148話 帰省3
用語説明w
フィーナ:二歳下でラーズの戸籍上の妹、龍神皇国のBランク騎士として就職している
セフィリア:龍神皇国騎士団に所属、B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性
ラーズがBランク騎士であるターレスを見下ろしている
闘氣無しとはいえ、ただの兵士であるラーズが騎士を下したということは驚くべきことだ
セフィリアが、驚いた顔でフィーナに言った
「まさかラーズが…。実戦的で洗練された動きだったわ…」
「ラーズが防衛軍で身につけた技術…、なんだろうね」
そう言うフィーナも驚きを隠せていない
正直、ラーズがターレスに胸を借りるだけだと思っていた
Bランクに勝つなんて思いもしなかったのだ
「今さらだけど、ラーズはどうして龍神皇国の騎士団に来てくれなかったのかしら。私といっしょに働きたいってずっと言ってくれていたのに、どうしてシグノイアの防衛軍なんかに…?」
セフィリアがフィーナに尋ねる
ラーズは、ボリュガ・バウド騎士学園を卒業したら龍神皇国に戻ってくると思っていた
だから、龍神皇国の騎士団に採用されるように動くつもりだったのだ
しかし、ラーズは突然進路を変更しシグノイアの大学を受験してしまった
しかも、チャクラ封印練まで行ってしまい、闘氣や魔法、特技が使えなくなりBランクの資格まで手放してしまったのだ
フィーナが答える
「ラーズが闘武大会で優勝した後に、セフィ姉が火山での岩竜討伐の見学に連れていってくれたでしょ? あの時、理解できてしまったって言ってたの…」
ラーズは才能が足りないと感じていた分、ボリュガ・バウド騎士学園では人よりも努力をしてきた
技や戦術を考え、魔法や特技に磨きをかけ、一番大切な闘氣だって毎日練り続けていた
そして最終学年でついに、その学年の集大成ともいえる個人総合闘武大会優勝という栄誉を勝ち取ったのだ
毎試合、重属剣という必殺技で一発逆転の博打勝負を挑み勝ち残っていった
誰も予想していなかったダークホースの優勝に、大会は大盛り上がりだった
ラーズは努力で優勝を勝ち取ったのだ
この時、才能は努力で覆ると思えた
だが、それは間違いだったとすぐに思い知らされる
努力ではどうにもならない、才能の壁というものが存在することをセフィリアの戦闘を見て悟ってしまった
努力が呆気なく踏み潰されるような、圧倒的に巨大な壁が目の前に現れた気がした
そして、横を見ると同じパーティの仲間がいた
フィーナ、ヤマト、ミィ…、才能ある同級生を見て思う
こいつらは俺とは違う
セフィ姉の場所まで行けるものを持ってる奴らだ
俺と違って博打を打たなくても勝てる奴らなのだ
このままでは、俺にはBランクとしての実力はつかない
龍神皇国の騎士としてはやっていけないと、理解ができてしまう
騎士という夢に手は届くだろう
しかし、その夢を続けられないということが理解できてしまうのだ
自分の無力さで、期待に応えられない、やりたいことが出来ない、どうしていいか分からないという焦燥と苦悩
そして、ラーズは悩み決断した
騎士団はおまけだ、一番の夢は憧れのセフィリアの隣に立つこと
ならば騎士団の夢は捨て、セフィリアという夢一本に絞り闘武大会と同様に博打を打つ
その博打の方法が、ある竜騎士に教わったチャクラ封印練だ
十年の時間を賭ける、博打に勝てれば魔力や輪力を底上げでき、Bランクとしての資格を得られる
そうしたら、もう一度セフィ姉と働く夢に挑戦してみよう、と
「才能って…、そんなこと…」
セフィ姉が戸惑ったように言った
「うん、私もそんなこと無いって言ったんだけどね。でも、今なら少し分かるよ。身体能力や魔力、闘力や輪力量の差はやっぱり大きいもの」
「…」
セフィリアは考え込んでしまう
フィーナは続ける
「ラーズは一人で悩んでた。私にも相談してくれなかったんだから」
「そうなの?」
「うん。それに、大学に入ってからも大変だったんだよ! 格闘技始めたり、ホバーブーツ習ったりして怪我も多くてさ。Bランクとは別の強さを見つけるんだって言って聞かなかったの」
そして、今もBランクとは別の強さを認めて、防衛軍でその腕を磨いている
「そうだったの…」
「ラーズは強いよね。憧れのセフィ姉という目標を諦めないために、他の騎士団とかの夢はバッサリと切り捨てちゃうんだから」
「…」
セフィリアはラーズの方を見ながら考え込んでしまった
どうやら、ラーズとターレスの戦いは決着が付いたようだ
「ね、セフィ姉。あと数年後に、ラーズが私達と同じくらいの魔力や輪力、闘力を持てたらどうなるかな?」
「ええ、チャクラ封印練が終るのが楽しみね。私達もうかうかしているいられないわ」
セフィリアはそう言って微笑んだ
・・・・・・
セフィ姉が手を上げて決着を宣言する
「ターレス、もういいわね?」
「は、はい…!」
ターレスは何度も頷く
ターレスの膝裏と股間からかなり出血しているが、再生は始まっている
だが、再生能力が有ったって、心が折れるなら宝の持ち腐れだな
「ターレスさん、ありがとうございました。とてもいい訓練になりました」
「き、貴様…、卑怯な手ばかりを使いおって…!」
ターレスが怒りを見せるが、目尻には涙が溜まっている
「Bランクで、闘氣と剣の達人であるターレスさんが相手では必死にやらざるを得ませんでした。急所攻撃は必死さの現れですので勘弁して下さい」
「む、むむ…」
俺はしっかり頭を下げる
必死だったのは本当だ
大剣を高速で振り回す腕力、ナイフが刺さらない腹筋、再生能力と、闘氣を使わなくても充分化物だった
だから、目や股間などの痛い場所を狙ったのだ
「ラーズ、凄かったわ! ターレスはうちの中でも武闘派の騎士なのに、ナイフだけで勝てちゃうなんて」
セフィ姉が驚きを口にした
憧れの女性からの、この反応
たまらないぞ!
