78話 口喧嘩・開幕
用語説明w
ゼヌ小隊長:1991小隊の小隊長
メイル:1991小隊の経理と庶務担当、獣人の女性隊員
ジード:情報担当の魔族の男性隊員、補助魔法が得意
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
カヤノ:MEB随伴分隊の女性隊員。思念誘導弾を使い、飛行ユニットによる空中戦が得意なサイキッカー(固有特性)
シリントゥ整備長:整備班の整備長。ドワーフのおっさん
フィーナ:二歳下でラーズの戸籍上の妹、龍神皇国のBランク騎士として就職している
セフィリア:龍神皇国騎士団に所属、B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性。
テロリスト事件を終えて帰隊した次の日
「顔が疲れているわよ?」
ハンガー内の仮設小隊長室で、ゼヌ小隊長が俺の顔を見つめる
「あんなに連戦したのは初めてだったのでちょっと疲れただけで、もう大丈夫です」
「ならいいけど。この仕事は体が資本だから疲れは溜めないようにね」
そう言って、ゼヌ小隊長は俺の報告書を読み出す
事件の概要、戦闘の流れを報告書で提出した
ゼヌ小隊長曰く、今回の事件は氷山の一角に過ぎないらしい
各地でテロの準備活動と思われる事件が起こっているそうだ
警察庁公安部のオズマからの情報だと、
・今回のテロリスト集団の名前は、「シグノイア統一」
・結成は一年前
とのこと
問題なのは、結成一年のテロ組織が集落を占拠でき、魔法兵器を作り出せる技術を持っているのか、ということ
結論は、弱小テロ集団をバックアップする組織があり、「知識、資金、人材、計画」を与えたというのが警察の見解らしい
「バックアップ組織ですか…」
「ええ、実際にあなたが生け捕りにしたテロリストの捕虜も話しているらしいわ。公安では既に、仮称でバックアップ組織と名付けて捜査しているみたいね」
「仮称そのままじゃないですか」
バックアップ組織は既に公安の捜査対象になっているが、未だに実態はつかめていないらしい
「バックアップ組織が関わった事件はテロリスト達の生け捕りがほぼ成功していないの。ラーズ達が生け捕りにした捕虜はかなり貴重なのよ。お手柄ね」
テロリストが攻撃してくれば、こっちも生け捕りしようなんて考えは持たない
そうすると、制圧を優先してほぼ殺してしまう結果になるのだろう
たまたまだが、生け捕りに出来たのはラッキーだ
「それでね、ラーズ。報告書は読んだんだけど確認させて?」
「はい、なんでしょうか?」
「あの集落で風の道化師という女を見なかった? 黒い服、左手に爪の装備で、大鎌を持ってたりピエロの仮面を被ってたりするみたいなんだけど」
「えー…、いや、そんな怪しい奴は見ていないと思います」
風の道化師、もちろん通り名だ
黒い服、左手に爪を装備している細身の女
更に、大鎌を持ってたり、ピエロの仮面を被っていることもある
バックアップ組織の一員として各地で目撃されていて、今回もこの女が指示をしていたという住人の目撃証言もある
風魔法を操る凄腕の暗殺者らしいので、遭遇していたら危なかった
「見てないならいいわ。今日はオズマが来てくれることになってるの。来たら呼ぶから、出かけないでね」
「オズマがですか? 分かりました」
俺は小隊長室を出て、自分の荷物の片付けをすることにした
隊舎改築の引っ越しが、俺だけ終ってないのでメイルに急かされていたのだ
そうは言っても、俺の荷物なんてロッカーのものだけだし段ボール一箱で済む
装備を置いている倉庫にぶちこんでおけばいいだろう
・・・・・・
「あ、ラーズ! 片付け終わった?」
メイルがメモ板を片手にやってくる
引っ越し前の最後の確認だろう
「この段ボール持っていけば終わりです。このロッカーはどうするんですか?」
「新しいのもらえるみたいだから捨てちゃおうかと思ってるんだけど」
「倉庫の奥で小物がぐちゃぐちゃになってるんですけど、このロッカーで整理できませんかね?」
「倉庫の小物かぁー。せっかく新隊舎になるんだし、倉庫にも棚を買っちゃおうか。ロッカーじゃ整理しづらいしさ」
「買ってくれるんですか? 賛成です。いつか何か無くしそうだと思ってたんですよ、あの倉庫」
なんて話していると、
「おーい、ラーズ! ゼヌ小隊長が呼んでるぞ!」
ジードが呼びに来てくれた
「分かりました、行きまーす」
「客が来たとか言ってたぞ?」
「警察庁の公安ですよ。テロの現場で一緒だったんです」
「あぁ、なるほどな」
ジードと二人で仮設の小隊長室までくる
「…なにやってるんですか?」
仮設小隊長室の仕切り壁の裏にサイモン分隊長やカヤノ、シリントゥ整備長が来ていた
「ゼヌ小隊長が、こっそり話を聞いとけってさ。仮設の壁だから薄くてな、ここなら中の声が全部聞こえるんだ」
サイモン分隊長が悪そうな顔で笑っている
「盗み聞きなんてお行儀悪いですよ」
「さ、ラーズ。早く入れ」
そう言いながら、ジードも仕切り壁の裏に回った
いや、あんたも盗み聞きするんかい!
