175話 キマイラ3 ライオン
用語説明w
モ魔:モバイル型呪文発動装置。巻物の魔法を発動できる
イズミF:ボトルアクション式のスナイパーライフル。命中率が高く多くの弾種に対応している
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
カヤノ:MEB随伴分隊の女性隊員。思念誘導弾を使い、飛行ユニットによる空中戦が得意なサイキッカー(固有特性)
クルス:ノーマンの男性整備隊員、車両の運転も兼務
ホン:ノーマンの女性整備隊員、車両の運転も兼務
「グオォォッッ!」
キマイラのライオンが吠える
サイモン分隊長がライオンパンチを正面から受け止め、その後ろからカヤノが雷属性投射魔法を放つ
そして、二人を囮にしてキマイラの側面から装甲戦車が突っ込んでいく
装甲戦車はかなりにスピードで突っ込んだので、速度が力学バリアに感知され一瞬スピードが落ちた
だが、キャタピラーが動き続けているので、すぐにスピードを上げる
ドッゴォォォォン!
「ギャアァァァァ!」
そして、スピードが落ちた瞬間、つまり、力学バリアの範囲に入った瞬間に近接距離からの迫撃砲を発射
キマイラの胴体を横からぶち抜いて砲弾が貫通、反対側の力学バリアで砲弾が爆発した
ギャラララ… ドガァァッ!
そのまま装甲戦車はキマイラに体当たりをして、迎撃ポイントを通り抜けて離脱した
装甲戦車を直接キマイラに攻撃された場合、パワーと炎ですぐに破壊されてしまう
クルスとホンはゼヌ小隊長の指示で、森の中からずっと隙を伺っていたのだろう
大金星だ
キマイラは山羊と蛇の二つの頭を失い、もはやライオンの頭が一つあるだけの普通のモンスターと化している
更に横っ腹に大穴が空いた状態だ
後は押しきるだけだ!
世の中には経験値という言葉がある
ゲームでは敵を倒すと経験値が得られ、この値が一定水準を越えるとレベルが上がる
レベルが上がると身体能力が何故か強化されるのだ
だが現実にレベルは存在せず、強敵と戦っても身体能力は強化されない
だが、経験値は存在する
例えば、ボクサーが負けられない試合を制して勝ったとき
ビジネスマンが他社とのギリギリの勝負をプレゼンで制したとき
プレッシャーを跳ね返し、死ぬほど考え努力し、そして勝ち抜いたとき
人間が一皮剥けるときがある
レベルは存在せず、勝負の前後で身体能力や知識量に差がないにも関わらず、だ
強敵に勝った経験、そして得られた自信が、人間を変貌させるのだ
その変化は、レベルでいうと一気に十も二十も上がったかのような変化だ
「グルル…」
キマイラは血を流しながらも立ち上がる
強敵との戦い
キマイラは間違いなく強敵だ
だが、作戦が噛み合い、1991小隊がキマイラを追い詰めている
過去の強敵が、バンパイアや風の道化師、そしてそれぞれの隊員が経験してきた強敵との戦いの経験が、1991小隊を勝利に近づけている
そして強敵であるキマイラとの戦いで、1991小隊が更に一皮剥けようとしているのだ
「すまない、これが最後の身体強化だ…!」
ジードが、辛そうに俺とサイモン分隊長に補助魔法をかける
この戦闘の間中、隊員全員にずっと補助魔法をかけ続けていたジードの魔力がついに尽きた
魔力回復薬をがぶ飲みしてくれていたが、効き目が薄れしばらく休まないと回復しなくなったのだろう
「ジード、一度下がって下さい! ロゼッタが戦線に復帰します!」
エレンのインカムで、ジードがフラフラと下がっていく
そして、トランスの影響で動けなくなっていたロゼッタが戻ってきた
俺はモ魔で風属性竜巻魔法(小)を読み込む
俺は、確実にキマイラを仕留めるためにライオンの目や鼻を狙う
バリバリッ バリバリッ
カヤノが雷属性魔法でキマイラを削りながら気を引いてくれる
「リィ、行くぞ! データ、イズミFを出してくれ!」
俺は上空で牽制していたリィを呼び、攻撃を仕掛ける
ここからは総力戦だ
生き残ったライオンの頭と俺達
先に削り切られた方が負ける
陸戦銃を倉デバイスに戻し、俺はサードハンドでイズミFを保持
手にはロケットハンマーを持つ
イズミFには疑似アダマンタイト芯の徹甲弾を装填してある
俺の最高火力だ
前方が俺、後ろからロゼッタとサイモン分隊長、空中からカヤノが仕掛ける
「うおぉぉっ!」
サイモン分隊長が、盾をキマイラの後ろ足に叩きつけてる
キマイラが後ろに意識を向けた瞬間…
ボゥッ!
