72話 遺体選別
用語説明w
エマ:医療担当隊員。回復魔法を使える(固有特性)
Dランクにランクアップし、見習いを正式に卒業した
分不相応にも、お祝いまでしてもらった
仕事へのモチベーションが凄い
たまには、こんな時があってもいいはずだ!
1991小隊の隊舎の改築が正式に通知された
それに伴い、隊舎の引っ越し作業が始まった
「ハンガーの一角に経理室のデスクと情報端末を運んで。書類は段ボールに入れてあるからデスクの横に積んでおいて」
「サイモン分隊長、デスクお願いしまーす」
「あぁ? 俺ばっかり重いもん持たされてねぇか!?」
「私が強化魔法をかけよう」
「おお、ジード。助かるぜ…って、強化魔法あるなら俺じゃなくても運べるだろうが!」
「サイモン分隊長、ビジュアル的に女性が持つわけにはいきませんよ?」
「俺の腕力よりカヤノのテレキネシスの方が重いもの持てるだろうが!」
やかましい、かつ仲がいい小隊だ
会話もない険悪な小隊もあるらしいので、俺は大当たりということだろう
「ラーズ…行きましょう…」
「オッケー、エマ。皆さん、後はよろしくお願いします!」
俺はというと、今日はエマとクエストに向かう
何でもエマご指名のクエストらしく、俺が補助でついていくことになった
決して、引っ越しをサボるわけではない
「汚ねーぞ、ラーズ!」 「帰ったら私物まとめてね」 「いいなぁ…」
様々な言葉を背に受けながら、俺達は隊舎を後にした
・・・・・・
今日のクエストは遺体の識別だ
俺も参加した前回のミッションでは、かなりの戦死者が出てしまった
肉片と化した体の断片が多く、未だ身元が判明していない
医師としての経験があるエマとネクロマンサーの隊員が呼ばれ、遺体の選別を行い遺族へ返す
防衛軍の正式依頼としてクエストが出されたのだ
「サムエルだ。ネクロマンサー技能二級を持っている」
「エマ…医師免許持ってて…。よろしく…」
サムエルとエマが挨拶をする
サムエルは、黒いローブのノーマンの男性だ
「エマの補助で来ました、同じ小隊のラーズです」
俺もサムエルに挨拶をする
「おお、今回は遺体の数が多いので補助は助かるよ」
そう言って、サムエルは俺達を倉庫の中に案内した
倉庫はかなり広い作りで、学校にある体育館のようだった
床の上に大きな袋が並べられている
俺も何回か見たことがある、死体袋だろう
他にもいくつか広めの箱も置いてある
中は、肉片や血溜まりが入っている
細かい断片を集めたようだ
そして、特徴的な臭いが鼻をつく
…あまり好きになれない、血と腐敗の臭いだ
「この倉庫内を冷房で冷やし、毎日遺体に冷属性魔法をかけているのだが、腐敗が進んできてしまっている。 これを使ってくれ」
サムエルがマスクを渡してくれる
ここにある遺体は、肉片や骨片、黒焦げだったりぐちゃぐちゃになって、顔や身体特徴で身元が判明しないものだ
これをDNA検査やネクロマンシーを使って身元を確認し、遺族に返すことが今回のクエストだ
「ラーズ、次の部位を…」
「はい」
俺はエマの指示通りに、人間の部位を渡していく
「なまもの」であれば簡易DNA検査で、防衛軍隊員のDNAデータと対照して身元を特定していく
ちぎれた腕、内臓にまみれた骨片、脳漿がこびりついた頭蓋骨の破片…
業務用のゴムエプロンを体液で染めながら、元は人体を構成していた体組織の一部をエマに渡していく
これがなかなか重労働だ
そもそも、どこからどこまでが一人の人間なのか分からない
こん棒のようなもので叩き潰されたと思われる、一人分の肉塊だと思っていたものが、部位を剥がしていくと腕が三本あったりするのだ
痛んでくる遺体の臭いに何も感じなくなってきたころ、やっとエマの担当の遺体の分類が終わった
「お疲れ様、ラーズ…。今回は、全部位の持ち主が特定できた…」
