167話 防衛軍兵士と警察官
用語説明w
バックアップ組織:各地のテロ組織に、資金、技術、人材を提供し、その活動をバックアップする謎の組織
シリントゥ整備長:整備班の整備長。ドワーフのおっさん
スサノヲ:見た目は赤ずきんをかぶった女の子。正体は、怪力の腕利き鍛冶職人でジャンク屋
デモトス先生:ゼヌ小隊長が紹介した元暗殺者で、ラーズの戦闘術の指導者。哲学と兵法を好む
オズマ:警察庁公安部特捜第四課の捜査官。ゼヌ小隊長と密約を交わし、1991小隊と「バックアップ組織」の情報を共有している
納品が終わるとスサノヲが帰っていった
帰る前にはシリントゥ整備長と装備品についの話で盛り上がっていた
しっかり、営業トークも出来るんだな
戦闘班の隊員はクエストの消化で出払っており、残っていたのは俺とカヤノだけだ
「楽しみにしてたの。いい出来ね!」
カヤノは、薙刀のような変わった杖を受け取り嬉しそうだった
うん、分かる
新装備ってウキウキするよな
カヤノは、これからは魔法を強化していく方向なのかな?
「ラーズ、お前も新しい武器をあの娘に発注したのか?」
シリントゥ整備長がMEBハンガーから出てきた
「はい。ただ、スサノヲに設計を頼んだんですけど予算が一億ゴルド越えの可能性が出てきて頓挫がしちゃいそうなんですよ」
「い、一億だぁっ!?」
俺は、スサノヲの新武器の概要と、芯材と必要性をシリントゥ整備長に話した
「へー、面白い武器だな。だけど、お前、一億は無理だろ?」
「ですよねー…。ただ、威力を落としてまで作っても…とも思いますし」
「問題は芯材の値段だろ? お前、オルハリコン持ってなかったか?」
「は?」
シリントゥ整備長に言われるまで、完全に忘れていた
俺は倉庫に眠らせているあれを思い出した
・・・・・・
待ち合わせ場所には、デモトス先生とオズマがもう来ていた
「揃ったね。では、説明しよう」
デモトス先生が俺達に言う
ここは、街中の小さい公園だ
花壇の縁とベンチに俺達はそれぞれ座る
こんな町中で、深夜に何をするんだろうか?
「オズマが持ち帰ったダミーコンピューターで、警察内部のスパイを特定できたことは言ったとおりだ」
…いや、知りませんけど
風の道化師のアジトを襲撃した際、GPSと追跡用魔玉を仕込んだデスクトップコンピューターをオズマがわざと持ち帰った
案の定、警察施設からそのコンピューターを持ち出した者がいたらしい
警察官、イジュンだ
経歴的には特に不審点は無く、警察官になったあとにバックアップ組織との関わりを持ったと思われる
このイジュンは、今後も動きを把握しながら泳がせるらしい
今回は、このコンピューターを持ち出した先だ
持ち出した先は、少し名の知れた何でも屋だ
何でも屋とはどんな仕事でも請け負う者で、特に違法行為をメインに請け負っている
何でも屋の名前は、アントニオ
喧嘩自慢の荒くれだ
「この者を、ストリートファイトで倒し、情報を取って欲しいのだ」
「ストリートファイト?」
オズマが聞き返す
確かに、何で喧嘩をしなきゃいけないんだ?
「アントニオは何でも屋だ。顧客の情報を漏らせば信用を失い仕事が出来なくなる」
デモトス先生が、タブレットにアントニオの顔を表示させる
「だが、アントニオは喧嘩にかなりの自信とプライドを持っているようだ。そこを刺激する。喧嘩で奴を打ち倒し、認めさせ、情報を引き出して欲しいのだ」
「…」
オズマが黙ってしまう
どうだ、俺の気持ちが分かったか?
正当性を説明されて、とんでもない仕事をさせられるんだぞ
「今回の作戦の目的は二つだ。アントニオからの情報入手、そして君たちの相互理解だ。二人で協力して臨みたまえ」
こうして、俺とオズマは夜の町に繰り出すのだった
俺達は、指定された路地裏で待っている
間もなく、ここにアントニオが来るらしい
デモトス先生が誘導するそうだ
「俺は警察官だぞ…、こんな…喧嘩なんて…」
オズマがぶつぶつ言っている
「私も同じ公務員なの知っていますか?」
俺が声をかけるが、オズマには聞こえていないようだ
俺はため息をつく
毎回こうなんだよな
何が情報の抽出作業だよ、結局裏仕事メインじゃねーか!
…奥から人が歩いてくる気配がした
体が大きく、ガッチリ体型の男が現れた
こいつが何でも屋のアントニオか
「お前らか? 俺に挑みたいという奴らは」
「え? あ、いや、そうだ。アントニオだな」
オズマが、焦りながらも何とか答える
「どっちも一対一が好きとは気に入ったぜ。俺に勝ったら何でも答えてやるぜ」
バキバキと拳を鳴らしながらアントニオが笑う
デモトス先生、いったいどう話をつけたんですか?
「…俺が先にやる。お前は少しでも戦い方を観察しておけ」
オズマが勇ましく前に出た
大丈夫か?
雰囲気で分かるが、こいつは強いぞ
アントニオとオズマが構える
オズマは、警察官が身につける逮捕術があるはずだ
どれ程のものか楽し…
ドガァッ! バキッ!
