170話 サイモン分隊長の怒鳴り声
用語説明w
チャクラ封印練:十年もの間、人体の霊力と氣力を九割ほど封印し続け、総量が底上げする鍛練方法
モ魔:モバイル型呪文発動装置。巻物の魔法を発動できる
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
シリントゥ整備長:整備班の整備長。ドワーフのおっさん
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。戦闘用端末である外部稼働ユニットのデータ2と並行稼働している
クエストの消化が終わり、今日は久しぶりに戦闘班が隊舎に揃っている
ドッゴォォォォン!
MEBハンガーの裏の長距離射撃場では、サイモン分隊長が折り畳み式のキャノン砲の試し撃ちをしている
スサノヲが納品したばかりの新武器だ
「折り畳み式はいいな。防御の邪魔にならずに携帯できるし、防御の手が空いたらすぐに攻撃に移れるぜ」
この折り畳み式のキャノン砲は、ワンタッチで砲身が閉じて砲弾を撃てる状態になる
貫通力を持たせた砲撃が可能なため、近距離で砲弾や魔弾を撃ち出すことも可能だ
「急に装備品が充実しましたね」
「デモトスさんとお前のお陰だな」
「…私もですか?」
「デモトスさんが、あのジャンク屋の赤ずきんの職人を紹介してくれていろいろとオーダーメイドの武器を作ってもらえたんだ。そして、その資金はあの黒竜の素材だぜ?」
どうやら、龍神皇国の騎士団から送金された黒竜の素材の代金がかなりの金額だったらしい
俺が知り合いだからと色をつけてくれたのではないかとのことだ
もしそうなら、セフィ姉にお礼言わなきゃな…
その代金をそれぞれの隊員に還元し、戦闘班は全員が装備をアップデートした
サイモン分隊長はキャノン砲、カヤノは杖、ロゼッタとリロはアクセサリーをオーダーメイドで作ったのだ
「カヤノの杖は薙刀みたいな形でしたよね?」
「あくまでも杖みたいだぞ。魔法の威力強化率が高いって言ってたな。それに…」
カヤノの杖に付いた薙刀のような刃体は、なんとサイキックの源である精神の力、精力と親和性の高い精神感応金属らしい
サイキックで作る衝撃の力を刃体に纏わせて、近接攻撃の威力を上げられるそうだ
「凄い武器ですね…! ロゼッタとリロのアクセサリーは?」
「ロゼッタの腕輪は氣力の蓄積効果だ。トランスで氣力が尽きたときに、ある程度の氣力を回復できるんだってよ」
「へー、ロゼッタにピッタリのアクセサリーですね」
ロゼッタは、自分の弱点をアクセサリーで克服するつもりか
効果的だな
「リロのチョーカーは、テレパスの感応力強化らしいぞ」
「え!? テレパスって…、リロってサイキッカーだったんですか!?」
「ああ、リロは生まれながらのサイキッカーだったはずだぞ」
知らなかった
ちょっと前にサイキックが発現した俺なんかより、リロの方がサイキッカーの大先輩だった…!
「リロはテレパス使いなんですか?」
「ああ、何でも敵意や殺気をかなりの精度で感知するらしい。MEBは死角が多いからうってつけだよな」
そ、それってなんていうニュータイ…、いや、止めよう
確かに、その感知力を強化できるアクセサリーならMEBの操縦にも生かせるな
俺は黒竜の件でヴァヴェルの強化をさせてもらったが、みんなもどんどん強くなっている
負けてられない、俺も早く新武器を完成させたいな
・・・・・・
サイモン分隊長とMEBハンガーに行ってメンテナンスを受ける
サイモン分隊長は新しいキャノン砲の整備、そして俺はデータ2である外部稼働ユニットの機能の追加だ
先程…
「これが、前回の便利屋の確保とスサノヲの実験に付き合ってくれた報酬だ」
デモトス先生が箱に入った機材を渡してくれた
「これは何ですか?」
「外部稼働ユニット用の後付けのモ魔機構だよ。ラーズの部隊の強化は急務だからね」
俺の部隊?
リィとデータ2と竜牙兵士のことか
…今後、また俺一人で出撃することがあるということだろうか?
