169話 魔玉
用語説明w
イズミF:ボトルアクション式のスナイパーライフル。命中率が高く多くの弾種に対応している
エレン:獣人の女性整備隊員。冒険者ギルドの受付も兼務
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。戦闘用端末である外部稼働ユニットのデータ2と並行稼働している
リィ:東洋型ドラゴンの式神で、勾玉型ネックレスに封印されている
竜牙兵:黒竜の牙に魔属性と竜の魔力を封入し、幽界から骸骨戦士を構成する爪と牙を武器とするアンデッド
スサノヲに渡された、魔玉の飛空石加工についての資料を読んでみる
飛空石加工とは魔玉の特殊加工の一つのことだ
魔玉とは、モンスターの体内で生成される魔力が物質化した結晶だ
魔玉の基本性能に、生成したモンスターによっての差異はない
しかし、特殊加工を行う場合はその加工方法にあったモンスターの魔玉を使う必要がある
特殊加工とは、その魔玉の基本性能以外の特殊性能を持たせる加工方法で、一番通名なのが属性特化の魔玉だ
例えば、火属性のサラマンダーの魔玉を火属性特化加工すれば火属性を大幅に強化する魔玉ができ、火属性特化の杖に使われる
飛空石加工とは、空間魔法に特化した加工らしい
必要な魔玉は、浮遊系か複合系のモンスターから採取された魔玉となる
更に、俺の新武器にはBランク以上のモンスターで生成される魔玉の大きさが必要らしい
「重力減少効果だって!?」
…やべっ、声だしちゃった
待機室にだれもいなくてよかった
どうやら、飛空石加工した魔玉には重力減少効果があるらしい
これは地味だが、凄い効果ではないだろうか?
大型武器の弱点は重いことだ
だが、一瞬でも重力減少効果が働けば、その弱点を無くせる可能性がある
重力減少効果とは
簡単に言うと、対象物の質量が減少する効果だ
これは重力属性の重力や斥力を発生させる効力とは根本的に違う
重力とは、一般相対性理論によると空間のゆがみであるという
この空間のゆがみに干渉する機能、つまり時空間属性の空間魔法の働きで重力の減少を引き起こしているらしい
俺は魔導物理学を専攻していないので、あまり詳しくは分からないが…
だが、空間魔法に特化して、なおかつ重力減少効果まである飛空石加工は、まさに俺の新武器に最適だ
だから、スサノヲはこの魔玉を勧めたのか
こんな加工方法を見つけ出すなんて、あいつはやっぱり凄い
…だが、実際のところどうするかだ
Bランクモンスターを狩るのは現実的ではない
一度、Bランクモンスターを間近で見ているが、とてもじゃないが倒せる気がしなかった
ならば、1991小隊の力を借りるか?
…いや、危険に晒すだけだ
実際、Bランクと思われるバンパイアに全滅させられかけた
そもそも、Bランクモンスタークラスの魔玉が必要になる理由は、魔法強化の効果をつけるという意味合いが大きい
チャクラ封印練が解けた後に、魔法を使うことを見据えて欲しいだけなのだ
現状ではモ魔の魔法を強化するくらいで、無くてもまぁ…という感じだ
つまり、魔導師用の杖という機能を妥協すれば、もっと小さい魔玉でもいいはずだ
俺の都合で、1991小隊にBランクモンスター狩りという危険なお願いはできない
…考えてみると、防衛軍に入って封印練が解けた後のことを考えたのは初めてかもしれない
封印練直後は、また魔法が使えたらとよく想像したけど、今は無いのが当たり前になったからな…
エレンが冒険者ギルドの端末を操作している
新武器に使う魔玉はBランク以上のモンスターから採取された大きさが必要ということで、一応Bランクモンスターの情報を調べて貰っている
「Bランクモンスターの出現情報は、シグノイア全域で五件ですね。その内、緊急クエストに指定されたものは二件で、すでに防衛軍のBランク戦闘員が受注しています」
「つまり、通常のクエストは三件ってことだね」
目撃情報のあるBランクモンスターのクエスト
・サンダーバード
・キマイラ
・スノードラゴン
キマイラって複合系モンスターでいいのか?
