閑話19 第二成人式
用語説明w
ロケットハンマー:ハンマーの打突部にロケットの噴射口あり、ジェット噴射の勢いで対象を粉砕する武器
懐かしい人物からお茶に誘われた
獣人の元防衛軍の隊員であったジャンだ
「元気そうじゃないか」
「お久しぶりです、ジャン」
喫茶店の奥、窓際の席でジャンが待っていた
ジャンは、俺がまだ見習いだった頃に防衛作戦で一緒になった
その時の作戦を最後にジャンは防衛軍を引退し、今では俺の固有装備となったロケットハンマーを譲ってくれた人だ
「今日は第二成人式だったんだな…」
ジャンが外を見ながら言う
窓の外の通りでは、パリッとしたスーツを着た男女が多く歩いている
近くの市役所の講堂で、第二成人式が行われていたらしい
第二成人式
現代の成人とは、法律的には十八歳からだ
そして二十歳になると、行事として成人式が行われる
この成人式は、通称第一成人式といい、身体が大人になりました、育ててくれてありがとうございました、という意味の成人式だ
社会人だったり、学生だったりする二十歳の新成人が一堂に会し、式が終われば同窓会に移行するのがお決まりのパターンとなる
そして、現代においてはもう一つの成人式がある
それが、第二成人式と呼ばれる成人式だ
人間は、体が大きくなれば大人になるというわけではない
いろいろな経験や苦労を重ねることで、精神的にも大人となっていくのである
第二成人式とは、体が大人になり、そこから十年の月日を経て、やっと心も大人になれました、という意味の成人式なのである
この式では、大人になった自分を示すためにスーツ等の大人の服装で出席することが通例となっている
そして、そのまま同窓会に移行するのは第一成人式と全く同じだ
「そういえば、ジャンに報告があるんですよ」
「何だ?」
俺は、ジャンに譲ってもらったロケットハンマーを素材にし、新しい武器を作ったことを伝える
「…という訳で、新しい大剣を作ったんです。ロケットハンマーのジェットブースターを組み込んだので、原型が無くなってしまったんですよ」
「へー、新しい武器か。あのロケットハンマーはもうラーズのものだ、好きに使えばいいさ」
ジャンは、特にロケットハンマーに拘りは無いようだった
「…ところで、ジャン。若返りをしたんですよね?」
「おお、そうなんだよ。鼻が効かなくなって防衛軍を引退したんだからよ、体にガタがくる前に受けようと思ったのさ」
ジャンは、前に会った時よりかなり若返っている
前は五十才前後といった見た目だったが、今は三十才くらいで第二成人式に出ていそうな外見だ
現代人の寿命は平均百五十歳ほどだ
だが、これは肉体の再生治療を受けることが前提の寿命となっている
この再生治療は、文字通り肉体を若返らせ、染色体のテロメアをも復活させ、もう一度人生をやり直せる状態となる
もちろん、記憶もそのままであり、通称若返りという
理論上は、この若返りは何回でも行うことができ、繰り返せば不老長寿の効果となり得る
しかし、これは不可能なことが分かっている
全ての生物は、刺激に対して慣れることができる
若返りは、記憶を引き継ぐことが出来るのだが、これが問題となってしまうのだ
記憶を引き継ぐが故、百年、二百年と生きていると、生きる上での刺激に慣れすぎてしまうのだ
五感で感じる刺激に対して、喜びも、苦しさも、楽しさも、哀しさも感じない
感情が乏しくなって行き、全ての意欲が無くなっていく
これが、慢性的な精神疾患を発症してしまうのだ
よって、若返りは一回まで
それ以上は人間の精神が自発的に生を放棄してしまうとして、政府が規制をかけている
「でも、まさか、あんな所で再会するとは思いませんでしたね」
ジャンは、現在シグノイアで農業を始めたらしい
