200話 葛藤
用語説明w
バックアップ組織:各地のテロ組織に、資金、技術、人材を提供し、その活動をバックアップする謎の組織
デモトス先生:ゼヌ小隊長が紹介した元暗殺者で、ラーズの戦闘術の指導者。哲学と兵法を好む
フィーナ:二歳下でラーズの戸籍上の妹、龍神皇国のBランク騎士として就職している
あの暗殺から二日がたった
テレビでは、未だに同じニュースが垂れ流され続けている
『メッツァー議員、射殺される!』
延々と似たようなテロップが踊っている
この事件で、世間は大騒ぎとなっているのだ
「…」
俺は暗殺に手を染めた
頭では正しいと思っている
打算があったからだ
メッツァー議員は黒だ
ゼヌ小隊長やデモトス先生、ジードが言うのだから間違いはないだろう
信頼もしている
だが、暗殺という手段が正しかったのかが分からない
「…」
俺は今まで、何度となく銃を撃ってきた
だが、今回はいつもとは違う
いつもは命のやり取りがある
殺さなきゃ俺や仲間が殺される
…そう、明確な殺す理由があるのだ
「…」
だが、今回はどうだろうか?
戦争を止めるために、俺は議員を撃った
目的を達するために、俺は人を殺したんだ
「…」
テロリストとは、思想を実現するために破壊活動や殺人を厭わない者のことだ
俺がやったことはどうだ?
目的を達するための殺人、これはテロリストと変わらないじゃないか
「…」
暗殺…
人殺し……
考えれば考えるほど、分からなくなる
俺は、国家権力を使ったテロリストではないのか?
…デモトス先生は俺が悩むことを見越していたようだ
議員の頭を撃ち抜くと、護衛官が戦闘を止め応急措置を始めた
その隙に全員が離脱、作戦通り全員が逃走を成功させた
そして、解散後にそのまま休むように言われたのだ
「…」
…議員暗殺のニュースのおかげで、開戦は保留となっている
メッツァー議員は、それだけ開戦派にとって重要な人物だったということだろう
「…」
それなら、俺は正しいのか?
テレビを見ながら、頭の中で同じ問いが繰り返される
これはトロッコ問題というやつではないだろうか?
ブレーキが壊れたトロッコが走って来る
俺は、二股に別れた線路の分岐点にいる
それぞれの線路の先には、五人と一人の人間がいる
分岐点を切り替えなければ五人が轢かれて死に、切り替えれば一人が死ぬ
自分が行動しなければ五人が死に、動けば一人を殺すことになる
さあ、あなたはどう行動しますか? という思考実験だ
さあ問題です
目的を達成するために、人殺しを許容しますか?
テロリストと同じ方法を肯定できますか?
あなたとテロリストの違いは何ですか?
「…」
俺は、暗殺なんてことをするために防衛軍に入ったのか?
セフィ姉に憧れた
セフィ姉がなった騎士に憧れた
正義を具現化したような美しさ、神々しさ
民の信頼を集め、不安を払拭し、国を一つにする
まさに憧れだ
それと比べて俺は…
「…」
俺も正しいことをやりたい
セフィ姉みたいな正義を
…でも、正義っていったいなんだ?
テロ行為との違いは?
俺がやっていることは何だ?
やらなきゃやられる、戦場はシンプルでいい
俺は殺されたくない
仲間も殺させない
国民もだ
ハカルの兵士は侵略者だ
侵略者は撃てる、シンプルに害を為すと分かるから
だが、今回の暗殺はどうだ?
政治で勝てないから、戦争を止められないから…
だから、政治的な敵を銃弾で仕留めたということか?
「…」
だが、開戦を肯定は出来ない
数えきれない人が死ぬと分かっているから
戦争は止めなければいけない、それは分かる
だが、暗殺で止めるのはありなのか?
テロリストは、必死に自分の正しいと思うことをしている
だが、手段は破壊活動だ
それを肯定しろと?
