163話 ナノマシン集積統合システム2.1の失敗
用語説明w
ナノマシン集積統合システム:人体内でナノマシン群を運用・活用するシステム。身体能力の強化も可能となった固有特性
サードハンド:手を離した武器を、一つだけ落とさずに俺の体の側に保持するラーズのテレキネシス
ゼヌ小隊長:1991小隊の小隊長
リロ:MEBパイロットの魚人隊員。十歳程度の容姿をしている
エマ:医療担当隊員。回復魔法を使える(固有特性)
シリントゥ整備長:整備班の整備長。ドワーフのおっさん
サイモン分隊長が朝からどんぶり飯をかき込んでいる
「朝からよく食べますね」
「あ? 夜勤明けだから腹減っちまうんだよ」
新しい食堂で、パートのおばちゃんが出してくれた食事を食べている
綺麗な食堂というのは気持ちいいもんだ
「カヤノから聞いたけど、ナノマシンシステム2.1を決めたんだってな?」
「まだ試せてもいないんですけど、アサルトライフルをナノマシン群で再現してみようと思っていまして」
「名前は決めたのか?」
サイモン分隊長が突然変なことを聞いてくる
「名前?」
「そのナノマシンシステム2.1の名前だよ。お前のサイキックにサードハンドって名付けたみたいに付けるんだろ?」
「あー…、いや、まだ何も考えてないですよ。そもそも出来るかどうかも分かりませんし」
サイモン分隊長がニヤッと笑う
「それなら、やっぱりこれしかないだろ。ロッ○バスター…」
「いや、ダメでしょ! そもそも実弾兵器だから! 全然違うものだから!!」
大笑いするサイモン分隊長の危険な会話を焦って止める
さぁ、早いところナノマシンシステム2.1の発現の練習をしなくては…
・・・・・・
「うおっ!?」
俺は自分の左腕を見た
明らかに一回り大きくなっている
う、動かせた…?
今日は、ナノマシンシステム2.1の練習をしようと、地下の倉庫に来たのだ
何をすればいいのか分からないので、木箱の上に左腕を置いて意識を集中してみたら、突然変化があったのだ
どういうことだ?
今まで、形を変えるなんてことは出来なかったのに、急に出来るようになっている
いや、そもそもやろうとしたことがなかった
デモトス先生の訓練でナノマシンシステム2.0が発現し、その後も何度も負傷し、訓練も続けていた
いつの間にか体を変形させられるくらいに、ナノマシン群の含有量が増えたのかもしれない
だいたい、「体を変形させてみよう」なんて普通考えないもんな…
だが、俺の左腕はまだ太くなっただけだ
これを銃弾が撃てるように変形させていかなければならない
イメージだ、イメージを持って、そこに近づけていくんだ!
昨日、シリントゥ整備長からアサルトライフルの機構を教えてもらった
アサルトライフルの機構はガス圧作動方式という
・チャンバーに装填された銃弾の火薬を撃針が叩く
・銃弾の火薬が発火して燃焼ガスが発生する
・そのガスの圧力が銃弾を押し出して発射される
・そのガス圧を利用して薬莢を排出し、マガジン内のバネの力を併用して次弾をチャンバーに装填する
この流れを引き金を引いている間繰り返し続ける
これにより、連続で銃弾が発射されているのだ
これをナノマシン群を使って俺の左腕に再現させればいい
…結構、複雑じゃね?
こんなのイメージ出来るか!
とりあえず、一発の銃弾を撃てるようにしてみるか
左腕の構造が、俺のイメージと連動してうねうねと動く
この感覚が新鮮で面白く、気がつくと数時間がたっていた
「あ、ラーズ。何かやるの?」
中庭に行くと、リロがハンガーの柱にくくりつけた帯で投げ技の打ち込みをしていた
袖釣り込腰だろうか、相変わらず綺麗な技だな
「うん、ナノマシンシステム2.1の試し撃ちをしてみようと思ってさ」
長距離射撃はハンガーの裏の射撃場で行うのだが、新隊舎の作成時に、中庭の端に新たに近距離射撃用の簡易射撃場を作ってくれたのだ
二人並んで射撃が出来る程度の幅と、十メートル程の距離があり、土砂を積んでコンクリートで補強した簡易な射撃場だ
「へー! その左腕で撃てるの?」
リロは俺の変形した左腕を見る
「それを試すんだよ。一応、擊鉄を振り下ろす動きと弾丸を固定するチャンバー、銃口っぽい物は再現できたんだ」
俺の左腕は通常の三倍程の大きさに肥大している
前腕部分の内部に擊鉄等の銃の構造を作り、銃口を手首上側から伸ばしている
手首の動きは自由になっており、手首を下に曲げれば射撃の邪魔にならないようにしている
意外と早く銃の形が出来上がったな
こんなにイメージ通りにナノマシン群が動いてくれるなら、ナノマシンシステム2.1の実現は早いかもしれないな
「見たい! 早く見せてよ」
「暴発するかもしれないから、離れててよ」
リロを観客に、俺は左腕を上げて銃口を的に向ける
陸戦銃なら右肩にストックを当てて狙いを安定させたり衝撃を受け止めたりするのだが、前腕部分からの射撃だとそれができないことに気がついた
これも課題だな…
俺は衝撃を受け止めるためナノマシンシステム2.0発動し、強化した筋力で左前腕を押さえる
「よし、撃つよ!」
俺は狙いを定めて…、って照準器を付けてなかった!
