227話 変異体とは3
用語説明w
デモトス先生:ゼヌ小隊長が紹介した元暗殺者で、ラーズの戦闘術の指導者。哲学と兵法を好む
ゼヌ小隊長:1991小隊の小隊長
ロゼッタ:MEB随伴分隊の女性隊員。片手剣使いで高い身体能力を持つ(固有特性)
エレン:獣人の女性整備隊員。冒険者ギルドの受付も兼務
小隊長室でゼヌ小隊長が待っていてくれた
「捨て犬のアレクセイ…、前にラーズと特別クエストを一緒にやったのね?」
「はい、そうです」
俺は頷いいた
アレクセイが俺とゼヌ小隊長、ロゼッタに頭を下げる
「すまなかった。同じ防衛軍の隊員を襲うなんて、知っていれば加担はしなかった。俺が知っていることは全部話す」
アレクセイの横では、ライカがおとなしく座っている
そして、ライカの臭いをリィがフンフンと嗅いでいる
アレクセイとライカ、強かったな…
ヴァヴェルもホバーブーツもない状態で戦える相手じゃなかった
ライカのブレスと火属性範囲魔法の合成技?
あれは避けられない、死ぬかと思った…
確保を優先していたから、傷つけないようにあまり攻撃してこなかったんだろう
殺る気だったら、とっくに殺されてただろうな…
「俺ともう一人の男は同じ小隊だ。あのぶん殴られた男は、俺達の小隊を管轄する中隊本部の人間だ」
アレクセイは話し始めた
バックアップ組織と呼ばれる、反社会的組織がいる
その組織が狙っている変異体の覚醒者がいるから、バックアップ組織よりも先に確保しなければいけない
この作戦は防衛軍が独自に動くため、秘密裏に行うと言われた
「ドンブリロ社の変異体秘密工場の制圧作戦は俺も知っていた。そして、変異体遺伝子検査の陽性反応が出た者が拉致されているという噂も聞いていた。だから、必要な事なのだと思って参加を了承したのだがな…」
だが、蓋を開けてみれば、同じ隊員を拘束しようとしていたとは
「どうりで三人も隊員を集めると思ったぜ。ラーズはCランクに上がったんだろ? それを警戒して、人数を集めたってわけだ」
アレクセイがため息をついた
その時、ライカがピクリと反応して立ち上がる
「…うおっ!?」 「え!?」
部屋の中に黒い影が立っていた
「…遅くなってすまなかったね」
「デモトス先生!?」
相変わらず、何の気配もしなかったぞ…!
「アレクセイ、今日はもう一人の彼と帰ってくれる? 中隊本部の彼は、話を聞くから残ってもらうわ」
ゼヌ小隊長がにっこりと笑う
「あ、ああ、それは構わないが…」
「また、こちらからも連絡をするわ。今後、何かあったらお手伝いをお願いするかもしれないから、その時はお願いね」
「ええ、ラーズには迷惑かけました。俺にできることがあれば言ってください」
そして、アレクセイは俺を見る
「ラーズ、すまなかった。使役対象が三体に増えていたから分からなかったよ。リィもよく育ってるな」
「いろいろあって増えました。しかし、改めてライカって優秀ですね…」
ライカ、強すぎだって
「一体に注力するのも、数を揃えるのも強さだ。今日のお詫びに、いつでも育成のコツは教えるからな」
「助かります。ライカもよろしくな」
アレクセイはリィを撫でた後、もう一人の男を連れてライカと帰って行った
「…返しちゃってよかったんですかぁ?」
ロゼッタがゼヌ小隊長に言う
「彼は騙されたようなものでしょう? ラーズとも縁があるようだし、話も分かる。それよりも、中隊本部がラーズを捕まえに来たということが大問題よ」
「ラーズは念のため隊舎に泊まりなさい。私は、中隊の彼から話を聞いてくる」
そう言って、デモトス先生は部屋から出て行った
…デモトス先生が話を聞くって、めちゃくちゃ怖いな
・・・・・・
朝になると、みんなが出勤してきた
「襲われたって、大丈夫だったんですか?」
エレンが心配して聞いてきた
「うん、ロゼッタが来てくれたし、相手が知り合いだったことで収まったんだよ」
「でも、火傷がまだ残ってますね。大丈夫なんですか?」
「回復薬やカプセルワームをすぐに使えたから大丈夫だよ」
アレクセイとライカの火属性のダブル攻撃で、かなり火傷を負ってしまった
凄い威力だった、範囲攻撃ってやっぱりいいよな…
俺は小隊長室に行く
すると、ジード、ロゼッタ、リロ、クルスが来ていた
全員、変異体遺伝子検査で陽性が出ている者だ
「変異体についての続きを話しておきたいの。聞いていると思うけど、昨日ラーズが襲われたわ」
ゼヌ小隊長が昨日のことを説明する
「ロゼッタのおかげで助かったのよ。それで、デモトス先生に指示をした隊員の尋問をお願いしたんだけど、ちょっと状況が良くなくて…」
ゼヌ小隊長のため息
俺が倒れた時に変異体遺伝子検査を行ったところ、変異体因子の活性値が一万を超えていた
通常の数値は一桁、陽性反応が百なので、一万は異常な数値だ
この数値は体に異変が出てくる数値であり、今後は変異体因子の抑制剤の定期的な摂取が必要になってくる
