51話 避難誘導任務1
用語説明w
ホバーブーツ:圧縮空気を放出して高速移動ができるブーツ
偵察用ドローン:カメラ付きドローンで、任意の場所にとまらせて偵察カメラとして使い、PITで画像を受信する
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。明るい性格?
ここは戦場のど真ん中
正確には、ど真ん中に「なる」場所だ
今は野営拠点で昼飯を食っている
「暖かい飯が食えるだけでありがたいな」
竜人の隊員が旨そうにスープを飲む
「本当ですよね、おいしい」
俺も豚汁というギアの郷土料理のスープを堪能する
今回の防衛作戦は大規模だ
防衛軍の大隊本部が直接指揮をとる作戦で、各小隊から数人を召集して隊員二百人規模を動員している
うちの小隊からは俺が派遣された
新人の宿命ってやつだ
今回の敵はエルダードラゴン
ドラゴンは成長度によって六つのランクがあり、エルダーとは上から二番目の老竜ランクになる
戦闘力はAランクだ
防衛軍は殲滅兵器とAランクの戦闘員、Bランクの戦闘員二名を投入した
エルダードラゴンが現れた理由は不明だ
下っぱの俺にまで情報が来てない可能性もあるけど
出現するだけなら別にいいんだが、今回は場所が悪すぎた
町の直近なのだ
進行を止めるために町の直近でエルダードラゴン討伐作戦が開始され、俺達一般隊員は住人の避難誘導が任務だ
「あ、後十分で休憩終わりですね。そろそろ片付けの準備しましょうか」
俺はお椀を持って立ち上がる
「もうそんな時間か…、よっこらしょっと」
竜人の隊員も立ち上がる
それなりのおっさんなので年齢を感じさせる発言が多い
名はウカムと言うらしい
今回の相棒で、少しだが回復魔法が使えるので怪我人の治療は任せちゃっている
「作戦開始まで、後二時間くらいですよね。最後の見回りですね」
老竜討伐という大怪獣戦争が勃発するというのに、住人がまだ残っていて俺達は避難誘導に奔走している
仮眠を取りながら交代で任務を続け、もう48時間が経過した
討伐作戦が開始されたら、この地域は火の海になるらしい
だから必死に声を上げながら住人を探し避難させ続けているのだ
…自分の家と家財道具が無くなるかもしれない状況で、少しでも荷物を持ち出したい気持ちもわかるんだけどね
見回りの最中にも何人か住人を見つけ避難させていく
そろそろ時間だ
自分の命を優先してくれ、頼むから!
「データ、後何分?」
「後三十七分だよ!」
データは、俺のPITに無事にインストールされたAIだ
相棒が出来た感じで楽しい
「確認エリアは残ってないよね?」
「全部終わってるよ!」
データは元気な男の子みたいなしゃべり方だ
自分で各種情報を確認しなくていいのは手間がかなり省ける
あとはこのエリアを再確認して俺達も避難だな
襲ってきたエルダードラゴンは、物理属性の内のノクリア属性らしい
物理属性とは、物理学で言う四つの力
重力・電磁力・大きい核力・小さい核力のこと
ノクリア属性とは小さい核力のととで、原子の核を分裂させる際に働く相互作用だ
要は、原子力発電を生物の一個体内で再現する、生きる原子炉だ
核分裂から得る、膨大な熱量を吐き出すノクリアブレス
これが、老竜クラスの威力となる
どのくらいの被害が出るんだろう…
唯一の救いは、エルダードラゴンがノクリア属性を構成している短時間だけしか放射能が出ないことだ
実際の原爆と違い、ノクリア属性の発動が終われば放射能も魔素や輪素に戻って消えるからだ
「ラーズ、こっちに来てくれ!」
ウカムに呼ばれ、俺は振り向く
「二階に住人がまだいるんだ。頼むぜ!」
俺はウカムが指す木造二階建ての家屋を見上げる
二階の嵌め殺しの窓の窓際にはお婆ちゃんが立っている
タイムリミットが近い、梯子で避難させてる時間がもうない
「お婆ちゃん、窓割って入ってもいいですか!?」
大声で叫ぶ
お婆ちゃんは大きく頷く
「ガラスが当たらない場所まで下がって!」
お婆ちゃんの姿が見えなくなってから、俺はしゃがんで準備をする
ホバーブーツのエアジェットを噴出、その勢いでジャンプすれば二階の高さくらいなら余裕で届く
ガシャッ
窓枠を掴んで、窓ガラスを殴って割る
二階の部屋に侵入完了だ
