閑話15 代理戦争
用語説明w
龍神皇国:シグノイアと接する大国でフィーナの働く国
魔導法学の三大基本作用力:精神の力である精力じんりょく、肉体の氣脈の力である氣力、霊体の力である霊力のこと
フィーナ:二歳下でラーズの戸籍上の妹、龍神皇国のBランク騎士として就職している
セフィリア:龍神皇国騎士団に所属、B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性
今日は、龍神皇国で代理戦争というSランク同士の戦いがある
ちょうど帰省するタイミングだったので、セフィ姉が滅多にない機会だからと見物に誘ってくれたのだ
クレハナの守護神でSランク戦闘員、ロウ
VS
龍神皇国の国家戦略機構所属Sランク戦闘員、ディスティニー
クレハナは龍神皇国と接する小国で、後継者争いの内線状態にあり、現在は龍神皇国が内戦調停と治安維持部隊の派遣を行っている
フィーナの産まれ故郷であり、フィーナはこの国の第四位王位継承権を持っていた
そう、フィーナはクレハナのお姫様だったのだ
もう十年以上前にクレハナでは内戦が勃発し、大規模な武力衝突が起こった
国内は三つに勢力に別れ、それぞれが王位継承権を主張した
フィーナの父親も、王位を主張する一人だ
こうした国内情勢を背景に持つと、フィーナの持っていた第四位の王位継承権はクレハナの権力者とフィーナ自身にとって危険となる
フィーナを担ぎ上げて四つ目の勢力を狙う者、自分の勢力に取り込んで継承権の正当性を増したい者、それらの危険の排除のためにフィーナを消したい者
だが、当のフィーナにはクレハナの王位などに興味はなかった
むしろ、ボリュガ・バウド騎士学園で得た、自分の力で生きる生活、そして俺の両親との親子の関係を欲したのだ
結局、フィーナは卒業後に王位継承権を放棄
王位継承権を放棄するためには、家を出て王位と関係ない家族の養子となる必要がある
だが、普通は王位継承権を持つ者を養子になんかしない
フィーナの父上の味方からは懐柔され、敵からは睨まれるからだ
だが、俺の家庭は一般家庭でクレハナとはなんの関係もない
王位となどは全くに無縁だ
この利害関係のない一般家庭という環境と、フィーナを可愛がっていたうちの両親が作ってきた絆が王位継承権の放棄を実現したのだ
話が逸れたが、クレハナは内戦を自治の範疇だと主張し、龍神皇国は武力による内戦は国際法違反だと主張した
そして、二年に一度、代理戦争としてお互いのSランクにをぶつけるのだ
負けた方は勝った方の国の主張を考慮するという取り決めがある
ファブル地区の南方にある大草原が、この代理戦争の舞台だ
ファブル南駅を出ると、深紅の甲冑を着た長い金髪の女性が立っていた
「セフィ姉!」
「ラーズ、久しぶりね!」
セフィ姉、セフィリア ドルグネル、龍神皇国の騎士団の一等行政保安官だ
今回の代理戦争は、軍事機密保持のために公開はされていない
だが、龍神皇国の騎士団の重鎮であるセフィ姉のコネで特別に見学を許してもらえたのだ
国際的なイベントということもあり、セフィ姉も甲冑という正装をしている
「さ、もう時間がないわ。行きましょう」
俺とフィーナはセフィ姉についていった
小高い岡の上に木が生えており、その下にレジャーシートとバスケット、紅茶セットが置かれていた
「ピクニックみたいだね、セフィ姉」
フィーナが嬉しそうに言う
「ええ、どうせならお茶を楽しもうと思ったの」
「Sランクの戦いをお茶感覚って」
「いいでしょ? それに今日はあまり時間が無いから、なかなか帰ってこないラーズとの時間を楽しまないとね」
「え? 帰っちゃうの?」
「ええ、また明日家に行くわ。おじさまとおばさまに言っておいてね」
そう言って、セフィ姉が紅茶を入れてくれた
「おいしい…」
セフィ姉の紅茶はいつも驚くほどおいしいのだ
「そう? 良かった」
セフィ姉が優しく笑う
この大人の魅力は、相変わらずだな
「あ、始まるよ!」
フィーナが向いている方向を見ると、遠くに二人の人間が空に浮かんでいた
「セフィ姉、あの二人はどんなSランクなの?」
「あの二人は…」
セフィ姉が教えてくれた
クレハナのロウ
クレハナの守護神ロウと接続し、力を行使する
ロウの定めた「制限」を一定空間に作用させる
例えば、生命力の低下の下限を定めて死の禁止、魔法出力の上限の設定、力学エネルギーの制限などだ
龍神皇国のディスティニー
亜空間内の宇宙戦艦ディスティニーと接続し、力を行使する
核融合エンジンによるエネルギー、波動砲、核融合弾頭ミサイル、指向性エネルギー兵器などの武装
更に、自身に戦艦ディスティニーのエネルギーを利用したパワードアーマーを展開する
