(固有特性)
エレン:獣人の女性整備隊員。冒険者ギルドの受付も兼務
俺は今、ひたすらおにぎりを握っている
だんだん慣れてきて、いい感じの三角を作れるようになってきた
「ラーズ、十個くれる!?」
「はい!」
カヤノがおにぎりをお盆に乗せて慌ただしく持っていく
ここは、政府主催の大規模合同避難訓練の会場だ
毎年各地の市単位で防衛軍や、行政、警察、消防防災が合同で避難訓練を行い、その際に展示物やイベントを行い市民に向けて広報活動を行うのだ
今年は1991小隊の管轄地が会場となり、防衛軍の中隊本部から広報担当が来ている
毎年、この訓練では管轄小隊が避難訓練に参加してくれた市民に対しておにぎりを配ることが恒例となっていて、今年もその例に漏れていない
通称、炊き出しおにぎりと呼ばれている
「あー、ロゼッタ食べちゃダメですよ!」
「だってぇ、お腹すいたよぉ…」
「作ったおにぎりはやめて! 握ってないご飯を食べて下さい!」
昨日から、会場作り、ブースの展示物の搬送と展示、そしてリーフレットやグッズの配布準備、そして朝からおにぎりの準備とめちゃめちゃ忙しい
ちなみに防衛軍のグッズキャラクターは、マスコットのぼうえい君
語呂はいいがぱっとしない、だがほどほどの人気を誇るキャラだ
整備班は朝から配布物を配り続け、戦闘班は訓練参加者への対応とおにぎり担当、ゼヌ小隊長と庶務のメイル、エマ、ジードは防衛軍ブースで中隊の広報担当の補助として展示物の説明を行っている
戦闘班は、サイモン分隊長が目立つ巨体を生かして避難誘導、カヤノとロゼッタが女性の笑顔を生かして炊き出しおにぎり配布、残った俺が必然的におにぎりを握り続ける結果となった
早朝から昼前まで全力で働き、やっと休憩となった
「つ…疲れた…」
おにぎりの湿気で手先がしわしわだ
「お腹すいたー! 」
「おにぎりとおかず、うちの小隊分キープしておきましたよ」
「やった! 君は英雄だ!」
朝からみんなで作り続けた分と、午前中俺が一人で握り続けた分で何とかおにぎりの数は間に合った
まさか、防衛軍におにぎり任務があるとは思わなかったな
休憩に来た隊員は、おにぎりとお茶を次々に消費していく
防衛軍の展示ブースの裏にこのイベントの拠点テントを設置しており、休憩スペースも兼ねているのだ
「ラーズ、お客さんですよ」
テントの入り口が開き、エレンが親子を連れてきた
「あ、ラーズ君こんにちは」
「こちわー」
俺の住むアパート、メゾンサクラの管理人のカエデさんと娘のサクラちゃんだ
避難訓練に参加してくれ、ブースを回ってきたらしい
手には各ブースで配っているお土産でいっぱいだ
「カエデさん、こんにちは! 来てくれたんですね」
「管理人として、やっぱり避難訓練には参加しなきゃね。いっぱいお土産もらっちゃって、サクラも喜んでるわ」
一歳になったサクラちゃんはアパートのアイドルだ
俺もフィーナも他の住人も、サクラちゃんがかわいくてしょうがない
「サクラちゃん、どこのブースが良かった?」
「んー、おまわいさん!」
「えーっと…、お巡りさんのこと?」
「ん!」
サクラちゃんは大きく頷きながら、満面の笑みだ
かわいいが…、警察に負けたか!
嫉妬するな
「向こうで白バイと黒箒に乗せてもらったのよ。子供はやっぱりこの二つが好きよね」
カエデさんが、少し先の警察のブースを指す
白バイと黒箒
子供に人気の警察二大乗り物だ
白バイは白いバイクで交通取り締まりのエース
黒箒は黒い箒で、誘拐や立てこもりなどをの特殊事件チームSSITの空中追跡用の空飛ぶ箒だ
やはり知名度があり、警察のイベントで学校や保育園にも行ってるので子供達の人気は断トツだ
今までは特に意識していなかったが、俺達のアパートのアイドルを奪おうと言うなら話は別だ
「よし、サクラちゃん。防衛軍のブースも見ていかない? MEBもあるし、戦車や銃、モンスターの剥製や写真もあるよ!」
「怖いのいやー」
サクラちゃんはプイッと顔を背けてしまう
ですよねー…
防衛軍は軍隊だけあって、男の子心は動かせても女の子の心は1ミリも動かせない
兵器やモンスター情報で目を輝かせる幼児ってのも嫌だしな
防衛軍の展示って殺伐としすぎてるんだよ!
