161話 安定感の兵士のアドバイス
用語説明w
ナノマシン集積統合システム:人体内でナノマシン群を運用・活用するシステム。身体能力の強化も可能となった固有特性
魔石装填型小型杖:使いきり魔石の魔法を発動できる
ホバーブーツ:圧縮空気を放出して高速移動ができるブーツ
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。戦闘用端末である外部稼働ユニットのデータ2と並行稼働している
リィ:東洋型ドラゴンの式神で、勾玉型ネックレスに封印されている
竜牙兵:黒竜の牙に魔属性と竜の魔力を封入し、幽界から骸骨戦士を構成する爪と牙を武器とするアンデッド
まもなく目標地点、この細い谷底の突き当たりだ
だが、だんだんと土蜘蛛との距離が縮まって来ている
「ちっ…、竜牙兵、頼む!」
俺は竜牙兵を呼び出し、飛び出してきた三匹の土蜘蛛に突っ込ませる
その隙にリロード、巻物交換だ
ビチャビチャッ ビチャッ ビチャッ!
「うおっ!?」
だが、正面から突っ込んだ竜牙兵が一瞬で糸まみれになり、動けなくされた
あれ、平地で戦って、囲まれてたら俺もああなってたんじゃない?
土蜘蛛の糸を集中攻撃はヤバい、一瞬で拘束されるぞ!
俺が陸戦銃で応戦しようとすると、ブロッケンが崖から降りてきた
ガガガガガガッ!
ボボボボボゥッ
アームでアサルトライフルを撃ちながら、自分の手で持つ杖で火属性範囲攻撃(中)を撃つ
三匹の土蜘蛛を燃やしながら、集まってきた他の土蜘蛛にアサルトライフルを撃ち、俺の所まで下がって来た
範囲魔法(中)っていいよな、(小)と範囲が全然違うもんな
しかも、アサルトライフル撃ちながら魔法の詠唱ができていて隙がない
作戦も完璧な安定性、戦闘スタイルも隙のない安定性、これが安定性の兵士か…!
「ラーズ、俺は目標地点に行っているぞ! 後は頼む」
「了解です!」
目標地点まで後少しだ
「キシャァァァァ!」
一匹の土蜘蛛が集団から飛び出し、崖の壁を蹴って俺を襲う
ガガガガガガッ!
アサルトライフルでカウンター、後ろに飛び退いて土蜘蛛を躱す
しかし、土蜘蛛は着地して、間髪入れずにもう一度俺に飛びかかる
うん、知ってたよ
何匹もモンスターを狩っていると、負傷しながらも玉砕覚悟で突っ込んでくるやつがいる
そういう場合、貫通力のある銃は不向きだ
ドスッ
俺は陸戦銃を手放し、ナノマシンシステム2.0を発動、ハルバートを土蜘蛛に突き刺してつっかえ棒にする
押されても、ハルバートがつっかえ棒になって距離を詰められることはない
土蜘蛛の動きが止まった瞬間にハルバートを手放し、サードハンドで保持していた陸戦銃を構える
ドガガガガガガッ
アサルトライフルを土蜘蛛の脳天にぶち込む
手負いのモンスターの捨て身の攻撃用に長物を併用していたんだ
「データ、イズミFを出してくれ」
俺は最後のハンドグレネードを群れに投げ込み、後退する
もうすぐ目標地点だ
ブロッケンが重機関銃を設置していて、数を削った土蜘蛛の群れをここで全滅させる
俺は倉デバイスからロードされたイズミFを構える
弾丸は貫通力特化の徹甲弾だ
ガウンッ!
一発の銃弾が土蜘蛛の群れを貫く
徹甲弾の水平射撃だ
これだけ密集していれば一発で何匹かが被弾する
「キシャ!」
土蜘蛛が吠え、数匹が一斉に糸を噴出する
ビチャッ!
俺は後退しながら避けるが、何発か被弾してしまった
土蜘蛛が糸を引っ張り、俺の動きを阻害する
だが、目標地点まであと十メートル
あと一回エアジェットで飛べば俺達の勝ちだ
俺はモ魔で火属性範囲魔法を読み込む
だが、土蜘蛛が再度尻から糸を噴出する体勢に入った
「リィ! 頼む!」
俺は叫ぶ
このためにリィに待機させていた
リィにも囮になってもらうのだ
「ヒャンッ!」
リィが空中を飛び、土蜘蛛を刺激する
目の前のリィに気を取られた土蜘蛛が、目標を俺からリィに変更する
ビチャッ! ビチャビチャッ!
