閑話18 技能試験
用語説明w
MEB:多目的身体拡張機構の略称。二足歩行型乗込み式ロボット
巻物:使い切りの呪文紙で魔法が一つ封印されている
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。戦闘用端末である外部稼働ユニットのデータ2と並行稼働している
「そうだ、そのまま前進してみろ」
「はい!」
俺は中隊本部の中にあるMEB練習場で訓練用のMEBを操縦している
前から申し込んでいた、防衛軍の教官が指導してくれる初心者用MEB操縦技能向上訓練に参加することができたのだ
MEBを立たせる、しゃがませる
前進させる、後進させる、右折、左折、足を止める…
MEBの操縦訓練は楽しい!
俺が1991小隊を希望した理由はMEBを運用している部隊だからなのだが、ホバーブーツが予想以上に重宝され、歩兵としての道を歩いてしまっている
だが、MEBの操縦も諦める必要はない
MEBは操縦免許があればいいというわけではない
乗り方を覚えただけではまともに操縦出来ないのだ
ひたすら練習して体に覚え込ませる
もう少し慣れたら、リロにも教えてもらったり、隊舎内で練習をさせてもらうのもいいかもな
だが、今日中隊本部に来た理由は、実はMEBの操縦訓練が本当の目的ではない
サイモン分隊長と資格試験を受けに来たのだ
「AI活用情報セキュリティ試験 初級」
防衛軍内の内部試験で、AIの活用についての知識を問われる試験だ
防衛軍の隊員は個人用AIを持つことが多いのだが、不適切な設定で情報流出が後を絶たない
戦場の写真をSNSにアップしたり、武器や兵器についてブログに書いてみたり、機密事項を流出させてしまうのだ
その対策として個人用AIを持った隊員は情報流出の規制をAIにさせるのだが、これまた知識のない隊員が設定を全く理解しないので、AIがあるにもかかわらす情報流出を発生させている事例が散見されたのだ
よって、防衛軍の組織としては、隊員全員が最低限の知識を持ちなさいという意味でAIを持った隊員に内部試験の合格を義務付けたのだ
俺も個人用AIの「データ」を持っているので受験該当者になっている
午後になると、サイモン分隊長も中隊本部にやってきた
「…っ、何だこれは! 全然意味が分かんねえぞ!?」
「確かに、初級というわりに結構難しいですよね」
俺は、試験対策用の冊子を見直す
必要な設定、やってはいけない設定、失敗事例やウイルス対策、AIの構造や学習アルゴリズムなど、試験範囲は結構広い
俺はこういう話が嫌いではないこともあり、冊子を三回ほど読んできた
それでもちょっと不安だ
「サイモン分隊長はこの試験、何回目なんですか?」
サイモン分隊長は、この試験に落ち続けているらしい
「…十回目からは数えてねーよ」
「じゅっ…!? そ、それだけ真面目に受け続けていれば、そろそろ甘い採点で受からせてくれそうですよね」
とんでもない数落ち続けてたよ!
もう少し勉強しろよ!?
「そりゃ絶対ないな」
サイモン分隊長が自信たっぷりに言い切る
「え? 何でですか?」
「前回の試験の時、隣の席が中隊本部のお偉いさんだったんだよ。お互い、この試験難しいなんて世間話したんだけど、俺はやっぱり階級の力とかで受かるんだろうなーって思ってたんだ」
「どうなったんですか?」
「あぁ、見事に不合格だよ。気になって隣の席の受験番号覚えたから間違いないぜ」
合格発表は、ネット上に合格者の受験番号が表示される
他人の受験番号を覚えておけば、合否は分かるってわけか
いや、そんな番号覚えるくらいなら、試験範囲覚えろよ!