「ぐふっ、がっ…!」
オズマはすぐに殴られ、倒れたところをボコボコにされる
まぁ、体格差あるからしょうがないよな…
だけど、アントニオの戦い方を見れたのは大きい
とりあえず、パンチが好きってことは分かった
「次は俺でいいか?」
「ああ。お前はもう少し楽しませてくれよ?」
息も切らさずにアントニオがこっちを向く
スタミナもありそうだな
俺とアントニオが構える
アントニオが、踏み出しながら右ストレートを繰り出す
俺は左足を踏み出しながら躱し、アントニオを左に回る
バシッ バシッ
ジャブを丁寧に当てる
ゴッ!
アントニオの右側面を取れたので、右ストレートを打ち込み、ローキックに繋げる
「ぐっ…、やるじゃねぇか!」
言いながら、アントニオが体当たりをするように強引にパンチを繰り出す
バシッ!
距離を潰され、頭に被弾
距離が近いのでダメージは少ない
だが、アントニオの次の動きが速かった
ゴンッ!
「ぐぁっ!」
パンチの直後に服を捕まれ、同時に頭突きを入れられた
視界が歪む、まともに喰らってしまった
俺はすぐにアントニオの髪を両腕で掴み、思いっきり下に引っ張る
「ぐあっ!?」
髪を掴みながら、上下に揺さぶりつつ崩していく
だが、アントニオも喧嘩慣れしているので、崩れずに耐える
崩れて倒れれば蹴りを入れてやるのに、仕方がない
俺は、パッと手を離して、思いっきり前蹴りをぶちかます
ドスッ!
「がはっ…!」
予想していなかったのか、アントニオが尻餅をついて腹を押さえた
追撃して、顎をサッカーボールキックすれば終わる気がする
だが、目的は情報しゃべらせることだからな…
満足するまで、もう少し付き合うか
立ち上がったアントニオは、また構えた
体格は向こうの方が上だ、油断は出来ない
俺の額からは血が滴ってきた
さっきの頭突きで少し皮膚が切れたようだ
俺は、間合いを詰めてジャブを放つ
前蹴り、ミドルキック、ローキックを当てていく
バシッ ドスッ ゴッ…!
先程オズマがされたように、今度は俺がアントニオをボコボコにしていく
腹への一撃が効いたのか、動きが鈍い
アントニオが、俺の攻撃終わりにパンチを放つ
俺は腕でガードする
ガンッ!
「つっ…!」
こ、拳が固い!
急にパンチの質が変わったぞ!?
いや、よく見るとアントニオが右手で石を握り込んでいる
こいつ汚ねぇ!
俺は、蹴りをフェイントに、ジャブを撃つ
そしてストレート…
ドガッ!
「ぐっ…」 「がっ!」
お互いのストレートが顔を捉える
アントニオの動きが止まり、俺の方が早く追撃に入る
ゴッ
「ぐっはっ!」
縦肘をぶつけて仰け反らせ、思いっきり左ボディを叩き込む
アントニオは、体をくの字に曲げながらも、俺の体を掴んできた
よし、仕上げだ
俺はアントニオの後頭部を下に抑え、右腕をアントニオの首の左側から右脇まで差し込む
そして、両腕でクラッチし…
「うっ…!?」
そのまま地面に引きずり倒し、俺も腹這いになる
そして、左に回転しながら俺の足をアントニオの足に絡めることで、アントニオの首が前に折れ曲がるように締め上げられる
スピニングチョークだ
「…っ! …!」
アントニオはもがくが、ここまでガッチリ入れば外れない
手を叩いてタップしてくるが、それも無視する
「…」
とうとう、アントニオが落ちた
「ラーズ、オズマ、ご苦労だったね。よくやった」
その後は、デモトス先生がアントニオを担ぎ、ジードが運転する車に乗せて去っていった
それって拉致っていう犯罪行為だよね?
俺たちも片棒担いじゃってるよね?
「お疲れ様…」
俺とオズマは、エマが運転してきた車に乗り込み隊舎に帰る
車の中で、エマが俺とオズマに回復魔法をかけてくれた
「ラーズ、お前強いんだな。喧嘩自慢を喧嘩で倒してしまうなんて」
「あいつはストライカーだったので、絞め技は対処出来ないと思って狙ったんですよ。うまく決まってよかったです」
「ラーズ…、今までお前のやって来た悪い仕事を舐めていたよ。こんな過酷なことをやらされていたとは思わなかった」
その悪い仕事のせいで、どうやらオズマは鼻骨が折れていたらしい
回復魔法があって良かった
「分かって貰えればいいですよ。本当にキツいんですから…」
警察の捜査も大変だということが分かった
そして、裏仕事も大変だということを分かってもらえた
もう充分に相互理解は出来た
「バックアップ組織の解明のために…、これからも頑張りましょう」
「ああ、よろしく頼む」
お互いの大変さを理解して、二度と愚痴を言うにはやめよう
俺達は無言で握手を交わすのだった
・・・・・・
帰り際、倉庫に寄る
「お、あったあった」
倉庫のロッカーに放置していた一本の支柱
オルハリコンに酷似した輝きを持つ金属だ
相変わらず神秘的な輝きを放っている
「…もしもし、スサノヲか? 深夜に悪いな。…ああ、明日見て欲しいものがあるんだ」
これがもし使えれば、いろいろと問題が解決する気がするぞ?