リィがあっという間に糸まみれになる
リィは空中を浮遊するため、糸まみれになっても落下はしない
だが、糸で引っ張られれば引き寄せられてしまう
まさに、土蜘蛛がリィの捕食を実行しようとしたとき…
するっ…
リィから糸がすり抜けて落ちる
リィが霊体化したのだ
こうして、土蜘蛛の糸をリィが引き受けてくれた間にモ魔の読み込みが完了
火属性範囲魔法(小)で糸を溶かし、無事にゴールに到着だ
「キシャァァァァ!」
削りきれなかった土蜘蛛十数匹が襲ってくる
だが、密集せざるを得ない崖に囲まれた谷
突き当たりには重機関銃と俺
崖の上からは外部稼働ユニット二体がアサルトライフルで狙う
ドガガガガガガガガガガガガガ…
バババババババババ…
ダダダダ…
包囲してからの集中射撃で、あっという間に生き残っていた土蜘蛛の掃討は終わった
・・・・・・
土蜘蛛は、腹に糸の原料液を溜めた袋を持っている
この原料液は空気に触れると硬化して粘着質の物質へと変質する
用途が多いため需要があるのだが、採取には専門の器具を必要とするため採取業者を呼ぶことになった
業者が来るまで休憩だ
「いやー、完璧な作戦でしたね。密集させて一網打尽、気持ちよかったです」
「緊急性もあり、この谷になった地形も近かったから、多少無理はあったが二人で今回の作戦を決行したんだ」
安定性の兵士
それは、的確な戦略を立てて有利な状況を作れるからこその安定性なのだろう
火力だけが武器じゃない、自分の火力を生かせる戦略が大切なんだ
俺が感心していると、ブロッケンが俺を見た
「ラーズのホバーブーツはいい動きだった。土蜘蛛とはスピードが違いすぎて、引き離し過ぎないかハラハラしたくらいだ」
「いえ、それほどでも…」
デモトス先生が認めるほどの兵士に誉められてちょっと嬉しい
「あの近接武器と銃の持ち替えはどうやってたんだ? 武器を落とさずに持ち替えたやり方が分からなかったのだが…」
「ああ、あれは私のサイキックですよ」
俺はサイキックのサードハンドを説明した
「…なるほど。お前はサイキックで俺のアームと同じようなことをしているわけか」
ブロッケンは、背中の四本のアームを見せた
「私のサードハンドは武器を保持できるだけで、銃を撃つことはできませんけどね」
「…勿体ないな」
「え?」
ブロッケンは言った
「俺は魔法と銃を使う。そのためには、銃と杖を持ち変えなければいけなかった。だが、持ち替えには隙が生じてしまう。その解決策がこれだったんだ」
「そのアームですか?」
ブロッケンが頷いて背中のアームを動かす
「俺の解決策は銃を構え続けることだ。いつでも銃を撃てる状態で魔法やグレネードを使えれば隙を激減できる。戦闘での安定性を上げることができたんだ」
「なるほど…」
「魔法や爆発物に火力を求める者が多いが、俺は一番使える場面が多い武器は銃だと思っている。特にアサルトライフルは、射程と速射力が高くどんな場面でも使える」
これは納得だ、銃は間違いなく強い
敵の数が多い場合は掃討、大きなモンスターにも膝関節などを狙えば充分強い
いつでも撃てる状況のまま、他の作業が出来れば確かに安定感がある
ホバーブーツとも相性がいいし、サードハンドの効率も上がる、採用すべき意見だ
「でも、アサルトライフルをいつでも撃てる状況って、かなり限られてますよね?」
アサルトライフルは大きいし重いしかさばる
射撃の反動もあり、両手で扱うことが前提武器だ
いつでも撃てる状態にして他の武器と併用するためには、ブロッケンの機械式のアームのように腕を増やすか、パワードアーマーの前腕に取り付け、片手で扱うなどの方法になる
だが、どちらもホバーブーツの機動力を阻害してしまうという問題点がある
「ホバーブーツと両立は難しいか…」
ブロッケンが考え込む
「うーん…、ホバーブーツが使えないと私のアイデンティティが無くなってしまいますからね」
「杖や他の武器を使いながら銃を撃てる。この安定性は、俺と同じような戦い方をしているラーズにはお勧めなんだがな」
うん、それは凄く分かる
今の俺は、銃と他の武器を持ち替えて戦っている
だが、ブロッケンと同じように、銃を構えながら近接武器やロケットランチャー、杖を使えたらどれだけ安定するだろうか?
銃を体に設置する…、この発想はなかったな
しかも、ブロッケンは魔石装填型の小型杖まで設置しているのだ
だが、体に銃を設置するとしても、俺の場合はホバーブーツの機動力との両立が難しい
パワードアーマーやアームでは、どちらもホバーブーツの機動力を削ぐ
斥候としての能力を削ってしまうなら意味がない
「魔法が使えないならサイバネ手術で銃を体に埋め込むなんて方法もあるけどな」
「いや、さすがにそれは…」
確かに魔法を使わないならデメリットは少ない
だが、鍛えてきた自分の体に愛着もある
肉体を失えば霊体も失われ、霊力が減り魔力も減ってしまう
今は魔法が使えなくても、チャクラ封印練が終われば、少なくとも高校時代の魔力は戻ってくるはずなんだ
でも、いいかもしれない
俺には、サイバネ手術の他に銃を体に埋め込む方法がある
上手くいけば、機動力を失わずに銃を体に取り付けられるかもしれない
大きなヒントになった
…やってみるかな