64話 トランス
用語説明w
ゼヌ小隊長:1991小隊の小隊長
ジード:情報担当の魔族の男性隊員、補助魔法が得意
エマ:医療担当隊員。回復魔法を使える(固有特性)
ロゼッタ:MEB随伴分隊の隊員。片手剣使いで高い身体能力を持つ(固有特性)
エレン:獣人の女性整備隊員。冒険者ギルドの受付も兼務
鎧サイの討伐から帰って来た
だが、ロゼッタは疲れきっていて医療室でダウンしてしまった
回復はエマにまかせれば大丈夫だろう
「ロゼッタのトランスは、本来はBランク以上の戦闘員が使うような特技だ。それだけ体の負担が大きいから使い所が難しいんだ」
ジードが困ったように言う
「確かに、戦闘中に動けなくなるほど疲労してしまうというのはリスクがありますね」
トランス
肉体を流れる氣脈の力を、意図的に体に満たした状態のことだ
身体能力が飛躍的にアップするが、エネルギー消費が激しい
トランス状態になると体内で氣脈が発光し、その光が肌から透けて漏れだすことで体全体が発行したように見える
身体能力が上がれば、チャクラを使う特技の威力も劇的に上がる
つまりトランスとは、近接戦闘の奥義と言っていい技なのだ
ジード曰く、「トランス状態のロゼッタに補助魔法と強化魔法をかけた状態が、1991小隊の最高火力」とのこと
ただし、使用回数は一回、回復薬を併用しても使用時間は二十秒程度という使い所の難しい特技だ
だが、鎧サイを豆腐のように切り裂いた、高速・高威力・高精度の身体能力は奥義の名に相応しかった
「私の身体強化の魔法はロゼッタと相性がいいんだ。身体能力が上がれば斬撃の威力が上がり、攻撃回数も増えるからな」
身体能力の強化魔法は自分の筋力による攻撃を強化する
近接攻撃は筋力での攻撃なのでその威力が強化される
しかし、銃は火薬のエネルギーを推進力にしているので、当然強化魔法の恩恵は無い
「トランスって初めて見ましたけど凄かったです。俺も使ってみたいですけど、氣力なんてほとんど無いから無理ですね…」
俺は首をすくめる
「普通は訓練で地道に氣の力を増やしてトランスを発動するのだが、強化紋章の中にはトランス近い効果を持つものもあるらしいぞ? どっちにしろ、トランス状態になるためには長い訓練が必要だろうがな」
トランスは強力な必殺技だとは思うが、そんな簡単に発動できるようになるわけないよな
俺にはそもそも氣力が足りないだろうし、甘い考えは捨てた方がよさそうだ
俺は霊札を使いながらフェムトゥを脱ぐ
そういえば、クエスト消化数はどうなったんだろう?
エレンに聞いてみるかな
すると、ジードが俺の肩付近を見てくる
「ラーズ、そういえばそのAIのアバターは拡張しているか?」
「アバターですか? まだ買ったときのままですけど」
俺は肩に留まっているデータのアバターを見る
カメラが付いたサイコロみたいな形をしている
このカメラで、データが周囲の状況を確認しているんだ
「アバターはどんどんバージョンアップした方がいいぞ。赤外線カメラや霊視カメラをつけたりすれば、それだけ周囲の状況把握を自動化できるからな」
「なるほど…、確かにそうですね。ちょっとアバターのカスタムもやってみますね」
「あまり、つけすぎてもアバターが大きくなりすぎるから考えてつけろよ」
ジードは先に装備を外し終わり倉庫を出て行った
ジードが言うとおり、少しアバターの機能を拡張してみるかな
Bランクモンスターと戦ったときに思ったけど、AIの真骨頂は索敵だと思う
索敵や敵の観察が自動で出来れば、その分俺は生き残ることに集中できるんだ
今度アバターショップに行ってみよう
・・・・・・
「エレン、ただいま」
「お帰りなさい、ラーズ。 ロゼッタは大丈夫だった?」
エレンは、デスクトップ型情報端末の前にいた
「エマにお願いしてきたよ」
「完全にグロッキーだったもんね…」
エレンが肩をすくめる
「エレンに聞きたかったんだけど、俺ってもう見習い期間って終わってるのかな。一人でクエストって受けていいの?」
