閑話14 慰霊祭
用語説明w
メイル:1991小隊の経理と庶務担当、獣人の女性隊員
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
クルス:ノーマンの男性整備隊員、車両の運転も兼務
ホン:ノーマンの女性整備隊員、車両の運転も兼務
防衛軍には、慰霊祭という行事がある
国のためにモンスターや敵軍と戦い殉職した隊員への慰霊のための行事だ
この慰霊祭は、各小隊から一人か二人が会場に行き協力して準備や片付けを行う
今年、1991小隊からはサイモン分隊長と俺に白羽の矢が立った
「こういう行事って、毎回俺とラーズじゃねえか?」
「確かにそんな気もしますね。いろいろ経験できるので私はありがたいですけど」
「俺らだって出動があるし、報告書だってあるんだぞ…」
ぶつぶつ言っているサイモン分隊長を見て、笑いながらクルスとホンがフォローをいれる
「まあまあ。力持ちで面倒見がいいサイモン分隊長と、ちょこちょこ動く腰の軽いラーズ。イベントごとにはぴったりのコンビですからね」
「性格と能力で選ばれてるんですよ」
隊員は慰霊祭の会場の駐車場を使えない
なので俺達は、クルスとホンに車で送ってもらっているのだ
「じゃ、終わった頃に迎えに来るので。解散時間が分かったら連絡ください」
俺達を会場で降ろすと、クルスとホンは帰っていった
そのまま買い出しに行くらしい
各小隊では、この慰霊祭の日の勤務時間後に隊舎で慰労会を行うのが恒例となっている
殉職した先輩方を哀悼し、夕方に現役の同僚と親睦を深めることで殉職を防止するという狙いがあるそうだ
椅子を運び、垂れ幕を掛け、不必要な物を会場の裏の倉庫に運ぶ
二時間ほどで準備が終わった
「私達の担当は会場の外の警備みたいですね」
「慰霊祭の参列になると、ずっと座ってなきゃいけないから警備の方が当たりだな」
不謹慎な話をしながら俺達は会場の裏の倉庫の前に向かった
ここが俺達の持ち場だ
「それにしても大きな慰霊祭ですね。こんな広い会場にこれだけ隊員が集まると壮観でしたね」
「まあな。だがこれが、始まってみると分かるんだが、結構すすり泣く声が聞こえてきて気が滅入ってくるんだ」
「あー…」
防衛軍は戦闘が仕事だ
当然、殉職と隣り合わせだ
俺は幸運にも、まだ近しい人の死を見ていない
だが、実際何度か隊員の殉職には立ち会っている
会場内の黙祷に合わせて、静寂の中からすすり泣く声も聞こえる
その気持ちは理解できる
俺は、1991小隊が好きだ
本当に職場に恵まれたと思っている
もし…、もし、うちの小隊から殉職者なんて出たら…、俺は…
ドガッ
「ぐはっ!?」
突然頭に拳が落ちてきた
「何をボーッとしてうやがる。警戒しろ」
「めっちゃ痛いっす…。いや、もしうちの小隊の隊員に何かあったらって思ったらなんか怖くなっちゃいまして…」
「お前なぁ…、うちの小隊で一番怪我してる奴が誰か知ってるか?」
「え…? 誰ですかね。サイモン分隊長も壁役やってダメージ受けますし、ロゼッタもトランス使って疲労で倒れたりしてますし…」
ただ、うちの小隊で誰かが大怪我したとかはあまり聞かない気がする
ボゴッ!
