116話 また裏仕事2
巻物:使い切りの呪文紙で魔法が一つ封印されている
ジード:情報担当の魔族の男性隊員、補助魔法が得意
デモトス先生:ゼヌ小隊長が紹介した元暗殺者で、ラーズの戦闘術の指導者。哲学と兵法を好む
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。明るい性格?
予定通り、デモトス先生が管理人室を制圧して管理人を拘束した
「では、計画通り頼むよ」
そう言って、俺にナイフを二本渡してきた
一本は、普通のコンバットナイフと違い柔らかくしなる珍しいナイフだ
「あ、これってフレキシブルナイフですか!?」
「そうだ。使ってみたいと言っていたから探してみたんだよ」
「ありがとうございます!」
いきなり実戦に新武器を導入することになるが、なんとかなるだろう
ロゼッタの持つ青い片手剣にもしなりがあり、ロゼッタはこのしなりをうまく利用している
俺もこの片手剣を何度か貸してもらい、このしなりを使う練習をしていたのだ
もう一本のナイフは細身の刃で、刺突に特化したタイプだ
狭い屋内を想定してのものだろう
「では、電源室で待機しているから連絡をくれたまえ」
そう言って、デモトス先生は電源室のある地下に降りていった
「よし行こう。ちなみに、この管理人は買収済みだから安心しろ」
ジードが管理人室の電話線を切りながら言う
「それなら縛らなくてもよくないですか?」
俺は後ろ手を縛られ、目隠しをされて椅子に拘束されている管理人を見る
「縛らないと、管理人が被害者になれないだろ?」
「…なるほど」
強盗に押し込まれて被害がなかったらおかしいわけか
いや、だからこの人達手際よすぎない?
管理人室の奥には魔導セキュリティの魔玉が置かれている
これがこのビルのドアに施された魔導ロックを制御しているのだ
「魔玉の術式をフリーズさせる魔導術式は持ってきた。この魔玉の魔導プロトコルは旧式で、有名なセキュリティホールがある。この術式を走らせれば…」
ジードは魔玉の操作板に手を当て、術式の書かれた巻物を発動させる
「なあ、データ。お前は魔玉の操作はできないのか?」
「術式干渉型プログラム用の巻物があればできるよ! 今回はプロトコルの特定もできてるから!」
「できるの!?」
AIの電子プログラムも、人間の脳で構成される人格も、情報という意味では同じだ
魔法が脳で発動できるならば、AIにも魔法が使えるはず…と思うが、結論はAIに魔法は使えない
そこで、すでに構成された魔法が封印されている巻物を使う
巻物に封印された魔法は電力で発動することができ、これならばAIでも魔法を発動できるのだ
ジードが、魔玉から手を離して立ち上がった
「魔玉がフリーズした。これで再起動するまでは動かない、行こう」
俺達は四階にあるマフィアの事務所…、今回のパーティー会場に向かった
これから突入か…
緊張感が足を震わせている
突入前のこの時間が本当に嫌だ
今回、リィはお休みだ
まだ人間を襲うことを教えたくないからだ
戦うのは俺一人だ
階段から廊下に出ると、マフィアの事務所のドアが見える
見取り図を見ると、中は二部屋になっているようだ
「非合法なヤミ金の事務所にもなっている。ドローン映像で窓から中を確認できるぞ」
ジードが飛ばしてくれているドローンの映像で、窓から事務所内を確認すると、三人の男がいることが分かる
「これを」
ジーンが何かを手渡してくる
スタングレネードだ
俺は頷き、口にタオルを巻いて耳栓をする
「…デモトス先生、お願いします」
俺は覚悟を決めてデモトス先生に連絡し、ビルのブレーカーを落としてもらう
ヒュゥゥ…
しばらくすると、廊下の空調が止まり電気の供給が止まったことが分かる
「出てくるぞ」
ジードに言われてドローン映像を見ると、デスクに座った男が何やら指示を出し、一人が扉に向かうのが見える
俺はドアの前で待機、手にはスタングレネードとナイフだ
ガチャ…
開いたドアの隙間からスタングレネードを転がして入れる
同時に…
ドスッ
「がっ!?」
出てきたスーツの男の太ももにナイフをざっくりと刺す
怯んだ男の髪を掴んで、廊下に引きずり出す
足の痛みでほぼ抵抗ができず、男の体が出てきた所で顔面に膝を叩き込む
パンッパンッ! ボシュゥゥーーーーー!
