139話 黒竜の洞窟からの帰還
用語説明w
ジード:情報担当の魔族の男性隊員、補助魔法が得意、魔法不可の弓も使う
ロゼッタ:MEB随伴分隊の女性隊員。片手剣使いで高い身体能力を持つ(固有特性)
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。戦闘用端末である外部稼働ユニットのデータ2と並行稼働している
リィ:東洋型ドラゴンの式神で、勾玉型ネックレスに封印されている
よし、装備と物品の確認は終わりだ
「そろそろ外に出よう。データ2の電波が届いてないからジード達が心配しているはずだ」
「ヒャン」
リィが、寂しそうに黒竜を見上げる
同族に会えて嬉しかったのだろうか?
今度フォウルにも会わせてみるか
俺は黒竜を見上げる
「じゃ、また来るよ。できれば、次はサンダードラゴンのフォウルを連れて」
「うむ、我の命が尽きる前になんとか頼む」
「…後どのくらいもちそうなんだ?」
さすがに数日じゃ準備が間に合わない
「そんなに猶予はない。あと十年はもたないだろう」
「…そ、そっかぁ、なるべく急ぐよ」
竜と人間じゃ時間の感覚違いすぎた
十年ならゆっくり準備しても充分間に合いそうだよ!
挨拶を終え俺達は壁の隙間に向かう
外に出ると、そこは崖の下の川の側だった
かなりの距離を落ちたみたいだ
俺達が入った洞窟のり口が崖の上の方に見える
ズズズズズ…
俺が崖の亀裂を出ると、崖の壁が動き出して壁面の隙間を埋めていく
黒竜の地属性魔法だろう
データが通信を行った
「ご主人! 座標を再取得できたよ!」
データのナビでジード達とすぐに合流することができた
ジード、ロゼッタ、データ2に負傷は無さそうだった
「怪我はないのか?」 「心配したよぉ」
「黒竜が地面を柔らかいクッションに変えてくれたんですよ」
俺は二人に黒竜との会話を簡単に説明した
地中深くにあるという魔昌石の存在
黒竜が魔属性の魔力を吸収していたこと
その黒竜の命が尽きかけていること
「…魔昌石については調査が必要になるな」
ジードが深刻な顔をする
「せめて、黒竜が生きている間はそっとしておいてあげられないですか?」
これが俺の本音だ
黒竜を最期の時まで静かに過ごさせてやりたい
ずっと一匹で魔属性と戦っていた
誰に知られることもなく、たった一匹で環境変化を背負い続けてきたのだから
「うーむ…、だが、調査をしないというわけにも…」
ジードが難しい顔をして悩んでいる
俺だって理解はできる
魔昌石の存在は大きな危険を孕む
本当にあるのか? 規模は? 今後の吹き出す魔属性の推定量は?
黒竜の言葉だけを鵜呑みにはできないのだ
実際に魔属性環境が出来上がってしまっている以上、調査をしないわけにはいかない
「だが、あの黒竜に私達が助けられたのは事実だ。ゼヌ小隊長にお願いして、しばらくの間そっとしておける方法を探ろう」
「賛成ぇ! 黒竜を静かに過ごさせあげよぉ。でも、あの黒竜ってぇ、誰が助けろとーー、とか言ってたのにラーズに凄い相談したよねぇ、殺してくれだなんてさぁ」
ロゼッタが笑いながら言う
「そこは私もつっこんだのですが、分かりやすく無視されました」
「かっこつけただけだったのかなぁ? 結局すぐにバンパイア倒してくれたしねぇ」
「…今度会うときに問い詰めてみましょう。二人とも、黒竜をそっとしておくことに賛成してくれてありがとうございます」
二人は笑って頷いてくれた
俺達はゼヌ小隊長に電話で簡単な報告を済ませ、麓に向かって歩き始めた
「あ、忘れてたぁ。ラーズ、これ見てよぉ」
しばらく進むと、ロゼッタが赤く光る宝石のようなものを見せてきた
「綺麗な結晶ですね。これは何ですか?」
「アンデッドハートだよぉ!」
アンデッドハート
高位のアンデッドを倒した場合、稀に手に入る魔昌石の一種
高位のアンデッドほど霊体が大きく、比例して内包する魔力が多い
アンデッドの肉体や霊体の除霊に成功した場合、普通はその多量の魔力は拡散する
だが、今回のように拡散せずに結晶化する場合があるのだ
アンデッドハートは例外無く赤色系統の魔昌石となり、その独特の赤い輝きは宝石として高い需要がある
性質としては普通の魔昌石と変わらないが、処理をすると宝石として高い価値を持つのだ
「戦利品まで手に入ったなんて運がいいですね」
「あのバンパイア強かったから、報われたよねぇ」
ロゼッタが嬉そうにバンパイアハートをしまう
「あそこまで強力な戦闘力を持っていたとは思わなかった。手を出すべきじゃなかったかもな…」
アンデッドハートを見てバンパイアの強さを思い出したのか、ジードが呻くように言う
確かにバンパイアは強かった
Cランクのジードとロゼッタ、Dランクの俺の三人がかりでも恐らく勝てなかった
特にロゼッタは、うちの小隊の最高戦力であるにもかかわらずだ
「でも、今回狩れなかったらぁ、どれだけ強い個体になっていたか分からないよぉ?」
バンパイアは俺達の手に余った
だが、あのまま見過ごして竜を喰らっていたら、下手するとAランク以上のアンデッドになっていた可能性がある
黒竜の拘束を解く、これはリスクを覚悟してでもやる価値はあったのではないだろうか?
