閑話7 選挙
用語説明w
イズミF:ボトルアクション式のスナイパーライフル。命中率が高く多くの弾種に対応している
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
「長いですねー…」
「そうだな…」
俺は今、狭い控え室でサイモン分隊長と詰めている
ここはある小学校の体育館に作られた投票所だ
今日はシグノイアの総選挙の日
注目の政策はハカルとの国交のあり方についてだ
現在の政権は反戦争を掲げており、現状の維持に努めながら対話を求めていくというものだ
そして、野党の第一政党は、ハカルとの開戦を辞さない方向に国交の舵を切ろうとしている
この国のこれからを決める大事な選挙なのだ
ハカルを起因すると思われる戦闘の結果、国境近くのカツシの町を中心に被害を受けている国民がいることから、相応の報復を求める声が出てきている
一方で、十年前に起こった第一次ハカル戦争の記憶が残っている国民は、あの壮絶な戦争を二度と繰り返さないで欲しいと訴えている
どちらの気持ちも理解できることから、この選挙で国交のあり方を国民に問うために運命の総選挙が行われることになったのだ
各地ではハカル戦争推進派と思われる思想犯が組織を組み、テロ活動を行う例が散見されている
今回の選挙会場もテロの可能性があることから、俺達防衛軍が警備についているってわけだ
だが特にやることがあるわけではなく、選挙管理委員会から用意された待機室でずっと待機しているのである
「さっきの奴はテロリストなんですかね?」
「違うだろうよ。どうしてもハカルが許せない、ただのおっさんだろ」
サイモン分隊長が缶コーヒーを飲みながら言い放つ
先ほど突然男が選挙会場に乱入し、ハカルの恐ろしさと倒すべき理由を拡声器で演説し始めた
騒ぎにはなったが、待機していた警察官が選挙法違反で逮捕していた
現在まで、防衛軍である俺達の出番は一切無い
つつがなく選挙が進行していて喜ばしいことなのだが
「そういや、テロリストってどんな奴なんですか?」
「正しいことのためには何を犠牲にしてもいいって思ってる奴らだ」
この国には、テロリストの組織がいくつもある
規模も大小様々だ
テロリストの定義は、政治目的を達成するために武力を使う者である
この国のテロリストの政治目的は一つ、ハカルとの全面戦争だ
彼らはこの目的を遂げるため、どこからか資金を集めて武力を蓄える
そしてハカルに関わる施設や企業を攻撃し、更にハカルとの融和を唱える団体を脅し、時に攻撃するのだ
基本的には警察が対応するが、中には高位の魔法を使ったりMEBや戦車で武装したりと、武装内容によっては防衛軍が対応すべき場合もあるのだ
ピリリリリリ…!
突然、サイモン分隊長の電話がなる
「サイモンです…はい…了解…」
サイモン分隊長が通話を終えるとこっちを向く
「この近くの公園にテロリストの魔法使いがいるってよ。現場に行くぞ」
「了解です」
俺達は選挙管理委員会の人に出動する事を伝え、現場に向かった
・・・・・・
「○×うつか★・がま▼□をは&っ%攻撃し#した…!!」
インカムから現場の状況が入る
「落ち着けっての。何言ってるか音が割れて全然分からねーよ」
「焦ってますね、急ぎましょう!」
現場の公園には魔法使い風のローブを着て、杖を持った男がハカルへの報復を訴えている
既に魔法を撃ったようで、魔法使いの周囲から煙が上がっている
警察官が周囲を包囲しているが、魔法を警戒して近づけない状況だ
野次馬の民衆が、公園の外から魔法使いを覗き込んでいる
俺は倉デバイスからスナイパーライフルであるイズミFを取り出す
「狙撃いきます」
「魔法使い相手にはもう少し近づかないときつくないか?」
サイモン分隊長に言われ、俺はスコープを覗く
魔法使いの姿がゆらゆらと蜃気楼のように揺れている
ある一定以上の実力を持つ魔法使いが使う防御魔法
風属性の蜃気楼魔法だ
狙撃はスコープでの目視で行う
蜃気楼魔法は、この目視の正確性が揺らいでしまう恐ろしい魔法でスナイパー殺しとも言われる
これを使われると、正確な目標の位置が把握できなくなり、百メートル以上の距離からの狙撃がほぼ不可能となってしまう
最低でも八十メートルは近づかないとまともに当たらないのだ
これにより対人戦闘においての長距離狙撃が不可能となり、百メートル以内の距離で戦闘を強いられるようになった
スナイパーも、動かないと魔法でカウンターをくらう距離で戦わざるを得なくなったのだ
俺はホバーブーツで公園内に入り、魔法使いを狙う
距離約六十メートル、ここまで近づけば当たる
だが…
「サイモン分隊長、スナイパーライフルだと弾が貫通して後ろの野次馬に当たっちゃいそうです!」
公園の外から成り行きを見守っている野次馬が邪魔だ
「ダメか、近接で取り押さえるぞ!」
「了解!」
サイモン分隊長が強化紋章を発動し、盾を構えて距離を詰める
「来るなぁぁぁぁ! 貴様らは防衛軍のくせにハカルの味方をするのかぁぁ!」
唾を飛ばしながら魔法使いは絶叫する
そして呪文を詠唱し、土属性範囲魔法(小)を発動した
ドガガガガッ!
「ふんっ!」
地面から土の棘が生えてサイモン分隊長を襲うが、盾でしっかり捌く
装備している聖騎士の鎧は魔法防御にも優れているためダメージは無さそうだ
そんなサイモン分隊長の脇をすり抜け、ホバーブーツのエアジェットで一気に距離を詰める
そして、高電圧スタンスティックで魔法使いを撫でる
バチッバチチッ!
「ぶぎゃっ!?」
魔法使いは変な悲鳴をあげて気絶した
ちなみに、このスタンスティックは生け捕り用に警察から借り受けた物だ
気絶しなかった場合はこっちが殺されるので、戦場で使える物ではないな
この魔法使いは、警察に対する攻撃が公務執行妨害となり逮捕された
その後は特に問題なく選挙は終わった
結果として三分の二の議席を現政権が取り、シグノイアはハカルとの全面戦争を回避する方向で動くことが決まった
だが、ハカルとの国交正常化にはまだまだ課題が山積みだ