73話 テロリスト1
用語説明w
ペア この太陽系の第三惑星でウルとギアの二連星
ウル ペアの一つで魔法文明発祥の星
ギア ペアの一つで物質文明発祥の星
魔石装填型小型杖:使いきり魔石の魔法を発動できる
ホバーブーツ:圧縮空気を放出して高速移動ができるブーツ
イズミF:ボトルアクション式のスナイパーライフル。命中率が高く多くの弾種に対応している
ゼヌ小隊長が全員を集めた
隊舎の改築のための引っ越しもまだ途中なのに、バタバタと出撃要請が重なったのだ
「みんなもう聞いていると思うけど、出撃要請が三つも出ているわ。 大変だけど怪我に気をつけてよろしくね!」
「「「はい!」」」
全員で元気よく挨拶をして各自出発の準備に入る
俺達の管轄内で二ヶ所の出撃要請
モンスター討伐だが、それぞれ緊急性が高いらしい
サイモン分隊長とカヤノの組、ロゼッタ、クルスとホンのT7型装甲陸戦車両の組がそれぞれ向かう
そして俺はというと…
「ラーズは緊急召集のご指名よ。ここからまあまあ近いコダラの町で現在戦闘中らしいわ」
「分かりました」
「…Dランクになったとはいえ、いきなり一人だけ指名されるってあまりないことなの。何かあるのかもしれないから気を付けてね」
「は、はい、気を付けます」
・・・・・・
コダラ市の郊外
「ポカーンって感じですね」
「信じられないわよね」
コダラ市郊外にある西山第三集落がテロ組織に占拠されたらしい
そんなことあり得るのか?
ひっそりと立てられた作戦本部の野営テントで、今回の防衛作戦の説明を受けた感想だ
武装内容は不明ながら、警察のパトカーや機動隊の装甲車両が破壊され死傷者も出ているそうだ
テロ組織の構成や武装の情報は一切無い
社会的反響を考慮して、俺達が秘密裏に可能な限り情報を収集しろとのことだ
俺達は、防衛軍の車両で集落に向かう
情報収集がメインなので、一般人を装って普通自動車を用意された
「集落全部が占拠されるとかあります?」
運転してくれているシエラに話しかける
「うーん、ちょっと信じられないけど。でも、テロ組織の規模が大きいのかな」
「そもそもテロ組織って何ですか?」
「なんでも、ハカルと全面戦争しろ! 開戦宣言しろ! って騒いでいる集団なんだって」
今回の防衛作戦は俺のホバーブーツの高機動戦闘を求められたらしい
やはり、Dクラスになると指名されてしまうのか…
困っちゃうな
「何をニヤニヤしてるの? 道化竜ラーズ」
「何でもないですよ、雪女シエラ」
今回の相方は、エルフの女性隊員シエラ
雪女の通り名を持つ魔導師だ
奇遇にも、お互い通り名を登録されたばかりということで親近感を持っている
「へー、高機動戦闘ね。ホバーブーツって見たこと無いわ。見られるの楽しみ」
「シエラは冷属性魔法と魔術を使うんですか。魔術って、防衛軍だと珍しいですよね?」
「ラーズは魔法と魔術の違いが分かるの?」
魔法と魔術
どちらも魔力を消費して発動するという点では同じだ
魔法は魔力に法則性を与えて発動する
例えば、冷属性
魔力に「周囲の熱エネルギー下げる」という法則を与える魔法だ
この法則を魔力に与えると、勝手に魔法として発動する
対して魔術とは、法則を使わずに魔力を人の意に沿った現象に使うことだ
例えば、風を曲げたり明かりをつけたり、魔力を混ぜた薬を調合したり、魔力を練り込んで金属を加工したり…
魔法との違いは規模と発動時間だ
魔法としての法則を与えるプログラムのような術式の構築は必要なく、術者の感覚と技量で発動できる器用さがある
しかし、同じ魔力量でも魔法に比べると威力が低い
魔術には職人の感覚が必要なので、マジックアイテム職人や薬剤師が魔力を練り込むのに使う事が多い多いのだが、使い方によっては戦闘でも充分に使える術なのだ
「知識として昔習ったんですよ。私は魔力が少ないので、知っているだけですけどね」
「普通の人は魔法と魔術の違いなんか知らないわよ? どこで習ったのよ」
「高校までギアの学校通ってたんですけど、授業で習いましたね」
「そうなんだ。…って、あれ!!」
シエラが指す方向を見ると、道路の先に木の杭をたてたバリケードが見える
集落を占拠したテロ組織の仕業だろう
「車はここまでですね」
「そうね。脇の雑木林に入って集落の様子を見ましょう」
車を道路の脇に止めて、潜入と監視の準備をする
俺はイズミF、シエラは長い杖を持つ
遠距離を想定した装備だ
二人で雑木林に入っていく
「グガアァァァァァァァッ!」
…しかし、すぐに二人で足を止める
もちろん、何かの雄叫びが聞こえたからだ
「可愛い猫ちゃんの声かしらね?」
「シエラは今までにないノリの言い回しをしますよね」
「お互い通り名を持ったんだから、余裕を持った言い回しの方がカッコいいでしょ」
「それより、猫ちゃんの正体を調べましょ。二人しかいないのに襲われたくないんですから」
ちぇっ…とか、マジメね…とか、ぶつぶつ言っているシエラを放っておいて、双眼鏡を覗く
「…あれって!」
「なんか翼ではばたいてるのは見えるわ」
どう見てもドラゴンだ
前足が翼となっている、ワイバーン型だ
「飛竜種ですね」
「ドラゴン!?」
ドラゴンは、種族にもよるが基本は嗅覚も聴覚も鋭い
情報少なすぎだろ!
