10話 雑務とおしゃべり
用語説明w
1991小隊:ラーズが配属。MEBが配備された小隊
PIT:PIT:個人用情報端末、要はスマホ。多目的多層メモリを搭載している
MEB:多目的身体拡張機構の略称。二足歩行型乗込み式ロボット
倉デバイス:仮想空間魔術を封入し、体積を無視して一定質量を収納できる
メイル:1991小隊の経理と庶務担当の隊員
エレン:整備隊員。冒険者ギルドの受付も兼務
俺はデスクトップ型情報端末のモニターを見ながら数字を入力していく
「助かるよ、ラーズ。今月の予算の締め切り迫っててねー」
庶務と経理を担当しているメイルだ
獣人のメイルは、同い年位に見えて防衛軍六年目の大先輩だった
最初がっつりタメ口で話してしまったのがちょっと気まずい
「この表、全然関数使ってないんですね。作り変えちゃっていいですか?」
俺は、表計算ソフトの集計表を見ながら言う
「出来るの? もちろんお願い」
「大学で表計算は使ってたから、少しなら出きます」
俺は各セルに関数を入れながら、自動計算できるように集計表を直していく
ギアの物質文明における三大発明は何かと問われると、
『発電・権利・情報処理』
と言われる
発電は、水力やソーラー、燃料、原子炉や核融合から電力を得る
そして、その電力をいろいろなエネルギーとして使う
魔法文明では、発掘される魔石や、高次元生命体、精霊などが持っている魔素を引き出すが、自然現象からエネルギーを作り出すという発想自体がなかったそうだ
権利は、正確には権利を守る法律の発明だ
武力を持たないが各分野で才能ある人間の権利を擁護することで、武力の有無に関係のない分野が飛躍的に進歩した
ウルとギアの友好関係の継続も、各国の条約と破棄時の(権利の侵害の名のもとによる)徹底制裁により維持された
要は、自分の嫌なことを人にするな、という当たり前のことに罰則をつけたってこと
情報処理は、数学や統計学、コンピューターなどの情報を扱う術だ
実際、魔法文明における計算は主に人間の仕事だった
数万以上の単位の計算を瞬時に計算し、数多のデータを把握・処理するデータベースの概念は、魔法文明の世界を一変させた
ちなみに、この表計算ソフトの基本は数千年変わっていないらしい
「購入品目と、値段の対照表は別シートにしました。購入月日と数量を入れたら合計金額がこのセルに表示されます」
「おぉ!めっちゃ便利だね!」
「ここのボタンにマクロ貼り付けたので、全部入力したら合計金額が必要なセルに記載されて保存されます」
「いやぁ、凄い!魔法みたいだね」
「いや、簡単な関数しか私も使えないですよ。これ、全部手入力してたらすごい時間かかりませんでした?」
「そうなのよ! 毎回気が狂いそうだったの。助かるー、また手伝ってくれない?」
「俺が出来ることなら大丈夫です」
メイルは表計算ソフトの知識がないらしく、アナログでの処理が得意らしい
電卓を片手に、すごい勢いで正確に計算されて数字が打ち込まれていく
メイルはクエストの報酬とアイテムの買い取りも担当だ
報酬に色を付けてもらう変わりに、ちょっと集計をお手伝い
いろんな仕事があるもんだ
「締め切り終わったら、また隊のこと教えて下さい」
そう言って、集中しているメイルを残して経理の部屋を出た
・・・・・・
俺は新しい装備でも探そうと、ネット検索を始める
電脳で構成されたネットワークには、数えるのがバカらしくなる程の情報が溢れている
通称ネット
ギアの情報処理技術が産み出した情報の網だ
ペアの人間は個人で必ず「多目的多層メモリ」を持っており、携帯通信情報端末とリンクさせてネットにアクセスする
個人用情報端末、略してPITという
情報ツールやモ魔の起動、各アプリを使うために戦闘中も必須の端末だ
PIT本体でも情報を表示できるが、戦闘中は腰のベルトにPIT本体を固定し、ヘルメットの仮想映像音声機器で情報を表示している
仮想モニターを視界に重ねることで、現実の視界を見ながらナビや各種情報を確認できるので便利だ
「うーん、やっぱり何から買えばいいか分からないな」
俺は整備班にでも聞きいた方が早いことに気がつき、ネット検索をやめた
MEBのハンガー
ノーマンの整備員、クルスとホンがMEBの整備をしている
「俺も早くMEB乗ってみたいな…」
「ラーズは前衛の随伴歩兵適性があるって、サイモン分隊長が嬉しそうに話していましたよ?」
整備担当の獣人隊員、エレンだ
一年先輩らしく、ため口でいいと言うのでこんな口調でしゃべる
「適性ってホバーブーツ使えるってだけでしょ? 近接武器なんか、何回か斬っただけでドラゴンブレイドの刃をこぼしちゃったし、全然ダメだったよ…」
「近接武器でモンスター退治は難しいですよ。報酬よかったし、元はとったからいいと思いますよ?」
「倉デバイスはよかったけど、近接武器はちょっと考えないとダメだね。固有装備が欲しいんだけど、どんな近接武器がいいのかな?」
「私は、固有装備を買うなら武器より鎧がいいと思いますよ?」
「鎧? 防衛軍の防弾アーマーじゃダメなの?」
「防弾アーマーは銃弾や衝撃には強いですが、刺突や斬撃には弱いですからね。これからのミッションやクエストを考えると鎧タイプがいいと思います」
「え、防弾アーマーって切られたらダメなの!?」
「ダメですよ? でも、耐刃用にすると今度は弾が貫通しちゃいますし」
「そ、そうなんだ…。最優先で鎧買わないと。いくら位するの?」
「ピンキリですけど、百万ゴルド以上するものじゃないと命は預けられないですよね。やっぱり」
「百万か、高いな…」
…防衛軍の隊員は、支給される装備品とは別に自前で揃えた装備を使うことも許されている
いや、むしろ推奨されていて、この自前の装備のことを固有装備という
この固有装備は、性能はいいが値段が高い
性能が良くなければ買う必要もないので、これは当たり前の話だ
そのため、防衛軍では敵の難易度によってボーナスが出るという制度がある
この副収入がかなり大きく、これがないと、とてもじゃないが自前の軍用装備を買うなんてことはできないのだ
危険な仕事だからこそ、報酬という形で副収入をつけている
この報酬を使って各隊員が好きな装備を揃え、戦力を強化して生存率を上げていく
戦闘担当は使う武器や装備、技能が参加出来る戦場の数に直結する
だからこそ固有装備を揃え、使える武器の種類が多くなれば評価は高くなるのだ
「今回噛まれた怪我も、鎧によっては防いでくれますからね」
エレンが俺の左腕を見て言う
腕だったからよかったが、首だったら殺されてたよな
「早めに鎧買うよ…」
怪我すると防具のありがたみが分かるってもんだ
今回のクエスト報酬は三万ゴルド
そして、今回拾えた倉デバイスは約90kgの質量を封印できる比較的新しい高性能のもので、ホクホクだった
今回みたいにいいアイテムが拾えたり、モンスターの素材が手に入れば換金もできる
地道にクエストをやりながら稼ぎ、通常の給料も節約して貯蓄
欲を出さずに地道に貯めるしかないな