79話 口喧嘩・結末
用語説明w
ゼヌ小隊長:1991小隊の小隊長
ジード:情報担当の魔族の男性隊員、補助魔法が得意
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
カヤノ:MEB随伴分隊の女性隊員。思念誘導弾を使い、飛行ユニットによる空中戦が得意なサイキッカー(固有特性)
シリントゥ整備長:整備班の整備長。ドワーフのおっさん
俺とオズマはにらみ合う
「何なんですか、いきなり?」
「自分勝手だと言ったんだ。お前の身を案じて訓練を提案しているのに、ごねるなんて子供なのか?」
「こっちにもやりたいこと、進みたい道があるんですよ? 悩むぐらいで何でそんなこと言われなきゃいけないんですか? だいたい、身を案じられる立場になったのは誰のせいか分かってます?」
「お前は防衛軍だろうが! 公務員たるもの住民を助けるのに躊躇する理由があるのか!? お前は一度住民を見捨てようとしたんだ、忘れてないからな!」
「はぁ!? それはそっちが情報を渡さないからでしょう!? 同じ公務員として羨ましいですよ! 戦うのはこっちで、警察は見てるだけですもんね? 助けるのが当たり前だ? 警察はなにもやってねーだろ!」
「あぁ!? ふざけるな! 情報は渡しただろうが! 銃や魔法をぶっぱなすのはお前の仕事だろうが!」
「魔法陣の足止めは知らん顔しやがっただろうが! あれだって持ち出されたら大量殺人が可能なことぐらい分かるだろうが! 警察だって協力して当たり前だろ!」
「知らん顔だと!? 俺は戦いの役に立つ情報なんか持ってないから言わなかっただけだ! 役に立ったのか? バックアップ組織の情報は弾丸を止められるのか!?」
「お前、弾丸が飛んでくる場所で戦ったことあるのか? 魔法に焼かれたことあるのか!? 戦ったことも無いのに何で役に立つ立たないが分かるんだ!? 情報ぐらいさっさと渡せ! こっちは命をかけてるんだぞ!」
「情報ぐらいだと!? お前は情報が降って沸いてくるとでも思ってるのか? バックアップ組織の情報を得るのに何十、何百人の捜査員が何年かけたと思ってるんだ! 防衛軍なんか信用できたもんじゃないのに簡単に渡せるか!」
「そう思うなら警察で事件解決すりゃいいだろ! 都合のいいときだけ人に戦わせるんじゃねえよ! こっちを利用するだけしやがって、お前らの方が信用できねぇだろ!」
「馬鹿にするな! お前らみたいな裏切り組織がよく言う! そもそもお前たち防衛軍が信用できないから…!」
パンッパンッ!
「はい、おしまーい」
その時、手を叩く音で俺達は我に帰った
「二人共、少し落ち着いて?」
ゼヌ小隊長が菩薩のような笑顔でたしなめる
「いや、こいつが…」 「こいつが分かってないから…」
二人して相手のせいにするものの、一度止められると冷静になるもんだ
ヒートアップしたのが気恥ずかしい…
「それで、オズマさん? その裏切り組織について聞きたいんだけど…?」
「は!?」
オズマが変な声を出す
「いるんでしょ? 防衛軍内に内通者が。内部の手引きがなきゃ、隊員が襲われたりなんかそうそう出来るわけないし、ね?」
「え!?」
今度は俺が変な声を出す番だった
内通者ってどういうこと!?