するわけないだろうが!
なら、やはり俺の行為は間違っていた?
だが、何もしなかったら開戦は確実だ…
この思考がループをし続ける
頭がおかしくなりそうだ…
「…」
気分がすぐれない
倦怠感が消えない
…デモトス先生やゼヌ小隊長、ジードを疑うわけではない
あの議員を撃たなければ、開戦は間違いなかったのだろう
でも、もう一度暗殺が必要と言われたら?
俺はやるのか?
やるべきなのか?
答が出せないのに、俺は防衛軍を続けるべきなのだろうか?
・・・・・・
「フィーナ」
俺は手を挙げる
フィーナが夜勤明けで帰ってくるので、海に近い丘の上の公園で待ち合わせをしたのだ
「ラーズ!」
フィーナが走って来て怪訝な顔をする
「…ひどい顔だよ。どうしたの?」
そんなにひどい顔をしているのか、俺…
「うん、ちょっと仕事で悩んでてな」
「へー、どんな仕事?」
「いや、機密事項だから詳しくは話せないんだでけど。…任務のために人を傷つけるのはありなのかなって」
フィーナが不思議そうな顔をする
「いつも、戦場に出ているんでしょ? 今更…」
「それは国や仲間や自分を守るためだろ。でもさ、例えばある目的を達成するために、人を傷つけるのは正しいのかなって思ってさ」
「うーん…?」
「それって、テロリストと同じなんじゃないかって思ったんだ。そう思ったら、何が正しいのか分からなくなっちゃってさ…」
「…難しいね」
フィーナが考え込む
フィーナも、戦闘が仕事の騎士団の一員だ
少しはこの疑問のヒントがもらえるかもしれない
「でも、絶対に正しくなくちゃいけないの?」
「え?」
俺は意味が分からずフィーナを見る
公園の少し冷たい風が、フィーナの漆黒の髪を揺らしている
「その任務は何のための任務なの?」
「それは、もちろん国のために…」
「そう、それが目的なんでしょ? 私達の仕事って、決断して行動しないと犠牲者が出るんだよ。正しさを考えて行動ができなかったら、それは明らかな間違いだよ」
「うん…」
「絶対に間違えない人間なんていない。正しさに気を取られて目的を見失っちゃダメ…って、セフィ姉が言ってたよ?」
「セフィ姉の言葉かよ!?」
「うん。でも、私もそう思う」
フィーナは言いきった
こいつも騎士だ、仕事でいろいろと経験したのかもな
生死に関わる仕事って、正しさの定義が揺らいでしまうものなのかもしれない
「…絶対に間違えない人はいない、か」
目標は戦争を止めること、それは間違いないんだ
何もしない、確かにそれは間違っている
決断しないこともそうだ
でも…、暗殺が正しいかといえば…
はぁ…
ぐじぐじと考えていると、ふいにフィーナが俺の正面に回る
「元気だしなよ、ラーズ?」
「ああ、分かってる」
実際フィーナと話して少し元気が出た
会話って大切なんだな
「ね、元気が出るおまじないをしてあげる」
「え? おまじない?」
フィーナが真剣な顔で言う
「…目をつむって?」
「え? うん…」
暗闇の中、フィーナが近づいてくる
チュッ…
頬に柔らかい感触
「………」
「………」
目を開けると、顔を真っ赤にしたフィーナと目が合う
フィーナの顔が、真っ赤になりすぎてトマトみたいになっている
「ど、ど、ど、どう? 元気出た?」
フィーナがこれ以上ないほど恥ずかしそうに聞いてくる
小学生か?
「…ら、ラーズが! 悩んでたから! 元気が出るかと!」
「…」
俺が見つめていると、フィーナはますます真っ赤になっていく
「も、もう! じゃ、行こ?」
「どこに?」
フィーナは真っ赤な顔を隠すように、俺の手を引っ張って歩き出した
今回で二百話!
読んでいただいた皆様のお陰です
感謝!