「やっぱり女の子だと防衛軍はねー…。ごめんなさいね?」
カエデさんが笑いながら謝ってくる
「いえいえ。やっぱり、女の子の心を掴める武器が防衛軍には無いんですよね。せめて、おにぎり食べていきませんか?」
「あら、いいの? ちょうどお腹すいてたのよ、ね?」
「うん!」
お、おにぎりには食いついてくれた
朝から頑張った甲斐があったってもんだ
俺は二人に炊き出しおにぎりとお茶を渡す
サクラちゃんはお腹がすいていたのか、すぐにおにぎりを食べ始める
「フィーナちゃんは来てないの?」
「今日は仕事だって言ってましたねー」
カエデさんは、サクラちゃんの口の米粒を優しくとってあげている
女性の母性はやはり癒されるな…
「他にどんなブースを回ったんですか? 俺、ずっとおにぎり作ってて見れてないんですよ」
「あらあら、大変だったのね」
カエデさんは、クスクス笑いながら教えてくれた
市役所がやっていた避難場所とシェルターを特集したブース
風水害は近くの小学校に避難すればよいがモンスターの襲撃だとシェルターまで行かなければならない、その説明だ
さらに、宇宙探査機や深海調査船などの科学的な調査報告
各地にあるダンジョンの探査結果やアーティファクトの発見報告なども合わせてやっていたそうだ
「面白そうですね。後で見に行って見ようかな」
「もうお仕事はいいの?」
「避難訓練は午前中だけですし、後は交代でブースの説明をやるだけなので時間は作れると思うんですよね」
「なら、午後に消防車や消防MEBの放水訓練もやるって言ってたわよ」
お、それは面白そうだ
見に行ってみよう
「お腹いっぱいー」
サクラちゃんが半分になったおにぎりをカエデさんに差し出す
「そう? じゃ、そろそろ帰えろうか」
そう言って、カエデさんはサクラちゃんを抱っこして立ち上がった
「ラーズ君、ありがとね。サクラもお礼言って?」
「ありがとー!」
「どういたしまして」
「ラーズ君、防衛軍の人と私達市民は直接はなかなか接しないけど…。でも、防衛軍の人達が危険なモンスターを駆除してくれていることは分かってる。ラーズ君が何度も怪我して帰って来ているから危険な仕事なのも分かったわ」
「…いえ、それは自分の不注意や実力不足が原因だったりするので」
突然、カエデさんに言われて焦ってしまう
「いつも感謝してます。怪我しないように、無事に帰って来てね」
「え、は、はい。もちろんです」
そして、カエデさんは頭を下げて帰っていった
市民に直接お礼を言われるって嬉しいもんなんだな
なんか、やる気が出てきた
こういうイベントもたまにはいいな
「ラーズって分かりやすいわね」
「ほんとー、やらしい目だったぁ」
カヤノとロゼッタがニヤニヤと見てくる
「何言ってもるんですか? サクラちゃんは私のアパートのアイドルなんですよ。ご機嫌取りくらいしちゃいますよ」
「違うわよ、お母さんを見る目よ」
「ラーズ、お姉さんタイプ絶対好きよねぇ」
そっち!?
「いやいや! アパートの管理人さんですからね!」
好意は持っているが、ここはしっかり否定しておかなければ
やらしい目って、どんな目をしてたんだ!?
その時、テントの入り口からサイモン分隊長が入ってきた
「やっと避難訓練の客がはけたぞー。疲れたぜ!」
「お疲れ様でした」
俺はお茶とおにぎりを渡す
「サイモン分隊長、今回のイベントは平和ですね。何も起こらない場合もあるんですね」
「あ? そう簡単に何かが起こってたまるかよ」
今年の避難訓練は、参加者も多く大盛況だった