農作物は、マンドラゴラや嘆きの種などの呪術に使う植物らしい
ジャンク屋の一階の婆さんに作物を卸しに来たところで、偶然俺と再開したのだ
「本当だよな、縁ってやつは面白いもんだ。さ、最近のラーズの活躍を話してくれよ」
「いやいや! 全然、活躍なんて出来てないんですよ…」
俺はそう言いながらも、ロケットハンマーが固有装備として認められたことや、通り名が付いたことをジャンに話始めた
人生百五十年、現代人には二回の定年がある
平均的なシグノイア人の人生
・二十歳前後に卒業、就職
・三十歳で第二成人式、大人として扱われる
・六十歳前後に一回目の定年、この前後で若返り、そして新しい職業で就職
・百二十歳前後で二回目の定年
・その後は、寿命までが老後の人生となる
若返りが行われるようになり、人間はもう一度人生をやり直せるようになった
個人によるが、多くの人が若返り後は今までと全く違う職業につくことが多い
そして、約半数の夫婦が、若返りを期に新たなパートナーを探す
人世の選択肢を増やす、そして、今の記憶を持ったまま新しい人生をやり直せる
若返りの技術と、若返りを社会システムに組み込んだ現代の世界は、昔と比べ物にならないくらい人生が豊かになったと言えるだろう
「…そうか、ひよっこだったラーズが、まさかCランクになろうとしているとはな」
「私は、今の小隊に恵まれただけなんですよ。実力でなったわけではないですから複雑です」
ジャンは、防衛軍時代はCランクで、破壊獣という通り名を持っていた凄い兵士だったそうだ
一人で戦車を叩き壊していたジャンを思い出すと納得できる
「ラーズ、ちょっと嫌な噂を聞いたんだけどよ…」
ジャンが聞いた噂話
これは、東にあるハカルとの国境に近い町、カツシの町の話だった
十年前のシグノイアとハカル戦争は、旧カツシの町の所有権を争った戦争だ
旧というのは、この戦争のせいでカツシの町が無くなったからだ
現在のカツシの町は旧カツシの町の少し西側に作られており、比較する場合は新カツシの町と呼ばれたりする
この新カツシの町では頻繁にハカルの戦闘員が出入りしており、お互いに攻撃し合っている状況だ
現在の最前線の戦場であり、開戦すれば、十年前と同じように激戦区になることが決定されている場所だ
噂というのは、このカツシの町でシグノイアとハカルがそれぞれ拠点作りをすすめているらしいということだ
「拠点ですか…」
「…ラーズ。それが本当なら、まもなく戦争が始まるぞ?」
ジャンの目付きが鋭くなる
「…」
ゼヌ小隊長から以外に、一般市民になったジャンからの言葉
開戦に、俄然真実味が増した
この事実に、俺に何が出来るのだろう?
話が大きすぎて、何をしていいのか全く分からない
「俺に何か出来ることがあったら連絡しろよ。実戦は退いたが、まだまだ戦うことは出来るからな」
「あ、ありがとうございます、ジャン」
ジャンが、頷いた俺の目をじっと見つめる
「…ラーズ、死ぬなよ。メメント・モリを忘れるな」
ジャンは、出会ったときと同じ言葉を俺に送ってくれた
ジャンについては、24話 大先輩1 を参照
この世界の人類は、寿命が長いため現実の年齢に直す必要があります
(年齢 - 20) ÷ 2 + 20 = 現実の年齢
作品の年齢を現実の年齢に変換すると、
作品での三十歳は、現実での二十五歳
(30-20)/2+20=25歳、第二成人式の年齢
作品での五十歳は、現実での三十五歳
五十歳 (50-20)/2+20=35歳
作品での百五十歳は現実での八十五歳
百五十歳(150-20)/2+20=85歳
となります
これは、二十歳までの成長過程は変わらず、寿命だけが劇的に延びているからです
話の中でこの年齢だと、現実では○歳くらいか…、と考えてもらえるとイメージしやすいかと思います