そういうわけで、データ2がモ魔で範囲魔法を撃てるようになった
戦術の幅が広がるので素直に嬉しい
クルスがデータ2の外部稼働ユニットにモ魔を取り付けてくれることになった
ホンはサイモン分隊長のキャノン砲のメンテナンスだ
その間、シリントゥ整備長がお茶を入れてくれた
「ラーズ、スサノヲの嬢ちゃんの新しい武器はどうなったんだ?」
「なんとかなりそうですよ。倉庫に転がしていたあの支柱が本物のオルハリコンだったので、一億ゴルド安くなりそうです」
「一億安くなるって凄いよな、よかったじゃないか。どこで何が役に立つか分からねえもんだなー」
綺麗な棒を持ち帰ったら貴重な金属でした…、なんて、信じられない幸運だった
サイモン分隊長がキャノン砲を受け取って戻ってきた
新品だからメンテナンスにも時間がかからなかったようだ
「そういや、ラーズも新しい武器作るんだって? どんな武器なんだよ」
「大剣風の近接武器なんですよ。火力特化と防御のしやすさを重視してもらいました」
「大剣風ってのは何だ?」
サイモン分隊長の疑問はもっともだが、大剣と槍のハイブリッドで防御用の持ち手もついている…、なんと表現していいか分からない武器だ
俺は簡単に新武器の概要を説明した
「…要は、パイルバンカー機能の付いた近接武器ってことか? 実物見ないとイメージが沸かねぇな。だが、お前の近接武器をまとめて一本の武器にするってのは凄い発想だな」
サイモン分隊長は変形機構などの話に興味を持ったようだ
「はい、Bランクの闘氣を突破できる火力を目指しています。まだ素材が揃ってないので完成には暫くかかりそうですけどね」
「揃ってない素材って、あとは魔玉か? Bランクモンスターのサイズが必要なんだろう?」
シリントゥ整備長がお茶を飲みながら言う
「お、Bランクモンスター狩りか。俺たち全員で挑めばちょうどいいじゃねえか」
サイモン分隊長がニカッと笑う
まさか、Bランクモンスターに挑む気なの!?
「ちょうどいい? いえ、理想はBランクモンスターサイズの魔玉だったんですけど、費用対効果を考えて諦めようと思ってるんです。普通の魔玉で作ってもらえばいいかなって」
「あ? 何で諦めるんだよ。費用対効果ってのは何だ?」
サイモン分隊長が怪訝な顔をする
「Bランクモンスタークラスの魔玉が必要なのは、魔法強化のためなんです。現状、そこまで必用はないかなって思いまして。Bランクモンスターを狩るなんて、そう簡単にはできないですからね」
「魔法強化、いいじゃねえか。何で必要ないんだよ?」
「そりゃ、今の私は魔法が使えなませんからね。魔法強化の機能があってもモ魔の魔法を強化するくらいしか使えません。そのためにBランクモンスターを狩るなんて、リスクとメリットが見合ってないですから」
「俺達で挑めばリスクだって減らせるんだ、諦める必用はないだろ。そもそも、じゃあ何で魔法強化なんか付けようと思ったんだ?」
「そ、それは…、一応、あと数年で私も魔法が使えるようになる可能性があるので。その、あったら便利かなって思いまして。まさか、Bランクモンスターの討伐が必要になるとは思わなかったんですよ」
「この先、魔法が使えるようになったら生かせるんだ。尚更魔法強化があった方がいいじゃねえか。別にBランクに一人で挑めって言ってるわけじゃないぞ? 俺達だっているんだからよ」
サイモン分隊長は、本当に俺のためにBランクモンスターに挑む気のようだ
だが、それはさすがに…
「ま、まあ、あったら便利ぐらいですよ。今の俺にはほとんど生かせない機能ですから。それなのに、いつか魔法が使える時のために…、なんて、完全に俺のわがままですよ」
チャクラ封印練が解けるまで、俺は魔法が使えないんだ
それなのに、魔法強化のための小隊の仲間を危険にさらす必要はない
「わがままでいいじゃないか。お前は1991小隊なんだぜ? 仲間なんだから、小隊の皆に頼ればいいんじゃねえのか?」
サイモン分隊長が俺の目を見る
「…黒竜の時はいろいろとお願いしちゃいましたけどねー。今回は完全に俺だけのわがままですから、さすがに…」
やっぱり、魔法が使えるようになった後のことなんか、1991小隊で考える必用はない
今は魔法強化なんか必用はない
「いい武器を作るのにわがままとかないだろ。戦力アップはうちに小隊のメリットだ。みんなで力を合わせて取り組めばいいことだろう」
何だ?
やけにサイモン分隊長がぐいぐい来るな
そりゃ、戦力アップは必要だけど、今回は小隊の仲間を危険に晒す割りに強化があまり期待できないから言ってるんだ!
「あー、でも…、その、やっぱり、頼めないですよ」
「だー! バカな野郎だな、お前は!!」
ガッ!
サイモン分隊長が大声で怒り、俺の胸ぐらを掴んだ
「お前は今まで一人で戦ってきたのか!?」
「え? いや…」
俺は怒鳴られて頭が真っ白になる
「ちっ…」
サイモン分隊長は胸ぐらを放した
「あ…」
言葉が出てこない
「…もっと俺達を頼ればいいじゃねえか」
そう言って、サイモン分隊長はMEBハンガーを出て行ってしまった
俺は、どうしていいか分からず、サイモン分隊長が出ていった出口を眺めるしか出来なかった
評価、ブクマありがとうございます
読んでもらえて感謝です