無防備にドラゴンの感知圏内に入ってしまった
「ハカルの北部にドラゴンテイマーの里があるって聞いたことあるけど、そこのドラゴンかしらね?」
「テロ組織がドラゴンを使役出来るなんて信じられないですけどね。どちらにしろ、今からじゃ逃がしてくれないですよ」
俺達は武器を構える
幸運にも一匹だ、一匹ならいける
二匹以上と一匹の差は大きい
戦力や意識を集中できるか、分散させられるかの違いは大きい
人間の脳はシングルタスクに優れているので、集中出来る方がパフォーマンスは上がるのだ
ドラゴンが口を開ける
「ブレス!?」
シエラが叫ぶ
ボッ! 「きゃぁぁっ!」
俺はシエラを抱えて、ホバーブーツのエアジェットで高速離脱
ボォォォォン!
高度五十メートルほどから火球のブレスが炸裂する
「落とします!」
「オッケー、呪文の詠唱を始めるわ」
イズミFを構え、徹甲弾を装填
ガッショッ… ドンッ! ガッショッ… ドンッ!
「ギャアァァァァ!」
二発とも命中しドラゴンが落ちてくる
前足が翼になった飛竜種、たてがみと蛇に近い体型から東洋型だろう
体の大きいモンスター相手だと、通常の口径の傷を負わせてもダメージが低い
シエラの冷属性魔法に期待だ
火球のブレスを見るに、冷属性には強くないはずだ
シエラは呪文の詠唱に入っている
俺の役目は、実弾兵器の得意な弱点へのピンポイント射撃とシエラに攻撃が向かないようにする囮だ
ドラゴンは、身を屈めてこちらを睨んでいる
「ガアァァァッ!」
ドガァッ!
ドラゴンの牙が地面を抉る
エアジェットで回避、徹甲弾を顔に向けて射撃する
ガァン!
ドラゴンの角を砕く
動き回る頭を狙うが、避けながらのヘッドショットは無理だな
ヒュンッ… ホワァ…
すぐに、小型杖で拘束の魔法弾を当てる
俺の仕事は陽動だ
死なないこととヘイトを集め続ける、これだけだ
欲をかくな、ダメージはシエラに任せろ
「ガァッ!」
「…うおぁっ!?」
ドラゴンがふわっと浮いたかと思うと、一瞬で宙返りをして上から尻尾を叩きつけてきた
ボゴガァッ!
地面に一本の溝を作る
横っ飛びでなんとか避けたが、倒れこんでしまった
上からの攻撃というのは、慣れていない分反応が遅れてしまったな
…ふと目を上げる
「…」 「…」
ドラゴンも、尻尾を叩きつけた体勢で体を横にしていた
お互いに目が合い、一瞬見つめ合う
「ガアァッ!」 「うあぁっ!」
同時に飛び起きて、攻撃…
カシャシャーーーーーーーーン…!
「…!」
冷属性の範囲魔法が炸裂し、ドラゴンが絶命する
防御力に関係なく、体内にもエネルギーを与えるのが魔法の強みだ
もちろん、その分魔法防御力が高い相手には軽減されてしまうのだが…
「ドラゴンと見つめ合って何してたのよ?」
「…お互い、予想してない展開だったんですよ」
さて、おもいっきり大騒ぎしてしまった
このまま偵察を続けるべきかどうするか…