「痛ぇー!」
また、でかくて硬いサイモン分隊長の拳が降ってきた
酷い…
「断トツでお前だ、このバカ!」
「え!?」
「火だるまになるわ凍傷になるわ、内臓飛び出さすわ腕を切断されてみるわ、直近だと魔属性中毒だぞ? 何回俺達に心配させたと思ってるんだ」
「うぅ…、すみません…」
「だいたい、お前のナノマシンシステムの移植の時だって下手すりゃ死んでたんだぞ? 間違いなくお前が負傷のナンバーワンだからな」
「そんなナンバーワン嬉しくないです…」
・・・・・・
粛々と慰霊祭は進行して終了、片付けとなった
「平和に終わってよかったですね。警備につくくらいだからモンスターや不審者が現れるかと思っちゃいましたよ」
「そのわりには警戒せずにのんきにしゃべってたじゃねえか、お前」
「うぐっ! い、いや警戒はしてましたよ、ちゃんと」
すでに片付けはほとんど終わっているので、後は解散の命令を待つばかりだ
連絡したら、クルスとホンが車で向かってくれているらしい
「しかし、こうして慰霊祭の会場に来ると思い出すな」
「何をですか?」
「俺が防衛軍に入った最初の年にこの警備についたんだけどよ、大きめの段ボールがごそごそ動いているのを見つけたんだよ。近くを通りかかったどっかの小隊長に伝えたら、会場の本部に連絡して中を確認しろって言われてよ…」
「連絡したんですか?」
「ああ。そうしたら、どう捻曲がって伝わったのか、不審物発見! 爆弾か!? モンスターか!? なんつって大騒ぎになってよ」
「…え、なんですかそれ、めっちゃ怖い」
「重装備の隊員達が集まってきて段ボールを包囲したんだよ。俺なんか生きた心地しなくてよ、頼む! モンスターでも爆弾でも入っててくれって天に願ってたよ」
「そりゃそうですよね」
「で、出てきたのは野良猫一匹。集まった隊員達は何も言わずに解散して行ったんだが、まぁ気まずくてな…」
「きついですね、それ…」
「だが、その時の慰霊祭担当の中隊長がよく見つけたって誉めてくれたんだよ。その一言のおかげで、今じゃいい思い出なんだけどな」
「へー、いい中隊長ですね」
ちょうどその時、解散命令が出た
俺達はクルスとホンの車を探し、隊舎に帰った
隊舎では、慰労会の準備が出来ていた
MEBハンガー内の仮説食堂に荷物や料理が置かれている
「サイモン分隊長、ラーズ、お帰りなさい。ついでにこのビールの箱持ってって!」
メイルが、配達してくれた酒屋さんにお金を払っていた
「分かりました」
俺達は、缶ビールを机に並べる
これで準備は終わりみたいだ
パンパンッ!
ゼヌ小隊長が手を叩いて注目を集める
「サイモン君とラーズ、お帰りなさい。みんな揃ったわね、始めるわよ!」
みんなが着席する
「みんな、いつも危険な任務とそのバックアップ本当にありがとう。慰霊祭の度に思うことだけど、絶対に私達の小隊から参列することが無いように、それだけはお願いね!」
ゼヌ小隊長の短い挨拶で、「乾杯!」となり、慰労会が始まった
みんな夢中で料理を食べる
「旨い! 何でこんなにいろいろな料理があるの!?」
いろんな料理が、たくさん置かれている
かなり豪勢な慰労会だ
「メイルが1991小隊の管内の飲食店に料理をお願いしたみたいだよぉ。地元との関係作りも兼ねてだってぇ」
ロゼッタが料理をパクつきながら教えてくれた
仲間で食べて飲んで話す
飲み会とかあまりいい印象はなかったけど、この職場なら全然ありだな
命をかけた仲間だけあって会話も弾む
あっという間に慰労会は終わり
その後は全員で片付けだ
「メイル、今日の飲み代は集めたんすか?」
「今日の料理は、イベント用の食事を選ぶという名目で取り寄せているの。公費で出せるから大丈夫よ」
メイルが笑いながら言う
防衛軍には、外部団体や他機関の人間、地元の住民を招いて各小隊が行うイベントがある
このイベントの際に使う料理を選ぶ名目で、経費で地元の店から料理を集めたのだ
「経費で飲み会って、大丈夫なんですか?」
「飲み会じゃなく試食よ? この違いは大事なんだからね」
「なるほど…」
「地元にお金を落とせて、人間関係も作れるし一石二鳥よ。実際にお金に関係無くいろいろお願い事をしてるから、たまには使ってあげなきゃね」
公務員って難しい
予算は国民の血税だが、どうせ使うならうちの小隊がお世話になっている地元の店を使ってあげたい
国民や地元の住人に協力をお願いする以上、癒着にならない程度に便宜を図らなくてはいけないし、図ってあげたい
美味しい料理を食べれてラッキーだが、メイルもいろいろ考えて大変だ
今度また仕事を手伝ってあげよう