160話 安定感の兵士
用語説明w
シグノイア純正陸戦銃:アサルトライフルと砲の二連装銃
巻物:使い切りの呪文紙で魔法が一つ封印されている
モ魔:モバイル型呪文発動装置。巻物の魔法を発動できる
倉デバイス:仮想空間魔術を封入し、体積を無視して一定質量を収納できる
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。戦闘用端末である外部稼働ユニットのデータ2と並行稼働している
リィ:東洋型ドラゴンの式神で、勾玉型ネックレスに封印されている
今年度のうちの小隊の最後の特別クエストに参加する
「今年度の特別クエストは今回で終わりよ。ラーズ、よろしくね」
「はい、分かりました」
ゼヌ小隊長に挨拶して特別クエストに出発する
車の所にデモトス先生が見送りに来てくれた
「ラーズ、いつも通り慎重にな。今回の相方は、全ての兵士が求める安定性を追求した兵士だ、いろいろと参考になるはずだから勉強してきなさい」
「そんなに凄い人なんですね。分かりました」
デモトス先生が認める兵士、楽しみだ
俺は車で現場に出発した
何度となく参加した特別クエストもついに終わりだ
報酬が良く、凄い隊員と組めて勉強にはなったが、クエストの頻度が高すぎて体が持たない
少し休みたいのが本音だ
黒竜の件もあり、なかなか忙しかったからな…
待ち合わせ場所には、ボディを覆うタイプのアーマーを身に付けたノーマンの男性隊員が待っていた
「お待たせしました。ラーズです」
「ブロッケンだ。よろしくな、道化竜」
俺達は握手をする
ブロッケンの通り名は蜘蛛というらしい
どういう意味なんだろう?
特別クエスト
土蜘蛛の討伐
『
土蜘蛛 Dランク
人間ほどの大きさを持つ大型の蜘蛛
蜘蛛の糸を射出して獲物を補食するが、巣は作らない
群れで行動する場合はかなり危険
』
『
クエスト情報
森林地区で土蜘蛛の群生を確認した
通常、子蜘蛛が成長すると親元を離れて単独行動になるのだが、子蜘蛛が離散せず群生状態となっていると見られる
この状態は周囲の生態系を刺激するため非常に危険、早急に駆除して数を減らし子蜘蛛の離散を促してほしい
』
蜘蛛vs土蜘蛛てこと…?
ブロッケンは、一見すると普通の兵士に見える
武器も陸戦銃と杖、そしてモ魔や魔石装填型の小型杖など、一般兵と同じような装備を使うようだ
杖を持っていることからブロッケンは自分で魔法を使えるのだろうが、固有装備と思われるボディを覆うアーマー以外に目立った特徴はない
デモトス先生が言うほどの兵士なのだから、何か隠し球でもあるのだろうか?
俺は、データ2とリィをブロッケンに紹介する
「式神と外部稼働ユニットです。他に、アンデッドを一体使役できます」
「凄いな、三体も使役対象がいるのか」
そう言って、ブロッケンも自分の外部稼働ユニットを紹介してくれた
ブロッケンの外部稼働ユニットは、アサルトライフルと魔石装填型の杖を取り付けた遠距離攻撃に特化した犬のような四本足のタイプだ
今回の討伐対象の土蜘蛛は多数
ブロッケンが提案した作戦はこうだ
細い谷状になっている地形を戦場に選ぶ
どちらかが囮になり谷底で戦闘、もう1人が谷の上から蜘蛛を減らしていく
細長い谷を後退して行くことで、蜘蛛に囲まれるのを防ぎつつ数を減らしていく
谷の上の担当は、谷を上がってきた蜘蛛を優先して狙うことで谷底の担当の後ろに回られることを防ぐ
外部稼働ユニットは、谷底の蜘蛛の群れにひたすら精神属性の魔法弾をうつ
直接攻撃をしないことで蜘蛛のターゲットになることを防ぎ、蜘蛛の群れを足止めさせる
この谷は行き止まりになっており、この行き止まり地点をゴールとしてここで生き残った土蜘蛛を全滅させる
「分かりました、どっちが谷底に行きますか?」
「最初はラーズに頼んでいいか? 俺は範囲魔法も使えるから上からの援護が出来る。危なくなったらホバーブーツで上がってきてくれ、交代して俺が谷底に降りる」
「分かりました」
俺は頷いた
・・・・・・
細い谷の入口に立っている
ここからなだらかに下っていき、逆に左右の地面が崖のように高くなっていく
昔は川が流れていたであろう地形だ
今回はモ魔に火属性範囲魔法の巻物をセットしている
土蜘蛛は強力な粘着質の糸を噴射するが、主成分はタンパク質だ
糸に被弾した場合に、火属性の熱で変質させて切るのに使う
視線の先に、土蜘蛛の群れが見えてきた
数は三十匹以上か
迫ってくる大蜘蛛は恐怖を煽るな…
その群れを誘導しているのはブロッケンだ
そのブロッケンの姿を見て、通り名である蜘蛛の意味が分かった
ブロッケンは、ボディを覆うアーマーに接続した四本の金属アームを使っているのだ
アーマーの背中から飛び出る四本のアームは、それぞれ半自動で制御しているようだ
下のアーム二本は足として使っており、肉体の足を補助しながら大きな歩幅で高速移動を可能にしている
上の二本は肩の上に伸びており、銃と魔石装填型の杖が取り付けられている
自身の両手をフリーにした状態で、アサルトライフルと魔石の魔法弾を撃つことが出来る装備だ
あれ、いいな…
「…ラーズ、準備はいいか!?」
「オッケーです!」
ブロッケンは何とか俺の場所までやって来て、俺を通りすぎて崖を上がっていく
ここからは、俺が土蜘蛛の群れを誘導する
谷底までご案内だ
データが飛ばしているドローンで俯瞰視界は確保している
崖の上にはデータ2とリィ、ブロッケンの外部稼働ユニットが待機中だ
「データ、倉デバイスからハンドグレネードとロケットランチャー、モ魔を使ったらバッテリーと巻物を出してくれ」
「ご主人、了解だよ!」
いつも通りに倉デバイス制御をデータに任せ、俺は背中にハルバートを持ち、陸戦銃を構えて準備完了だだ
俺のホバーブーツはブロッケンよりも機動力が高い
後退というやりにくさはあるが、ブロッケンが追い付かれなかったということは土蜘蛛よりも機動力は上ということだ
ガガガガガガガッ…
アサルトライフルの連射
先頭の土蜘蛛の頭を狙う
ビシュッ! ビシュッ…! ビシュッ!