ホバーブーツのエアジェットで跳ぶ
ロケットハンマーを叩きつけるが、前足のライオンパンチで迎撃される
ドガァッ!
「くっ!」
落ち着け、この動きじゃない
さっきのリロの動きを思い出せ
一呼吸先の動きだ
キマイラがほんの少しだけ重心を下げる
ボゥッ!
俺はエアジェットで突っ込み、ロケットハンマーを横から叩きつける
ゴガァッ!
ライオンの顔が横を向き、視界から俺が外れる
ライオンの頭が俺を見ようと首を動かした瞬間…
ボッ! ゴガン!
「ギャウッ!」
ライオンのこめかみにロケットハンマーをジェットで叩きつける
たまらずに一歩飛びずさり、重心を下げた瞬間…
俺は左に飛ぶ
ドガァッ!
さっきまで俺がいた方向にキマイラが飛びかかって地面を叩いた
キマイラが振り向いて前足を上げる…
その瞬間に、俺はエアジェットで跳び、前足にロケットハンマーを叩きつける
ゴガァッ!
「グギャッ!」
これだ! 分かるぞ!
これがリロのやっていた一呼吸先の動きだ
冷静に、意識して観察すれば、キマイラの予備動作が分かる
「ら、ラーズが…」
カヤノが俺の動きを見て驚きの表情を浮かべた
「俺たちも負けられるか!」
「うん! あたしも、もう動けるよぉ!」
サイモン分隊長とロゼッタも攻撃に加わる
二人は足を攻撃して機動力を削ぐ
「ご主人! 拘束の魔法弾の効果が出たよ! 効果が切れる前に攻撃して!」
データの声
データ2が撃ち続けていた魔法弾が蓄積され、やっと効果が出たらしい
力学属性拘束の魔法効果で、キマイラの動きが多少鈍っている
「拘束の魔法効果が出てる! チャンスです!」
俺はインカムで叫ぶ
そして、ナノマシンシステム2.0を発動!
強化魔法の筋力を乗せてハンマーを叩きつける
狙いはライオンの右目だ!
ゴガッ!
だが、キマイラは頭をずらして額で受ける
今までの戦いで分かったが、Bランクモンスターの骨は固すぎる
俺のロケットハンマーでは壊せないほどの硬度を持っているのだ
額に思いっきり叩きつけたハンマーが、硬い岩にぶつかったように跳ね返る
だが、この反動が狙いだ
俺はロケットハンマーのジェットのスイッチを押す
ボッ! ゴシャァッ!
「グガァァァッ!」
ロケットハンマーが火を吹き、ライオンの目に突き刺さる
…そしてもう一撃!
俺はロケットハンマーを手放し背中に保持していたイズミFを構える
ガゥン!
貫通力を持つ徹甲弾が、ライオンの喉に吸い込まれる
「ガフッ…ガ…」
キマイラが苦しむ様子を見せた
チャンスだ、口の中ならダメージが通る!