…小隊長室に入ると、オズマが来ていた
お互いに頭を下げる
胸ぐらを掴んでしまった手前、ちょっと気まずかったりする
それを見たゼヌ小隊長が、ニコニコ笑いながら口を開いた
「今日、オズマさんに来てもらったのはね、捜査の進捗状況を直接聞きたかったのよ」
「捜査ですか?」
「そうよ。今回のテロリストによる占拠は、そもそもが防衛軍の施設を勝手に使われたことが発端でしょ?」
確かにそうだ
防衛軍の施設でテロ兵器を使われ、さらに倉庫内に有ったと思われるミサイルまで使われた
「防衛軍内の責任問題とか、テロリストの今後の動きとか、聞いとかないとね。さすがに電話じゃ教えてくれないでしょ?」
俺達はオズマを見る
「テロリスト逮捕に協力してもらった手前、突っぱねるわけにもいかないですからね…」
オズマは、諦めたのかため息をついて話始めた
「当たり前ですが秘密厳守でお願いします。捜査中なので詳しいことは話せませんが…。今回の倉庫は防衛軍の秘密倉庫という話でしたが、結論は施設の名義が防衛軍にはなっていませんでした。防衛軍との繋がりが証明されませんでしたので、責任問題にはならないかと思います」
「あら、そうなの? 不祥事にならないなら良かったわね。後は、バックアップ組織に関わった防衛軍の隊員はどうなっているのか教えてくれる?」
オズマが少し表情を曇らせる
「…防衛軍内でも調査されてると思いますが、バックアップ組織に関わった隊員のうち何人かが襲われています。防衛作戦中に被害に遭ったり、中には自宅を把握され襲撃を受けたケースもありました」
初耳だ
バックアップ組織に報復されているということか?
ゼヌ小隊長が頷いて口を開く
「全員が全員、被害に遭っている訳ではないんだけど…。今後、ラーズが襲われる可能性があることは間違いないということね。これを、小隊長として見過ごすつもりはないの」
オズマも同意する
「何か対策はするべきだ。お前は今回の事件で敵に名前を知られている可能性もある」
ちょっと予想外の展開だ
まさか自分が狙われるかもしれないとは
「…どうすればいいですか?」
「それが今日の本題よ。あなたには、私が紹介する先生に訓練を受けてほしいの」
「訓練ですか?」
「そうよ、自分の身を守れるようにね」
「あ、はい、ありがとうございます。どんな方なんですか?」
「元凄腕の暗殺者で、現在は防衛軍のCランク戦闘員として働いてるわ」
「あ、暗殺者!?」
「ええ、元だけどね。テロリストがあなたを狙った場合、防衛軍の隊員を正面からなんか狙わないでしょ? やるなら暗殺、それに対抗するなら暗殺の技術を学ぶのが手っ取り早いわ」
「はぁ…、でも…」
一応、俺の夢は龍神皇国の騎士団に所属するセフィ姉やフィーナと一緒に戦える実力を持つことだ
だが暗殺者って騎士と真逆じゃないか!?
身に付く実力の種類が違いすぎないか!?
「大丈夫よ、ラーズ。その人は兵士としても一流よ? 兵士としての実力も確実に身に付くわ」
俺の不安を見越したのか、ゼヌ小隊長がやんわりと言う
「は、はい…、でも…暗殺者ですか…」
言ってることは分かるが、完全に闇の住人を想像してしまう
間近で、騎士とか英雄候補の光輝くセフィ姉やフィーナを見ている俺としては、何か踏ん切りがつかない
「…自分勝手なやつだな」
その時、ボソッと聞こえた
見ると、オズマと目が合った
「お前はいつも自分のことばかりだ」
「は?」
何を言い出してんの、こいつ?
カーーーン…
俺は頭の中でゴングが鳴る音を聞いた気がした