コンコン
ガチャッ… 「失礼します」
ジードがお茶を持って部屋に入って来る
「さ、オズマさん、喉が乾いたでしょう? お茶をどうぞ。ラーズは、一度頭を冷やしてこい」
「え!?」
俺はジードに背中を押され、小隊長室から追い出されてしまう
「防衛軍に捜査対象がいたから話せなかったんでしょ? 秘密は守るし、こっちの情報もあげるわ。だから、私の部下を守るために、それをちょっとだけ教えてもらいたいの」
そう言いながら、ゼヌ小隊長がドアを閉めた
バタン…
ドアが閉まる際、「いや…」とか「あの…」とか言っているオズマを囲むように、ゼヌ小隊長とジードが座るのがチラッと見えた
・・・・・・
「え、何で? 何で俺が追い出されたの!?」
「まあ、落ち着け。こっちに座れよ」
サイモン分隊長に言われ、パイプ椅子に座る
「ゼヌ小隊長が言ってたんだけどよ…」
多分防衛軍内に内通者がいることは間違いないが、特定ができていない
だから公安の捜査情報がほしいのだが、簡単には話してくれないだろう
そこで考えたのが、ラーズとオズマを喧嘩でもさせてみたら口を滑らせないかなってこと
オズマが「ラーズが住人を見捨てようとしたことが許せない」と言っていたことを利用してみることにしたらしい
ゼヌ小隊長がオズマに、「ラーズにビシッと言ってあげて?」と後押ししたのだが、その結果が俺との口喧嘩だ
「え…!? オズマとの喧嘩って、全部ゼヌ小隊長の手の平の上!?」
「平常心を無くせば、本音を口から滑らせるかも…て言ってたな」
「怖! ゼヌ小隊長怖いよ!」
「実際、公安の野郎が口滑らせたから、ジードと二人でじっくり質問(恫喝)してるんだろ?」
「いつもニコニコしてるくせに時々真っ黒な物が見えるんだけど!」
その時、カヤノがお茶を持ってきてくれた
「ラーズ、凄い剣幕だったわね。あんなに怒ったラーズ、初めて見たわよ」
カヤノはクスクス笑っている
「あまりに腹立って、我を忘れましたよ。恥ずかしいっす」
「ゼヌ小隊長の言うとおりになったから、口裏を合わせたのかと思ったわ」
「合わせてないですよ…、普通に喧嘩しちゃいました」
「でも、真面目な話、ラーズの立場はよくないらしいわよ? 防衛軍内にテロリストのスパイがいるなら、ラーズの個人情報を渡される可能性もあるし、出撃する防衛作戦を把握されたら現場で狙われるかもしれないし」
「ああ、そうだな。だから、ゼヌ小隊長も公安から情報を得ようと呼んだんだろうしな」
サイモン分隊長も同意する
「今後は彼が公安のパイプになってくれるでしょうから、仲良くしてね?」
「…オズマがパイプになんかなってくれますかね?」
「ゼヌ小隊長とジードに組まれたら、絶対なるわよ」
「俺もそう思う」
サイモン分隊長も大きく頷く
「…もうやだ。うちの上司怖いよ。なんか、もう疲れた…」
暫くして…
「終わったみたいだぞ」
シリントゥ整備長が小隊長室の裏から出てきた
「どうなったんですか?」
「もちろん、公安とのパイプが出来上がりだ。さすがゼヌちゃんだな」
「…」
説得(恫喝)完了、何を話したんだろ?
いや、知りたくないな
「ま、お前が心配することじゃない。お前は訓練のことだけ考えとけばいいさ」
「ああ…、そうでしたね。展開が怒涛過ぎてついて行けないよぅ…」
ガチャッ…
その時、やっと小隊長室のドアが開いてゼヌ小隊長達が出てきた
「ラーズ、ちょっと来てくれる?」
「はい」
ゼヌ小隊長の横には憔悴しきったオズマがいた
「オズマが、ラーズのためにこれから協力してくれることになったの。代わりに私たちもオズマにどんどん協力していくわ。あなたもよろしくね」
「は、はい」
「じゃ、これから一緒に頑張ると言うことで、二人で握手でもどうかしら」
握手…
お互い思っている手がすぐには動かない
「…」 「…」
正直、思うところはある
だが、お互い思っているはずだ
「早く帰りたい」、と
俺達はがっちり握手をした
打算でもいい、これは必要な握手なのだ
警察と防衛軍がパイプでつながるメリットは簡単に理解できる
だが何よりも…、今日はゼヌ小隊長に転がされ過ぎて疲れた
今日という日を早く終わらせたいんだ
帰るオズマの背中を見送りながらゼヌ小隊長が言う
「ラーズ、顔が疲れてるわ。心の疲れは妥協を作ってしまうから、ちゃんと休むのよ?」
「はい…」
「今日はもう帰っていいわよ。あ、テロ事件で一緒だったシエラにも連絡しておいたから安心してね」
ほんわかした笑顔で公安を丸め込んで、しっかりやることやってくれている
この人はどれだけ完璧超人なんだ…