土蜘蛛が蜘蛛の糸を噴射しながら、俺をターゲットと見なして襲ってくる
よし、狙う通り
後は谷底を抜けるだけだ!
ガガガガガガッ
アサルトライフルを撃ちながら後退
ドローンの俯瞰映像とデータのアバターによる後ろの視界映像を仮想モニターで確認しながら、目の前の蜘蛛を掃討していく
ビシュビシュッ!
「くっ!」
蜘蛛の糸がすでに噴射されており、右に飛んだら糸に突っ込んでしまった
モ魔で火属性範囲魔法を読み込む
もう周囲は崖に囲まれた谷底となっており、崖の上から魔法弾を撃っている外部稼働ユニットが見える
直接攻撃ではないので、土蜘蛛は特に気にしていないようだ
撃っているのは精神属性混乱の魔法弾のようで、変な動きをする土蜘蛛が群れの中で足並みを乱していた
ガガガガガガッ
近づいて来た土蜘蛛の頭にアサルトライフルの弾丸を集中させる
ちょっと土蜘蛛の密度が高くなってきている
噴射される蜘蛛の糸の数が多すぎるな
動きの止まった俺を見て土蜘蛛が集まってくる
蜘蛛の密度がどんどん上がってくる
…うん、嫌悪感をそそられるな
モ魔の読み込みが終了、火属性範囲魔法(小)を目の前に発動させる
ボボボボボゥッ!
目の前に火柱が立ち上がり、蜘蛛の糸を瞬時に溶かす
ついでに体についた糸も溶かし、仕切り直し完了だ
ボシュッ!
ホバーブーツのエアジェットで後ろに飛ぶ
土蜘蛛が集まりすぎた、少し間引きしてやる
俺はロケットランチャーを倉デバイスから引き出して構える
群れのど真ん中に一発
ボシューーーーーー… ゴッガァァァァァァン!
土蜘蛛の群れの中心が吹き飛び、十匹弱の土蜘蛛が爆砕した
うん、気持ちいい!
モ魔のバッテリーと巻物を交換し、アサルトライフルをリロード
データが、なにも言わなくても次の巻物やロケットランチャー、アサルトライフルのマガジンを倉デバイスからロードしてくれる
ガガガガガガッ!
アサルトライフルを撃ちながら、ハンドグレネードを群れの前あたりに投げ込む
ちょうど噴射された糸に貼り付いて爆発
ドッガァァァン
手前の数匹の土蜘蛛が吹き飛び、群れの足止め出来る
もう一度ロケットランチャーを引き出す
ボシューーーーーー… ズッガァァァァァン
再度、土蜘蛛の群れの中心が爆砕
谷底で戦うことにより土蜘蛛を密集させることができる
その結果、中心への爆発で複数匹を処理、さらに手前の個体への攻撃で足止めが出来る
更に後退しながら、アサルトライフルを連射
ハンドグレネード、ロケットランチャーを密集地点に撃ち込む
ドッゴォォォォン!
ボッゴォォォォォンッ!
土蜘蛛を密集させた場所が爆発し、土蜘蛛の肉片が飛び散る
更に崖上から混乱の魔法弾で集団を混乱させて足止め
ボォォォォォォッ!
ブロッケンも崖上の上がった土蜘蛛を狙撃しながら、集団の先頭に火属性範囲魔法(中)を使ってくれている
土蜘蛛を密集させてまとめて処理できていることで、土蜘蛛の数は半数以下の十五匹程になっている
しかも、その半数が足がちぎれたり混乱したりと、何らかのダメージを追っている
完璧な作戦だ
これ、平地で普通に戦っていたら囲まれて糸で動きを止められてやられてたんじゃないか?
少数で多数と闘うならば戦略が必要だ
そして今回のブロッケン作戦は完璧だった