ライオンの両目は潰れ、もう見えないはずだ
俺は接近して、モ魔で風魔法を…
同時にリィがライオンの耳に噛みついた
ドガァッ!
「……がはっ!?」
キマイラが、突如俺に体重を乗せるように頭を突き出した
キマイラのロケットハンマーを止める硬度の頭骨が体重をかけてぶつかり、俺はトラックに撥ね飛ばされたように吹き飛んだ
「う…」
衝撃で腰に付けていたモ魔が砕け、破片が飛び散った
視界が歪み、体が動かない…
「ラーズ!」
最初にサイモン分隊長が動いた
キマイラの後ろ足に両手で持った大盾を叩きつけ、そこから両足、体幹と背筋の力を腕から発する
大盾を使った武術の打撃、発勁だ
ドゴォッ
キマイラの後ろ足が弾き飛ばされ、体勢を崩す
そこにカヤノが飛行ユニットの推進力で首筋に突進し、杖についた刃に精力を纏わせて突き刺す
バリバリバリバリバリバリ……!
「グギャアァァァァッ!」
そして、杖の刃から雷属性魔法を発動、キマイラの体内を電撃で焼く
…ボォォォ…
そして、ロゼッタがトランスを発動
ザシュッ ザシュッ ザシュザシュッ!
動きを止めたライオンの首を高速で切りつける
ライオンの首の右側の肉が削げ落ち、大量の血が吹き出した
「グガァァァッ!」
ドガァッ
だが、キマイラが吠え、ロゼッタに爪を叩きつける
「くぅっ…!?」
ロゼッタが何とか片手剣で受けるが、衝撃で飛ばされる
そして、カヤノと動けない俺に向かって口を開けた
…炎のブレスだ!
「…っ!?」
ゴオォォォォォッ!
カヤノが俺を掴んで思いっきり跳ぶ
飛行ユニットの最大推進力で跳ぶが、ギリギリ炎を受けてしまう…!
ビュオォォォォォ…!
だが、タイミングよく、風属性竜巻魔法(小)が発動
炎の一部を数秒遮ってくれ、俺達は何とか炎から逃れた
ドガァッ!
キマイラがサイモン分隊長に爪を叩きつけるが、大盾でなんとかガード!
トランス状態のロゼッタが全力で片手剣を振るう
カヤノも思念誘導弾と雷属性魔法を撃ち尽くす
俺も全力だ!
ロケットハンマーを握り込み、キマイラの動きを見る
挙動の起こりから動きを予測し、その機先を制していく
…ロケットハンマーを叩きつける度に高揚していく
だが、目を凝らせ、勢いに身を任せるな…
冷静になれ、興奮を暴走させるな…!
キマイラと俺達は、最後の力を振り絞って狩り合う
ロゼッタはトランスが切れ、もう身動きが取れない
サイモン分隊長は盾を構え続けているが、疲労で動けなくなっている
あと動けるのは俺とカヤノだけだ
だが、カヤノはもう飛行することが出来ず、杖で体を支えている
俺も疲労が溜まった上に満身創痍だ
…気がつくと、俺とキマイラが視線を交わしていた
キマイラに残ったライオンの目は潰れているのだが、確かに俺を見ていた
俺も視線を外さない
敵味方ではあるが、死力を尽くした者同士の何かがそこにはあった
グラリ… … ズズゥゥゥン…
そして、無言で…
ついにキマイラは崩れ落ちたのだった
戦況
・キマイラ
ライオン 討伐
山羊 討伐
毒蛇 討伐
・1991小隊
サイモン分隊長 疲労(特大)
カヤノ 負傷(大)疲労(大)
ロゼッタ 戦闘不能
リロ(MEB) 戦闘不能
ラーズ 負傷(中)疲労(大)
ジード 魔力枯渇
評価、ブクマ、本当にありがとうございます!
とても励みになっております
これで戦闘は終わりです
五章はあと二話+閑話です
読んでもらえたら嬉しいです