「頑張り時ではあったよぉ」
そう言って、ロゼッタがジードの肩を軽く叩く
俺達にとって格上の相手で、全滅の危険性もあった
この判断をジードは悔いているのかもしれない
だが、バンパイアが黒竜の動きを封じ続けている状況
この状況を利用した俺達の判断は、結果的にだが大正解だった
全滅のリスクとAランクアンデッドの発生阻止という成果…、この選択の正否はゼヌ小隊長の判断に委ねよう
俺達は、疲れた体を引きずって山を降りていく
ロゼッタは、短時間とはいえトランスを使ったのでまだ辛そうだ
時々回復薬を飲んでいる
「いやー、疲れましたね。でも久々にパーティでの戦闘をやりましたけど、ジードの補助魔法って本当に強いですよね」
「特別クエストの相方には補助魔法の使い手はいなかったのか?」
「マッスルフェアリーのハイファっていう妖精使いがいましたけど、特別クエストはやはり火力に優れた人の方が多い印象ですね」
特別クエストは二人で組み、少人数で処理待ちクエストをどんどん消化していく
戦力が少ない分、ある程度火力を求められるからだ
だが、補助魔法は安全を確保してくれる
ある程度の物理攻撃を止めてくれる防御魔法
魔法攻撃を軽減する魔法防御
身体や防具、武器を硬質化する硬化魔法
この三つがあると生存率は跳ね上がる
被弾率の高い銃弾のような遠距離攻撃と魔法からある程度守ってくれるからだ
ジードは、さらに身体強化まで出来る
「高レベルのモンスターも補助魔法を使うから厄介だな。あのバンパイアも防御、魔法防御、硬化で固め、更にアンデッドの修復能力まであり、ダメージがほとんど通らなかったからな」
「あのバンパイア、硬化も使ってたんですか? 防御魔法と魔法防御は確認できましたけど」
「お前のロケットハンマーが頭蓋骨で止められただろ? ロゼッタの剣も骨を切断出来なかったし、あれは骨を硬化させているのだろう。アンデッドの高い魔力で硬化させるとあれだけ固くなるとは、私も勉強になった」
「確かに骨が異様に固かったねぇ、あいつ…」
ロゼッタも頷く
「だから、高レベルの敵には解呪の魔石はいいと思った。お前の外部稼働ユニットに解呪の魔石を使わせるのは有効なのではないか?」
ジードが前を歩くデータ2を指す
「なるほど、高レベルの敵には戦い方も変わってきますね。でも、補助魔法まで使ってくるモンスターはしばらく勘弁ですよ…」
補助魔法使う
それは戦略を組み立てられる知能がある
つまり、高位のモンスターで危険が高いということだ
今回、その危険性を身をもって知った
「そういえば、リィには驚いたよぉ。まさか呪いを簡単に矧がしちゃうとは思わなかったぁ」
ロゼッタが、横でフヨフヨと飛んでいるリィを見る
「ヒャンッ?」
ロゼッタがリィの頭を撫で始めた
確かにリィすごかった
呪いとは、霊体のウイルスや毒に近い
解毒や薬で対処することができても、本来は直接掬い上げることなんてできない
それなのにリィは、ロゼッタの霊体から直接呪いの魔力を掬い上げたのだ
これはリィの特殊能力と言ってもいいのではないだろうか
「恐らく、注入直後なら呪いの魔力に干渉できるのだろう。時間がたって霊体の広範囲に拡散するとさすがに無理なのだろうが。検証は必要だが、リィは霊体への干渉率が極端に少ないということか…?」
ジードがぶつぶつと思案を始める
そんなジードは放っておいて、回復してきたのかロゼッタが俺の方を向いた
「そういえば、ラーズ変な戦い方してたよねぇ。あれってサイキック?」
「おっ、気が付いてくれちゃいましたか? あれが私が練習してたサイキックの運用方法です。名付けてサードハンド!」
「武器をサイキックで浮かしている間に、別の武器を使う感じだよねぇ? 手数が増えてていい感じだったよぉ」
「本当ですか!? ロゼッタにそう言ってもらえると自信持てます」
「でも地味だよねぇ? ただ武器を浮かしているだけでしょぉ」
「うぐぅっ!? ちょっと地味な自覚あったのに…。でも、自分の動きに対象をついてこさせるの難しいんですよ! 浮かしてるだけだと、自分が動いてもついてこないんですから」
「浮かせたハルバートをサイキックで飛ばすとかできないのぉ? そうしたらサイキック!って感じでかっこいいのにぃ」
「私の貧弱なテレキネシスだと浮かして保持するので精一杯なんです…」
今回は検証や反省、考察が必要なことが多すぎた
俺達は延々と話しながら下山した
ブクマ、評価、誤字報告本当にありがとうございます
少しずつ人が増えて嬉しいです
あと三話で四章終わります
お付き合い頂けたら嬉しいです