閑話12 エマージェンシーコール
用語説明w
PIT:個人用情報端末、要はスマホ。多目的多層メモリを搭載している
ゼヌ小隊長:1991小隊の小隊長
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
エレン:獣人の女性整備隊員。冒険者ギルドの受付も兼務
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。明るい性格?
ビー、ビーー、ビーーー!
隊舎内に警報が響き渡る
「な、何だ!?」
「エマージェンシーコール、海軍からの発令でモンスター警報です!」
サイモン分隊長の声にエレンが答える
エレンの使う冒険者ギルド端末のモニターにエマージェンシーコールのダイアログと詳細情報が表示されている
「ああ…まだ作ってた報告書を保存してないのに…」
エレンが嘆く
エマージェンシーコールとは、大災害の可能性を感知した際に発令される
防衛軍だけでなく、関係省庁から国民まで情報を届け、周知させるシステムだ
冒険者ギルド端末はミッションやクエストを受注する端末なので、エマージェンシーコールが発令されると、その情報を全て受け取るまで他の作業ができなくなる
はっきり言ってクソ仕様だ
なぜなら、エマージェンシーコールと並行して出動があることもあるし、事務処理だってなくなるわけじゃない
もちろん、エマージェンシーコールがそれだけ最優先の事案ということは分かるのだが不便極まりない
さっさと仕様を直せや!
「エマージェンシーコールの対応ミッションが発令されました。うちに割り振られた防衛作戦は、港の警備と情報収集です」
1991小隊の隊舎は海沿いにある
隊舎の南には小さな漁港があり、短い桟橋が海までせり出している
「サイモン君とラーズ、行ってくれる? エマージェンシーコールの詳細は送っておくわ」
「了解しました」
エマの報告にゼヌ小隊長が指示を出し、防衛作戦が開始される
俺とサイモン分隊長は装備を持って桟橋に向かった
・・・・・・
防衛軍の組織構成は以下の通りとなっている
防衛庁
防衛軍総司令本部
防衛陸軍、防衛海軍、防衛空軍
(この三つの軍を合わせて防衛軍と呼ぶ)
俺の所属は防衛陸軍だ
更に防衛陸軍は三層構造の組織だ
防衛陸軍本部(大隊本部)
複数の中隊本部(それぞれが複数の小隊を管理)
管轄地域ごとに小隊が置かれている
国民が接するのはモンスター退治を行っている防衛陸軍となるので、国民にとって防衛軍と言えばほぼ防衛陸軍と言っていい認識だ
「ご主人! エマージェンシーコールの詳細が来たよ!」
「ありがとう、データ」
俺はデータが受信したエマージェンシーコールの内容を確認する
『
海軍の潜水艦が、トウク大港沖で巨大な影に体当たりをされた
魚雷で応戦したところ激しく暴れて陸地を目指して逃走した
見つけ次第すぐに討伐されたし
』
「サイモン分隊長、水棲モンスターが潜水艦を襲ったみたいですよ」
「海の中は俺達の仕事じゃないよなぁ。手の出しようがねえよ」
「そうですよね…」
俺達は陸軍
陸上での戦闘を想定した装備しか持っていない
沿岸部や川、湖、沼などで戦うことはあるので水中装備が無いわけではないが、潜水艦を襲うようなモンスターを海中で戦うのはさすがに無理だ
桟橋の先端から沖を見ると、戦艦が何隻か来ている
ちなみに、持ってきた装備とは俺が覗いているこの双眼鏡だけだ
だって、歩兵の俺達じゃ何にもできないし
リィはさっきから海に入って遊んでいる
海を楽しみすぎだ
浮遊する飛行方法は、翼と違って濡れても飛行能力に影響はないらしい
ドォン… ドォン…
遠くで響く轟音、そして水柱が立つのが見える
「サイモン分隊長、海軍の戦艦が撃ってますよ!」
「モンスターが見つかったのか!?」
「こっからじゃよく見えませんね」
防衛海軍
水中モンスターの対処や領海内の防衛を担当する
軍船や潜水艦を所持し、海の戦闘に特化した軍隊だ
「ご主人、モンスターを海軍が特定したみたいだよ! 戦闘中のモンスターはギガロドン、巨大な鮫型モンスターだって!」
データが受信した情報を確認してくれる
ビー、ビーー、ビーーー!
「え!?」 「何だ!?」
突然、俺とサイモン分隊長のPITが同時に警報を知らせてきた
またエマージェンシーコールか!?
「ご主人、今度は空軍からエマージェンシーコールが発令だよ! 領空内に巨大なモンスターを確認だって!」
「海と空に同時にモンスターって、何なんですか!」
「陸上の俺達じゃ手が出せないな…」
防衛空軍
戦闘機を保有し、飛行モンスターの対処や領空内の防衛を担当する
さらに宇宙開発も担当し、国際宇宙ステーションや衛星基地への宇宙輸送機も所有している
「ご主人! 空軍からモンスターはガルーダと特定! こっちに向かって来るよ!」
「こっちに向かってる?」
海の方から黒い点が見える気がする
「おい、あれじゃないか?」
ここからでも見える、巨大な鳥が海軍の戦艦に近づいていく
その鳥と距離を保ちながら、戦闘機が三機飛んでいる
「カオスですね。空には巨大な鳥、海の中には巨大な鮫。陸軍でよかったー」
俺達は陸上担当、公務員には管轄がある
ここは、野次馬気分で見学させてもらおう
「あそこまででかいモンスターが陸上で現れたとしても、俺達じゃきついだろ。Bランクの戦闘員呼んでもらわなきゃよ」
サイモン分隊長も、野次馬顔で双眼鏡を覗いている
確かに、あの大怪獣を倒すのに歩兵ではどうにもならない
ガルーダは一度高度を上げる
そして、急降下して、
ドッバァァァァン…!!
爆発と間違えるくらいの水飛沫を上げ、海に突っ込んだ
数秒後
ザバァァァッ!
ギガロドンの胴体を鉤爪で掴んで、海から引きずり出して飛びだしてくる
「うおぉぉぉ!? 鮫もでけぇ!」
「あの鳥、鮫を喰いに来てたのか!」
そして、俺達の頭上を巨大鮫を掴んだ巨大怪鳥が飛んでいく
「うわっ、生臭い!」
ガルーダが羽ばたくと、鮫の生臭い臭いを突風と一緒に地上に叩きつけた
「あ、さっきの波がここまで届いたぞ」
サイモン分隊長に言われて桟橋の先端を見ると、ガルーダが飛び込んだ衝撃が作った大きな波が桟橋の上を濡らしていた
「データ、録画は出来てる?」
「ご主人、バッチリだよ!」
「オッケー、ありがとう。サイモン分隊長、戻りましょうか?」
「今、ゼヌ小隊長に連絡するからちょっと待ってくれ」
俺は、北のハカル方向に飛んでいったガルーダを見る
まだ遠くに小さな点となったガルーダが見える
この星は人間だけのものじゃない
間違えると、とんでもない被害が出る
鮫だろうが鳥だろうが、あんな巨大なモンスターに襲われたら戦いようがないよなぁ…
人間の小ささを思い知らされる、ある日の午後だった