事務所内では、凄まじい閃光や音、煙が暴れまわった
意識を失ったスーツの男をドアの隙間に寝かし、ドアが閉まらないようにつっかえ棒にする
「ご主人、あと二名!」
データが、アバターの赤外線カメラの映像を俺の仮想モニターに重ねて表示してくれる
視界に重ねて表示してくれることで、白煙の中でも敵の体温表示で位置がはっきりわかる
一人は体がデカい、手強そうだ
先に指示を出していたデスクの男から狙う
デスクに回り込むように接近
赤外線の体温表示で、口の部分が動いている
多分何かを叫んでいる
耳栓で聞こえないので無視し、デスクの後ろに回り込む
体を低くして忍び寄り、白煙に紛れて接近完了
左手で逆手に持った刺突ナイフを頬に突き刺し、そのままデスクに頭ごと叩きつける
ダンッ!
「ーーーっ!!」
頬にナイフが刺さったままデスクに押さえつけられ、完全に死に体になっている
多分何かを叫んでいるが、構わず右手のフレキシブルナイフの柄を側頭部に叩きつけて意識を飛ばす
よし、あと一人だ
「ご主人、敵は多分サイボーグだよ! 左腕の体温がおかしい、何か仕込んでるよ!」
データの警告に目を上げると、白煙の向こうの大男の左腕だけが体温を示す赤色を示していない
男は口を手で覆いながらも、もう臨戦態勢になっている
俺は耳栓を外してポケットに入れる
落としたら強盗犯人の証拠を残すことになるから、ちゃんと持って帰らないとな
「何者だぁぁ!」
大男が怒鳴ってくるが、俺はナイフを構えることで答える
ヒュンッ
フレキシブルナイフで突くが、大男は左手でガード
サイボーグ化した腕を切ったって意味がないことは俺も分かっている
手首の動きで刃体を下にしならせながら、右足を大男の前まで滑り込ませて接近する
トスッ
「ぐっ…、小賢しい!」
しなった刃が左手を避けて太ももに刺さるが、大男は気にした様子もなく左手を振り上げる
俺はバックステップで左腕が届かない位置まで下がる
だが、大男は構わず腕を振り下ろした
ゴガッ!
「うお!?」
振り下ろされた腕が伸びてる!
横に避けて振り下ろされた左腕を見ると、手首が折りたたまれ、そこから刃のついた二本の棒が飛び出している
おそらく前腕の中に仕込まれていたものだ
大男はにやっと笑いながら、左腕の手首から突き出た二本の棒のうちの一本を右手で掴み、そして広げた
「は、ハサミ!?」
大男の腕に仕込まれていたのは、大きなハサミだった
それを広げて迫る
「ふっ、このボトルリッパーを見た目でなめると痛い目見るぞ」
そのままハサミを突き出してくる大男
ハサミが開いた状態で突かれるので捌きにくい
ゴッ!
「ぐっ…!」
なんとか捌くが、その隙に巨体で体当たりされ仰け反った所を右手で一発ぶん殴られる
こいつ、ハサミでの室内戦に慣れてやがる!
一瞬で壁際に追い詰められちまった
「ご主人、あの形状のサイボーグ手術は該当なし! 多分違法改造手術だよ!」
データが情報を集めてくれた
違法改造手術…、他に何を仕込んでるか分からないな
短期決戦で行こう
大男がハサミを開いて突き出してくる
一回受け止める!
ガキッ!
俺は刺突ナイフを両手で縦に持ち、ハサミの刃を止める
「ばかめ!」
大男は口角をあげ、ハサミを閉じる
ジョギッ!
「なっ!?」
刺突ナイフが切られた!
どんな切れ味だ!?
反射的に右手で持っていたフレキシブルナイフで大男の機械化されていない右腕を刺す
「ぐおっ!」
大男が怯んだ隙に、俺は体を真下に落とす
しゃがんだ状態から大男の右足にタックル
そのまま押し込む
これで決めないと無理だ!
根性見せろ!
「おらぁっ!」
体重差はあるが、重心を崩せば持ち上がる
大男の右足を押し込みながら、体幹を反るように思いっきり上に引っこ抜く!
「なにぃ!?」
やった!
大男の体が持ち上がった!
「があぁぁぁっ!」
ここが勝負所だ!
俺は肩に大男を担ぐような体勢のまま、更に押し込んでいく
向かうのは事務所の窓だ
こんなにでかくて、戦いなれてる相手とまともになんかやってられない!
「は、離せ!」
男は俺の肩の上で腕を振り回す
だが、担がれている状態でハサミを刺すのは難しいだろ?
そのまま窓ガラスに突っ込む
ガッチャーーン!
「うおぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ……!?」
ドチャッ…
割れた窓から下を見ると、大男が道路に倒れており、左腕が肩からちぎれていた
「一部を機械化すると、骨格との強度差で千切れやすくなるよ!」
「…ハサミって強いんだな。危なかった」
俺は、事務所内の物色を始めるのであった