「お婆ちゃん、ここは危ないから逃げないと!」
奥にいたお婆ちゃんに声をかける
「ご、ごめんなさいね、お爺さんの写真だけどうしても持って行きたくてね…」
お婆ちゃんが足を引きずりながら謝ってくる
「お婆ちゃん、足が悪いの?」
「ええ、膝が悪くてね。でも大丈夫、ちゃんと歩けるよ」
だめだな、もう間に合わない
送っていこう
「よし、お婆ちゃん。送ってくから必要なもの持っていこう! 何がいるの?」
「え…、あ、じゃあ、お爺さんの写真と着替えと、財布が…」
俺は急いで部屋にあった鞄に服を詰める
「最低限でごめんね。あとは大丈夫かな?」
「ありがとうね。大丈夫だよ」
お婆ちゃんはお礼を言う
「よし、行くよ!」
俺はお婆ちゃんを抱えると、二階から一気に飛び降りる
「ひっ…!」
ホバーブーツのエアジェットでふんわりと着地する
「お婆ちゃん、驚かせてごめんね。時間ないから行こう!」
目を丸くしているお婆ちゃんを無視して、救護班の隊員に引き継ぐ
「世話になったね、本当にありがとうね」
死に別れたという、お爺ちゃんの写真を大事そうに持ってお婆ちゃんがお礼を言ってきた
一応、写真をデータにして持つことも勧めておいたが、写真は写真で思い出があるんだろうな
最後の一区画をウカムと急いで確認する
よし、誰もいない!
「ご主人、あと五分だよ!?」
データが警告してくれる
「マジか! ウカム、後五分です、待避しましょう!」
「おう、そうだな!」
ウカムが同意する
と、同時に…
グオオオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーーーー
空気が震える
恐らくは、エルダードラゴンのものであろう咆哮が聞こえる
「お、おい! かなり近づいて来てるぞ!」
ウカムが焦って言う
エルダードラゴンに近ければ近いほど、火の海になる可能性が高いのだから焦るのは当たり前だろう
「ご主人、対象の侵入経路が予定と違うよ!」
データが俺の仮想モニターに地図を表示してくれる
「何!?」
「今の叫び声の方向だと、ここら一帯が殲滅兵器の通り道になっちゃうよ! 逃げないと!」
本来、もっと南の方角から来る筈のエルダードラゴンが東にずれて侵入してきている
殲滅兵器は北方向にある
エルダードラゴンが東側にずれるということは、東側の俺達のいるエリアが殲滅兵器の通り道となる可能性が高い
「ヤバいだろ、逃げるぞ! データ、ドローン飛ばすからにげる方向教えてくれ!」
「ご主人、分かったよ!」
「おい、早く逃げようぜ!?」
俺とデータの会話に痺れを切らしたのか、ウカムが俺を急かす
「今、ドローン飛ばすから待って! 逃げる方向間違ったら死にますよ!」
「…!!」
ウカムが凍りつく
フィーーーーーーーン
偵察用ドローンが上空に上がり、回りの景色を映す
遠くに、巨大な影
高さ五十メートルほど、二足歩行の黒い肉食恐竜のような姿だ
これと、何かが戦っている
AランクとBランクの戦闘員だろうか
「…ウカム、ヤバいです」
「え?」
「ご主人、左方向に走って!」
「ウカム、こっちだ! 全力で走って!!」
今、まさにドローンのカメラが、エルダードラゴンがノクリアブレスを吐き出す場面を映していた
……ッドドドドドドドドオオオオオォォォォォォン……
………
……
…
「…ん……ご主…、…ご主人!…大丈夫!?」
「…うぅ…、何とか…」
土煙と黒い煙が立ち込めている
俺は、体を起こす
腕、足、他痛いところは無し、よし!
「ウカム、大丈夫ですか?」
「あぁ…。助かったのか?」
「ノクリアブレスが当たらなかっただけです! でも、今度は殲滅兵器が撃たれるはずです。早く離脱しましょう!」
「わ、分かった!」
俺達は、西方向に全力で走る
途中、マンションが崩れ向こう側が見渡せる
「あっ…!」 「いっ!?」
俺とウカムの驚愕がシンクロする
…俺達が見たものは、一本の道
高温の熱量と爆風で家やビルをなぎ倒し、地面をえぐって作った直線だった
「何キロ続いてるんだ!?」
ウカムが震えながら言う
「…逃げましょう!」
そう言って俺は思い出していた
放射能を含む熱線を吐くという、ノクリア属性を作り出したという伝説の二足歩行のドラゴンの話を…