まあ、試射だからいいか
俺は前腕内の擊鉄を動かした…
ドッゴォォォォォン………!
「…がっ!?」
擊鉄が動いた瞬間に俺の左前腕が砕け飛んだ
…暴発したらしい
「ラーズっ!」
リロが駆け寄って来てくれたのが分かったが、俺は左腕と左肩、顔面を襲った熱さと痛みで呻くことしかできなかった
・・・・・・
リロが慌てて人を呼んでくれ、ハンガー内にいたクルスとホン、エレンが医療室まで運んでくれたらしい
エマが回復魔法を使ってくれたのだが、左目の眼球が破裂していることが判明、再生のために回復溶液に浸かった
久しぶりに医療カプセルに入った気がする
「…左前腕部の粉砕骨折、左眼球破裂、左上腕の熱傷、左の肩に破片が突き刺さったことによる刺創…、かなりの大怪我…」
「…うん、ごめん。治療ありがとう」
回復溶液と回復魔法、ナノマシン群のお陰で、四時間ほどで体は回復した
その後、会議室で事情聴取となった
「命があって良かったわ。いったい何が起こったの?」
ゼヌ小隊長が聞いてくる
「えっと…」
俺はナノマシンシステム2.1で銃を再現できたので、一発だけ弾丸を込めて試し撃ちをしたことを説明する
「うーん、そりゃ恐らくこんな感じだろうな」
シリントゥ整備長が、俺の負傷や左腕の砕け方から推測をしてくれた
俺は左腕の中に、チャンバー、擊鉄、銃口をナノマシン群で再現した
そして、擊鉄を動かしてチャンバー内に装填した銃弾の雷管を叩き、弾丸が発射される…予定だった
しかし、ナノマシン群で作ったチャンバーが柔らかく、発射の衝撃で少し弾丸がずれて発射されてしまった
発射された弾丸は銃口に沿わず、銃口を削りながら進むこととなり、圧力が高まって暴発する
その暴発の勢いで、ナノマシン群で構成された高質化した銃の組織が吹き飛び、熱を持って俺の左目や肩、上腕に突き刺さったらしい
近距離で散弾をぶちこまれたようなもんだ
弾丸は左斜め上に突き破って飛び出した跡があり、これがもっと右にずれていたら危なく隊舎を狙撃する所だった
…いろいろとゾッとする
この程度ですんでよかったのかもしれない
もう少し何かがずれていたら、誰かを殺していたかもしれないし、俺も死んでいたかもしれない
2.1のアサルトライフル構想は止めた方がいいな
「すみませんでした…!」
俺は頭を下げる
隊内で危険を撒き散らしてしまった
「仕方ないわ。次の試し撃ちは、何か対策を考えましょう」
さらっとゼヌ小隊長に言われる
え? 怒ってないの?
「鉄板を立てて、腕をはめ込んで撃てば大丈夫だろ? ラーズ用の射撃台作っといてやるよ」
シリントゥ整備長がまさかの提案
「…いいんですか?」
「失敗は誰にでもあるわ。問題は予見性と対策よ? さすがに腕に銃を作った前例を知らないから、今回の暴発は予見できなかったわ。次は安全対策をしっかりやりましょう」
「ラーズのアイデアには期待してるからよ! 協力するぜ」
「…ありがとうございます」
ヤバい、大失敗した直後に優しい言葉をかけられると泣きそうになってしまう
「あの…、2.1なんだけど…」
エマがおずおずと手を上げる
「え?」
「ナノマシン群でチャンバーや銃口を作るのは、硬度的に無理があると思うの…。硬度が必要な部分は…、実際の銃の部品を取り込んで使った方が…」
エマがおずおずとアイデアを話してくれる
「なるほどな。今回の暴発原因はチャンバー部分の硬度不足で弾丸がぶれたことだ。実際の銃の部品を使ってそれをナノマシン群で押さえ付けられりゃ、硬度不足は解決だな」
シリントゥ整備長も同意する
ナノマシン群では硬度を上げるのに限界がある
そもそもナノマシン群で全てを再現する必要がない
実際の銃の部品を取り込めば、ナノマシン群の節約にもなるし、安定性も上がる
でも…
「私はこの実験を続けていいんですかね…? こんな危険な大失敗したのに」
「危険な失敗には変わりないが、軍の実験だしリスクはしょうがないさ。うちの小隊にとって、お前の実力向上は必要なことだ。お互いに安全対策を考えながらやっていこう」
シリントゥ整備長が俺の肩を叩く
「…はい」
な、泣いてしまう…
嬉しい言葉をもらい、俺のナノマシンシステム2.1の実験は続けられることになった