飛空石加工に使える魔玉の条件に、浮遊系か複合系から採取されたものというのがあった
ちょうどBランクのキマイラが目撃されている
サンダーバードは大気と風の力で飛ぶので、浮遊系ではなかったはずだ
Bランクモンスターの参考映像を見せてもらったが、やはり格が違う
一般兵であるCランク以下の俺では手を出せない
やっぱり無理だよな…、スッパリ諦めた方がよさそうだ
「急にBランクモンスターの検索なんて、どうかしたんですか?」
エレンが聞いてくる
「いや、Bランクモンスターがどのくらいの頻度で現れてるのか気になっただけだよ。エレンあがとう」
なぜか、つい誤魔化してしまった…
・・・・・・
俺はクエストに向かっている
今日は単独での任務だ
クエスト
ケンタウロスの群れの撃退
『
ケンタウロス Eランク
上半身が人間、下半身が馬となっている亜人
知能と独自の文化を持ち、弓や槍を武器として戦う
単体では問題ないが、集団の場合は戦術を使うため危険度が高くなる
下半身が馬だけあって機動力が高いため、不意を突かれないように注意
』
『
クエスト情報
ケンタウロス二十匹ほどの群れが農村近くに集落を作っている
襲撃を行い、群れが農村部から離れるように誘導せよ
※注意
シグノイアのケンタウロスは数が少なく希少だ
殺さずに軽傷を負わせるだけに留め、個体数を減らさないようにしてほしい
』
…人間とは罪深い
我が身に危険が及ぶならば、他種族を平気で排除する
にもかかわらず、勝手に保護者を気取ったりもする
まぁ、襲われるかもしれない住民の気持ちも、研究している学者の気持ちも理解はできるけども
ここからケンタウロスの棲家までの距離は約七百メートル
俺は木々の間に腹這いになってイズミFを構えている
ケンタウロスは二十匹ほどを確認
何匹かの肩でも狙撃すれば逃げていくだろう
だが、直撃させれば傷口から空気が入り、医療技術の低いケンタウロスを感染症によって殺してしまいかねない
かすらせる程度にしなければならないというのは難しい…
「準備はいいか?」
「ご主人! データ2、竜牙兵共に準備完了だよ!」
データ2と竜牙兵は陽動だ
ケンタウロスは下半身が馬になっているだけあって足が早い
すぐに狙撃可能エリアから離脱されてしまう
そこで、陽動部隊を作り、ケンタウロスの集団に突っ込ませて混乱させる
その隙に、出来れば五匹は負傷させたい
だいたい、何で俺だけ一人でクエストを受けなきゃいけないんだ
俺が出発するときに、続々と隊員が帰ってきていたんだぞ?
スナイパーが二人いれば、すぐに十匹くらいは負傷させられるのに…
デモトス先生とゼヌ小隊長に、「これも部隊運用の訓練だから」と見送られた
実戦を訓練に使うのは本当にやめてほしい
ちなみに、リィは俺の護衛だ
遠距離攻撃が無いので、乱戦は負傷の可能性が高すぎるのだ
「よし、始めてくれ」
俺の指示で、データ2と竜牙兵が動いた
ドゴォ!
竜牙兵が体当たりでケンタウロスに突っ込む
続けて爪を振るって何匹かに負傷のみを負わせていく
データ2は隠れながら精神属性の混乱の魔石を使い、魔法弾を撃っていく
「おー…、一気に混乱したな」
ケンタウロスの集団は一つの共同体だ
戦闘員もいれば、老人、子供、身重な母親もいる
集団が混乱するのは、真っ先に弱者を逃がす必要があるためだ
迎え撃つ者、守る者、そして弱者を逃がす者、それらの役割が自然と行き渡るまでは混乱が続く
ドンッ…!
ドンッ…!
ドンッ…!
ゆっくりと狙いながら、戦闘員であるケンタウロスを狙撃していく
この距離まで攻撃できる手段をケンタウロスは持っていないので、俺には何の危険もない
だが、ケンタウロスは侮れない
あまり負傷させないように指示を出しているとはいえ、既に竜牙兵には何本もの矢が刺さり、槍で突き刺され、こん棒のような物で頭を割られている
アンデッドなので復活することは分かっているのだが、仲間が囮になってボコボコにされる様というのは見ていて気持ちのいいものじゃないな…
ゆっくりと狙撃を続けながら、群れごと森の奥へ撤退するケンタウロスを見送った
「よし、最後にケンタウロス達の小屋を燃やして撤収しよう」
こうして、人間様の文明の利器を使うことによって、ケンタウロスの群れの撃退に成功した
剣や弓しかなかったら、人間よりも体のでかいケンタウロスをこんな簡単に倒すことはできない
銃や魔法、武器や防具、文明の利器とはなんと素晴らしいことか…
・・・・・・
最後の特別クエストが終わって早二週間ほどが経った
1991小隊で消化したクエストが十七件…、これは、驚異的な数だ
「かなりのハイペースでクエストを処理できたわね。溜まっていたクエストはもうないの?」
ゼヌ小隊長がクエストリストを見ながら言う
「はい、先ほどラーズが終わらせたケンタウロスのクエストで最後でした。処理待ちのクエストはこれで終わりです」
エレンが冒険者ギルド専用端末のモニターを見ながら答える
幸運にも、この二週間は防衛作戦が発令されず、戦闘班全員で手分けしてクエストに集中できたのが大きかった
「これで、やっと査定クエストの準備が整ったわね」
「本当に大丈夫なんですか? 小隊の査定クエストって、毎回殉職者が出てるんですよね…?」
エレンが心配そうに言う
「情勢的に猶予が無さそうだからね…。多少無理でもやるしかないわ」
ゼヌ小隊長が神妙な面持ちで呟いた