「守護神vs宇宙戦艦かー…。なんと言うか、カオスだよね」
「ただ、今回の代理戦争ルールじゃ守護神ロウには勝てないわね…」
セフィ姉がため息をつく
代理戦争ルール
Sランクの巨大な破壊力で星や環境にダメージを与えないため、一定空間を封印してその封印内で二者が戦う
これによって戦いの余波が撒き散らされることを防止し、安全と秘密保持を実現できるのだ
それほどにSランクの力は巨大だ
「宇宙戦艦ディスティニーの武装って、宇宙技術の塊なんでしょう? 勝てないのかな」
フィーナが聞く
宇宙技術
惑星外の環境下で使用する技術は、当然惑星環境下では発展しない(惑星環境下で使う必要がない)
では、なぜ宇宙戦艦などというものが建設できたのか
それは、宇宙に進出したペア出身の知的生命体があるからだ
その名を「ストラデ=イバリ」という
ストラデ=イバリは竜族で、己の竜の肉体と科学技術、魔導法学技術を結集し、一族を連れてペアを離れた
そして、第三惑星ペアから、第五惑星の衛星まで旅をし、ここにストラデ=イバリという拠点の建造に成功したのだ
ペア唯一の、ペアの生物圏脱出の成功例といえる
ペアの二つの衛星の宇宙基地や宇宙ステーションもあるが、ペアからの物資を必要としているため、これらは生物圏脱出とはいえないのだ
宇宙に拠点を作ったストラデ=イバリの技術は、もはやペアの技術とは別物だ
彼らは、ガス惑星である第五惑星の豊富な重水素を使って核融合を行い、酸素の代わりに霊力や氣力の吸収により生命を維持している
そして、宇宙にいるだけあり、惑星環境下では使用できないような宇宙戦艦の建造にも成功しているのだ
これを各国が購入して、自国の防衛に充てている
もっとも、ストラデ=イバリ拠点に行くためには、最低でも数年の宇宙旅行が必要になるため、簡単にはいかない
代理戦争が始まった
どんな戦いになるのか想像もつかない
開始と同時に、クレハナのロウがエネルギー上限の制限を行う
封印空間が制限に支配された
ディスティニーが核融合弾頭ミサイルを亜空間から発射
だが、制限が物質のエネルギー化を阻止して不発
指向性エネルギー兵器も、制限に引っ掛かり作動しない
更に、宇宙戦艦の核融合エンジンも使用不可だ
「えー…、何それ。勝手に制限できるとか反則じゃない? 勝てるわけないじゃん」
「通常戦闘ならそうでもないのよ。惑星圏外から高出力エネルギーで狙撃すれば、守護神の制限に引っ掛かることはないわ。でも、代理戦争の狭い封印空間内での戦闘だと無敵ね」
セフィ姉の言うとおり、分かっていたかのように龍神皇国のディスティニーがすぐに降参した
後は近接での肉弾戦だが、ここまで不利な条件で続けても損壊の危険が増すだけなのだろう
「あの制限で内戦を止めればいいのに」
フィーナが言う
やはり母国だけあって、内戦状態には思うところが有るのだろう
「あの制限は自国民には使えないんだって。あくまで国外からの干渉に対する防衛力みたいね」
まだ、しばらくは内戦を止めることはできないみたいね…、そう言ってセフィ姉がため息をついた
こうして、代理戦争が終わり、俺達はファブル南駅に向かった
セフィ姉はこれから仕事があるらしく、駅で別れることなった
「やっぱり、Sランクは凄かったね。私のプラズマ魔法でもダメージを与えられそうになかったなぁー」
「私もBEC魔法ならと思っていたんだけど、無理そうだったわね」
フィーナとセフィ姉が話しているのは、物質の気体液体個体に続く第四と第五の状態を作り出す魔法のことだ
それぞれ超高温と超低温のエネルギーを作り出す魔法だ
Sランク対策を考えるってスケールが違うよ!
「ヤマトも獣化状態のトランスでSランクに挑みたいとか言っていたけど、無理ね」
確かにヤマトは獣人だったが、あいつは獣化状態でトランスが使えるのか!?
獣人状態で身体能力を上げ、更に闘氣で強化、その状態でトランスってとんでもねぇ!
「ミィ姉がスーラ連れて来たいって言ってたけど、さすがにあのエネルギーは食べきれないよね」
ミィは、オーシャンスライムというスライムと契約を結んでいる
海洋生物を模した能力と強力な消化能力が特徴で、エネルギーさえも直接取り込んで吸収してしまうのだ
やっぱり、Bランクが集まる龍神皇国の騎士団はハンパじゃないな…
「ねえ、ラーズ。属性装備ができたってきいたけど本当なの?」
セフィ姉が振り返った
「うん、本当だよ」
「じゃあ、明日家に行くから見せてね! おばさま達にもよろしく言っておいてね」
セフィ姉レベルの人が見たがるなんて、属性装備ってやっぱり凄いんだな
「分かったよ」
そう言って、俺とフィーナはセフィ姉に手を振って、改札を通っるのだった