変異体の技術は軍事機密のため、抑制剤も防衛軍の組織に報告を行わないともらうことができないのだ
「ラーズの変異体遺伝子検査の結果を上に報告したとたん、今回の拉致事件よ。だから、報告したくなかったのよね…」
変異体の完成体は兵器だ
変異体の陽性反応が出るものが一万分の一
変異体因子の覚醒者まで行く者は十万分の一
そして、覚醒者の何割かが完成変異体となることができる
そして、完成変異体が闘氣を使ってBランクとなった時、それは通常のBランクよりもはるかに強くなれるのだ
当然、貴重な変異体の覚醒者を各国の軍が確保に躍起になっている
ゼヌ小隊長は軍事利用される可能性を考えて、変異体の件を隊員や防衛軍上層部に黙っていた
だが、俺が抑制剤が必要になり、黙っているわけにもいかなくなってしまったのだ
「完成変異体は、ドンブリロ社が行っていた実験とは全く別の存在なの」
完成変異体は、人体を強制進化させた状態
だが、ドンブリロ社が行っていた実験は、陽性反応が出ただけの人間を集めて強制進化を投薬と外科手術で無理やり行っている
強制進化が可能となるのは変異体因子が覚醒した者のみであり、数は多いが覚醒に至らない陽性反応者を無理やり強制進化させようという違法実験なのだ
「防衛軍の本部がラーズを変異体因子の覚醒者と断定し、今後確保しようとしてくることが見込まれるわ。これに対しては、ムヒカ審議官に報告してストップをかけてもらったから大丈夫だとは思うのだけれど…」
ムヒカ防衛審議官
特殊任務を行っている有志の活動の指導者でトップだ
防衛庁の七番目の権限を持ち、防衛軍内にも大きな影響力を持っている
「ただ、防衛軍内のバックアップ組織の内通者にラーズの情報がばれてしまった可能性もあるから注意が必要よ。そして、陽性反応者も同様、拉致の危険性は常にある。特にクルスは非戦闘員で狙われる可能性も高いから気を付けてね」
俺達五人は頷いた
「そして、ラーズの襲撃者への尋問結果だ。また上の方からの指示のようだよ」
デモトス先生が口を開いた
「上…」
「黒竜の洞窟の調査が打ち切られていた件を覚えているかね?」
「はい。それは、もちろん…」
黒竜の洞窟の意図的な調査の打ち切り
それは防衛陸軍の副隊長からの指示の可能性が高い
だが証拠が無く、事故が起こる可能性が高いため、それ以上の調査が行えていない
「今回も、防衛陸軍の副隊長から指示が落ちてきている。やはり調べる必要があるね」
デモトス先生が静かに言う
防衛陸軍の副隊長
一体、どんな意図があってこんな指示を出しているんだろう?
俺なんか、同じ防衛軍の部下に当たるんだぞ
それなのに拉致を指示するとか!
シグノイアの防衛軍に、そんなろくでもない人間がいるなんて…
ハカルの光刃のリサ、その兄の白き盾のルークの高潔さを思い出す
ハカルの方が尊敬できるってどういうことだよ…
もちろん、防衛軍の一部だけがおかしいってことは分かっているけども
「私は、抑制剤を摂取するだけでいいんでしょうか? なんか変異体の覚醒ってやつで凄い力が出たりとあるんですか?」
疑問に思っていたことを質問
今のところ、変異体については体調不良のデメリットしかない
「変異体因子の覚醒と変異体の完成は全然別よ。変異体の覚醒は、強制進化の準備ができた段階。つまり、体調不調のデメリットはあっても、身体的なメリットは何一つないわ」
メリット無いのかよ!?
強制進化
その手法は軍事機密なため公開されていない
投薬、外科手術、魔素に漬ける、氣功処置、霊力の注入、電気刺激等を行って進化を促し、一定方向に進化を誘導、デザインしていく
これをしなければ、ただの体調が悪い普通の人だ
だが、抑制剤を摂取しなければ変異体因子の覚醒が更に進み、勝手に進化を発現する可能性がある
当然、デザインされた進化ではないので、生命にとって危険な進化を起こす可能性もあるため抑制剤の摂取は必須だ
そして、この強制進化は一定確率で失敗する
死、廃人、その他どんな不具合が体に出るか分からない、進化の失敗だ
「…変異体、その強制進化とやらを受けなければデメリットしかないんですね。いらねー…」
「うちは実験部隊だから仕方がないんだけどね。まさか、十万分の一の覚醒者が出るなんて思わなかったわ…」
「え…?」
実験部隊
1991小隊は、各隊で運用に困っていた固有特性持ちを集めた
その条件として、投薬による実験を行っている
実際に、俺のサイキックはその怪しい投薬の効果があったようだ
まさか、変異体因子の覚醒を促す薬も…!?
「サイキックも変異体も、効果が出たのってラーズだけだったけどね」
ゼヌ小隊長が笑った
全然笑いごとじゃありませんけど!?
実験部隊については 23話 実験部隊 参照
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