そう言って、良かったと呟くエマ
この遺体に、簡易DNA検査の結果と医師免許を持つエマの署名付きの鑑定書を添えて遺族へ返し、戦死証明書を申請してもらう
戦死者の遺族には恩給が出るので、戦死の証明は重要なのだ
それに、遺族に体の一部だけでも返してあげたいという気持ちもあるのだろう
遺体もないのに葬式を上げるというのはとても辛いことなのだから
…それにしてもエマは凄い
この臭いと肉片を前に、亡くなった隊員とその遺族のことを考えられるのだから
俺はというと、グロさと臭いで早く終われとしか思えなかった
考えてみれば、同じ戦場で一緒に戦った者達なのに…
幸運なことに、俺の近しい人にはまだ戦死が出ていない
しかし、戦場の現実はここにある肉片だ
幸運なんていつ無くなってもおかしくないんだよな
「すまないが、次はこちらに手を貸してくれ」
考え込んでいた俺に、サムエルが声をかけてくる
ネクロマンシーは、遺体に対して作用する魔属性魔法だ
今回は、黒焦げだったり骨片しかない遺体などの、簡易DNA検査が出来ない遺体に対して使う
ネクロマンシーで遺体の霊体構造を読み取り、身元を探していくのだ
魔属性と聖属性
大昔は、聖属性が正しい力、魔属性が邪悪な力と言われていたらしい
理由は簡単だ
人は、そして命あるものは本能的に死を嫌う
生命力を上げる聖属性は命を死から守ってくれる
逆に生命力を下げる魔属性は命を死に近づける
…これが理由だ
だが、例えば癌細胞に聖属性を作用させるとどうなるか
細菌やイナゴなどの生物に聖属性に作用したら?
人類にとって害になる対象に聖属性が作用すると、人類を殺しうる力となる
聖属性は等しく全ての生命に力を与えてしまうのだ
逆に、癌細胞などに魔属性を作用させれば、効率的に駆除することが出来る
そもそも、人体はアポトーシス(細胞自死)を起こして不必要な細胞を殺しているのだ
要は、聖属性も魔属性もどちらも生命にとっては必要と言うことだ
「遺体を順番に持ってきてくれ。私が伝える隊員の情報を書き留めて、そのメモを死体袋に貼り付けていってくれ」
「わかりました」
サムエルは両手を遺体に向け、何やら呪文を唱える
その後、視線を遺体より少し上に向けて、何かと話している
「…メモを。所属が1822小隊、種族魚人、氏名が…」
「はい!」
俺は慌ててメモを取る
黒焦げの下半身しか残っていない遺体でここまで分かるとは…
霊視カメラで見たら、この隊員の霊体が見えるのだろうか?
ちなみにネクロマンシーとは、生命力がマイナスになったアンデッドに対して作用する魔法なのだが、アンデッド化していない死体にもある程度作用する
特に、戦死した強烈な恐怖をもって死んだ死体は、それだけネクロマンシーが作用しやすい
ネクロマンサーは、殺した相手をアンデッド化して操れるなんて風評もあるがそれは間違いだ
あくまでも、自我の無い自然発生のアンデッドを操れるというだけで、無条件でアンデッドを産み出すなんてことはできない
自我のあるアンデッドとは、正式に契約をして使役する必要があるのだ
「お疲れ様…」 「疲れただろう、助かったよ」
「ありがとうございました」
二人にお礼を言われて、お礼を返す
正直ヘロヘロだ
そして、未だ死体に慣れていない自分に情けなさを感じる
「これで、遺族全員に恩給が出る。命をかけて戦ってくれた隊員に死に損なんてさせられないからな」
「こういうクエストのおかげで…遺体が痛む前に…処理を終わらせて遺族へお返しできるの…」
戦死者への対応は誰でも嫌がるものだ
だが、肉片になった戦死者を仲間として見続け、遺族の気持ちまで考えられる
そんな専門職の二人はカッコ良かった
…そういえば、エマにサイキックのことを聞くのをまた忘れてたな
三章開始です