「ラーズって、まだ見習いだったんでしたっけ!? ちょっと待ってくださいね」
エレンは情報端末を操作して確認してくれる
消化したクエスト数なんて覚えてないし、俺も緊急クエストに行かされたりして忘れてたからな…
「ラーズの見習い卒業のためのクエスト数は消化し終わってますね。使用武器のレポートもゼヌ小隊長とサイモン分隊長がやってくれてますので、一人立ちの申請ができますよ。おめでとうございます」
エレンが笑顔を向ける
「やった! 俺もついに一人立ちだ。でも、ゼヌ小隊長もレポート出すの? 一緒にクエスト行ったことないんだけど」
「一人で参加した緊急クエストはゼヌ小隊長がレポートを出してくれてますね。 今日、さっそく申請書類作ってゼヌ小隊長に決済貰っちゃいますね!」
「ありがとう。これで、クエスト一人で受けられて、戦闘ランク上がって、給料アップするんだよね?」
「そうですね。申請受理に一週間くらいはかかると思うので、終わったら教えますね」
「ちなみに、うちの隊員の戦闘ランクってどのくらいなの?」
「戦闘ランクですか? 戦闘員以外はFですけど…」
エレンが言うには…
Cランク
サイモン分隊長
カヤノ
ロゼッタ
ジード
リロ
Dランク
エマ
他はF
「ジードってCランクなの!?」
「戦闘ランクは、戦闘への貢献度を基にしてますからね。ジードの強化魔法は使用者が少なく強力な効果ですし、更に情報も取れるし攻撃魔法も使えるし妥当だと思いますよ」
なるほど
ジードは情報担当なので戦闘ランクは低いと思ってたけど、貢献度という意味では下手な火力担当よりよっぽど必要とされるもんな
戦闘は火力だけじゃない、の典型だ
「エマも戦闘ランク上がってるんだね。回復魔法があるから?」
「そうですね。それにサイキッカーでもあるので貢献度は結構高いんですよ? あまり戦場に出る機会は無いですけどね」
そういえば、カヤノが「エマもサイキッカー」だって言ってたな
後で、サイキックの訓練手伝ってもらおうかな
後は、一番気になってる人
「で、リロって誰?」
「リロはまだ会ったことないんですよね? うちのMEBパイロットで、消防・防災機関に出向してる子ですよ。MEBに乗ったときはCランクですね」
「そうなんだ、早く会ってみたいね。俺もMEB乗ってみたいから色々聞いてみたい」
「そろそろ戻ってくると思いますよ。いい子だから仲良くしてあげてくださいね」
子供みたいな言い方されちゃった
会えるのが楽しみだ
「でも、Cランク多いね。俺も頑張らなきゃなー」
「普通はCランクがこんなにいるわけ無いですよ。一人一人が戦車クラスの戦闘力ってことですから。Cランクって一般兵の到達点ですからね」
「そうだよね。戦車とタイマン張れとか言われたら俺は無理だもん」
普通に殺されるだろう
Cランクって、そう考えたら化け物だよな
「ゼヌ小隊長のおかげなんですよ。この小隊はリサイクル工場って言われてて。ゼヌ小隊長が他の隊で上手く行かなかった人を集めてCランクまで押し上げたんですよ」
「そ、そうなんだ。みんな一流の戦闘員に見えるから、上手くいかなかったって想像できないな」
「あ、内緒ですよ? みんなそれぞれ伸び悩んだ過去ですからね。知られたくないかもしれませんし」
俺は頷く
「分かったよ」
確かに、知られたくないことはあるよな
俺だってあるし、当たり前のことだ
・・・・・・
帰る前に医療室によっていく
「ラーズ…、どうしたの…?」
エマが顔を上げる
「帰るところだよ。ロゼッタは大丈夫そう?」
「ええ…疲労が蓄積しただけだから、回復溶液に浸かれば明日には元気…」
「それはよかった」
「…」
エマはぎこちなく微笑む
ロゼッタの治療で疲れてそうだな
エマのサイキックを聞いてみようと思ったけど、今度にした方がいいか
そう言えばエマも、過去の職場でいじめられたとか言ってたな
ゼヌ小隊長に引っ張られて来たのかな?
俺は日課の毒ジュースとナノマシンの素材溶液をもらって、今日は退散した