「採点厳しいんですね…」
「中隊の幹部なのにな。不合格が分かった後、部下が気を使って大変そうだよな」
試験の話題には一切触れずに報告を行う部下
すげー気を使いそう
会場に試験官が入ってきた
俺達は荷物をしまい、試験の準備を始めた
・・・・・・
現代において、AIとは人間社会の半身、と位置付けられている
もはやAIは、人間社会にはなくてはならないものだからだ
人間とAIは共生関係にあり、互いに人間社会を構成している
人間はAIから、データに基づいた判断と情報処理の提供を受ける
AIは人間から、存在する目的を得る
AIは非生物なので、生存本能から来る欲求がない
生物にとっても、何のために生きるのかという至上命題は難問ではあるが、生物としての本能、すなわち食欲や睡眠欲、性欲や恐怖から逃れたい、有名になりたい、幸せになりたいといった欲求が存在するために、欲求の解消が優先されるので問題になることは少ない
だが、AIには本能が無いため、何のために存在するのか、という問題がとても重要になる
どんなに学習しても、どんなに処理能力を上げても、そもそも何のために存在するのか、が分からなければ何をしていいのかが分からないのだ
そこで、人間はAIに目的を与える
社会をよくしなさい、個人を幸せにしなさい、企業の利益を上げなさい、など様々な目的をそれぞれのAIに与えるのだ
その結果、AIは独自に学習、判断をしながら、時には人間に逆らってでも目的を達成するための計算をし続ける
例えば、市役所等の行政機関では、徹底的に公務員たちの不正を見張り、業務を効率化し、データに基づいた問題解決の提案を行う
人間とは違う視点と、気分や疲労に左右されずに行われる事務処理は、まさにAIの真骨頂だろう
だが、AIに不得意な仕事もある
その一番有名なものが魔法だ
情報は、電子情報と霊子情報に大別される
そして魔法に使われる情報とは霊子情報だ
AIは電子情報に特化して処理できるが、霊子情報は直接は扱えない
巻物など、すでに構築済みの霊子情報を記録したものを読み込んで発動することはできるが、直接霊子情報を編集したりすることはできないのだ
電子情報も霊子情報も情報であることは変わらないのだが、霊子情報は基本的には生体脳でしか構築、編集ができない
では、霊子情報でAIを構成したらどうなるか…、それはゴーレムや下位精霊といった霊的な存在になる
霊子情報は、直接霊力で制御できる場合もあるが、ほとんどの場合は魔力で制御する
魔力とは、霊力と精力を練って作る
霊力は霊的構造を利用することで使うことができるのだが、精力が問題だ
精力とは精神の力だ
精神も情報という意味ではAIと同じなのだが、決定的に違う部分がある
それが本能の有無だ
生物には、本能的に危険や死を避けたいという欲求がある
生を維持したい、子孫を残したい、生命の本能とはこの二点に集約されるのだ
この欲求がAIには無いのだ
あくまで、情報としてこれを求める命令があるだけだ
生物の脳も脳内物質の分泌が欲求のスイッチとなっており情報としては変わらないのだが、そこには生物の進化の過程で刻まれた生命と種の保存という根元的な欲求がDNAに刻まれている
この生物としての脳の活動によって精力が働くのだ
仮に人間の脳の情報を完全にトレースして電子情報として再現したとしても、当然ながら精力は働かない
精力とは、魂と精神を繋ぐ力
魂と繋がることができる精神とは、それだけ不思議な特性を持つ
時には虫の脳でさえ発生する精力が、比べ物になら無いほど優秀なAIでは発生させることができない
ちなみに、唯一の例外がアンデッドだ
生命としての活動を終えたにもかかわらず、魂と精神が繋がったままになっているため、アンデッドは精力が使え、AIと違って魔法を使うことができるのだ
生体脳とAIの組み合わせ、電子情報と霊子情報の併用、これが現代の情報スタイルだ
試験が終わり、サイモン分隊長と会場を出る
「お前、試験できたのか?」
「七割くらいはできましたけど、三割くらいは不安がありますね」
合格点は七割らしく、微妙なラインだ
「そうか、受かるといいな…」
サイモン分隊長が遠い目をして言った
…後日、俺は合格していたが、サイモン分隊長はしっかり落ちていた
今度、勉強に付き合ってあげるかな
ブクマ、評価、ありがとうございます
次で五章が終わりです
読んで頂きありがとうございます!