「セフィ姉、闘氣を使わないターレスさんとトロルって、どっちが身体能力が高いと思う?」
「え? それは、さすがにトロルの方が力も体格もあるし…」
セフィ姉は自分の顎に指を添えて考える
くそっ、美人はどんなポーズもかわいい
「俺達防衛軍は、闘氣なんか無い生身で、いつもそのトロルやモンスターと戦ってるんだ。闘氣無しの条件ならならそれなりに戦えて当たり前だよ」
セフィ姉の前でいいところを見せられたからちょっと格好つけておく
俺の技術は、闘氣無しならBランクに通じることが分かったのは大収穫だ
というか、ターレスの闘氣無しの戦闘技術は酷いし、痛みへの耐性が無さすぎる
防御力と身体能力を強化する闘氣のおかげで、実戦でもまともに怪我をしたことがないんだろう
改めて、闘氣って反則だと思うぜ
「ラーズ、ターレスさんの剣はどうするの?」
フィーナが、ターレスの大剣を見て言う
「あ、忘れてた。セフィ姉、貰っていい?」
俺は大剣星砕きを持ち上げ、セフィ姉に聞く
この大剣すっげー重い、こんな物を振り回してたのか
「ま、待て! それは…」
「騎士が自分から言い出した条件を飲まないわけいかないわ。いいわよね、ターレス?」
セフィ姉は、厳しい目を向ける
ターレスが、Dランクの俺に逆鱗を譲るように迫ったことを怒っているのだろう
「は、はい…」
ターレスは声を絞り出して項垂れた
大剣はターレスの物だが、決定権はセフィ姉が持っている
ざまぁ見やがれ
ターレスは、大剣星砕きを苦渋の表情で手渡し帰っていった
この大剣は業物らしい、棚ぼたラッキーだぜ
この後は、実家で俺達はセフィ姉と昼食を取ることになった
セフィ姉はうちの両親とも仲が良く、小さい頃は良く遊びに来ていたのだ
「セフィリアちゃんも相変わらず忙しそうねー」
「ええ、フィーナが騎士団に入ってくれて助かっていますわ」
和気藹々と食事をする
帰省も終わりだ、俺達は食後に電車でシグノイアに戻る
「それにしても、ラーズの鎧は素晴らしいわね。あの漆黒の塗装が美しいわ」
「なんでも、光を吸収するように表面に微細な凹凸を施した特殊塗装なんだって。これに魔属性による黒染めで闇に溶け込める漆黒に仕上げたらしいよ」
「へー、その職人さんは凄腕ね。今度紹介してくれない?」
「スサノヲっていうんだ。話しておくよ」
スサノヲは業界にブラックリスト登録されている
龍神皇国騎士団から声がかかれば、仕事も回して貰えるし喜ぶだろう
帰りは、セフィ姉は龍神皇国中央区行き、俺達はシグノイアのマチデニ駅行きの特急に乗るのでお別れだ
「セフィ姉、また騎士団本部に顔だすからね」
「ええ、フィーナ。待ってるわ」
フィーナはセフィ姉に簡単に会えるからいいよな
俺なんか次はいつ会えるのか
「ねえ、ラーズ。フォウルを連れて帰るとシグノイアの入国が大変になるでしょ? 私が預かって連れて行ってあげるわ。その代わり、私もその黒竜に会ってみたいんだけどダメかしら?」
「え!? 龍神皇国騎士団の幹部のセフィ姉が来ると大騒ぎになっちゃうよ」
龍神皇国騎士団の幹部ともなれば、防衛軍の来賓扱いだ
下手すると大隊本部の幹部が対応する状況になってしまう
黒竜をフォウルのブレスで殺す件はうちの小隊しか知らない秘密事項なので、騒ぎになるのはまずい
「もちろん、こっそりとよ。 それに、もしフォウルのブレスの威力が足りなかった場合は私が力を貸してあげられるし」
さすが龍神皇国騎士団エース、頼もしいな
「いや、でも…」
「そろそろ電車が来ちゃうから、また連絡するわ。フォウルいらっしゃい」
「ガウ…」
結局、電車の時間もあり、セフィ姉にフォウルを預けることになってしまった
セフィリアの岩竜討伐は、47話 セフィ姉 で少し触れています