101話 妥協と悲観
用語説明w
MEB:多目的身体拡張機構の略称。二足歩行型乗込み式ロボット
バックアップ組織:各地のテロ組織に、資金、技術、人材を提供し、その活動をバックアップする謎の組織
フィーナ:二歳下でラーズの戸籍上の妹、龍神皇国のBランク騎士として就職している
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。明るい性格?
リィ:東洋型ドラゴンの式神で、勾玉型ネックレスに封印されている
デモトス先生:ゼヌ小隊長が紹介した元暗殺者で、ラーズの戦闘術の指導者。哲学と兵法を好む
オズマ:警察庁公安部特捜第四課の捜査官。ゼヌ小隊長と密約を交わし、1991小隊と「バックアップ組織」の情報を共有している
フィーナがむくれている
だが、俺はさっきの高難度であろう魔法が気になって仕方がない
「なあ、さっきの粉砕消滅魔法ってどういう原理なんだ? 熱魔法二つを混ぜ合わせて、なんで消滅なんて現象が起こるんだよ」
さっきのフィーナが使った魔法の破壊力は圧倒的だった
MEBの下半身が文字通りに消えたのだ
「…混ぜ合わせてないんだよ」
「どういうこと?」
フィーナは、むくれながらも教えてくれた
フィーナが命名した粉砕消滅魔法
この魔法を発動するには、五つの呪文詠唱が必要になる
・火属性と冷属性の詠唱
・その属性魔力を極小単位で交互に規則的に並べる詠唱
・並べた属性魔力を包み、混ざり合わないように保護する詠唱
・極小の火属性と冷属性の魔力の塊を目標に射出する詠唱
こうして構成された「粉砕消滅魔法」は、拡大して見ると、
火冷火冷火冷…
冷火冷火冷火…
火冷火冷火冷…
…
と、細胞よりも更に小さい属性魔力の粒が、交互に混ざり合わずに並んでいる
熱属性は、対象の熱エネルギーを増やしたり減らしたりする魔法だ
この魔法が対象と接触すると、包んでいた保護魔力が破れ、熱属性魔力が対象の物質に作用する
極小の範囲が高温になり、その隣は冷やされる
するとどうなるか?
高温になった物質は飛び出し、低温になった物質は収縮する
極小範囲の急激な温度差が連続して与えられ、その温度差によって物質が極小範囲で崩壊し、それが連続で起きていくのだ
結果、対象の構成物質が極小の粒となって崩壊していき、あたかも「消滅」したように見えるのだ
冷たいコップに熱いお茶を入れるとコップにヒビが入る、その現象を極小範囲で大量に繰り返し続ける、これが粉砕消滅魔法の原理なのだ
「…なるほど。消滅に見えるだけで、実際は細かく粉砕しているわけか。たしかに消滅魔法と原理が違うな」
「属性の組み合わせや消滅っぽい反応が、あの魔法と似ていているだけだからセーフでしょ? もちろん、意識はしたんだけどね」
フィーナが言っている魔法とは、火属性と冷属性をスパークさせて消滅エネルギーを作り出すあの伝説の魔法のことだ
「そういや、結局あの暴れたMEBは何だったんだ?」
「飲酒運転だって…。交通違反して降りてこいってお巡りさん言われて、飲酒がばれて免停になったら困るから逃げたんだって」
「そりゃ、酔っぱらってMEBでパトカーから逃げたらコケるよな」
MEBはバランサーがあるとはいえ、二足歩行だ
高速移動中の方向転換は四輪車よりも圧倒的にコケやすいのだ
本来、Bランクの戦闘員であるフィーナが力を使うのは禁じられているが、今回の内容なら妥当性もあり問題にはならないだろう
「ご主人! 暴走MEBのニュースが流れてるよ! 報道が集まって来てる!」
「データ、わかった。集まってくる前に帰ろう」
俺はフィーナに声をかける
「ヒャンッ ヒャンッ!」
その時、リィが俺の手を甘噛みしてきた
「痛ーっ!」
リィはまだ遊んで欲しいみたいだ
こいつ、まだ全然言うこと聞かないんだよな
だが、フィーナの腕が伸びる
ガシッ
「ヒャンッ!?」
フィーナがリィの頭を掴む
「リィ、そろそろ帰らないと。テレビ局とか報道が集まってきてるからね」
リィは嫌がって体を霊体化して逃げようとするが、フィーナは霊力を使ってリィの霊体をしっかり掴んでいる
「ヒャンッ ヒャーン…」
リィは大人しくなる
あれ、主従関係が出来た?
主人は俺だからね?
俺はため息をつく
リィを勾玉に戻しフィーナと公園を後にした
「ねえ、それより、さっき何を言おうとしたの?」
フィーナが歩きながら聞いてくる
「…」
フィーナが大切だ、それは間違いない
だが、あんな高度な魔法を作り出したり、闘氣でMEBの攻撃を受け止められるフィーナと、ただの一般兵の俺なんかが釣り合う訳がない
今は、一緒にいられるだけで充分だ…
「フィーナ」
「え?」
「俺、強くなるよ。頑張るから」
「え? う、うん…」
とりあえずごまかし、夕食をおごってフィーナのご機嫌取りをすることのした
・・・・・・
休日を潰してオズマが追っていた容疑者を救出したので、今日は代休をもらった
しかし、デモトス先生の訓練に勤しんでいる
「昨日はよくやってくれた」
「自分が犯罪行為をすることになるとは思いませんでしたよ」
俺は大岩を持ちながら答える
訓練内容は変わらないが、持つ大岩が地味に重くなってきている
「オズマ君から捜査の中間報告が来たよ。チンピラ達はマフィアの下っぱの下っぱだそうだ。理由は聞いていないが、オズマ君の追っていた男を拉致するように命じられたらしい」
「マフィアが絡んでるんですか? オズマの追っていた男って何者なんですかね」
バックアップ組織の情報を持っていて、マフィアに終われているってヤバすぎだろ
「まだ意識が戻っていないから、全部これからだろうね」
「部屋にいた女は何者なんですか?」
「オズマ君が追っていた男の彼女だそうだ。一緒に拉致されたんだろうね」
巻き込まれただけなのか、とんだ災難だ
次はバランスボールの上に立ち、中腰で水の入った壺を持つ訓練を行う
「ラーズ、前回のチンピラとモンスター、戦った結果は何か違ったかね?」
「…全然違いました。うまく言葉では説明できないんですけど」
あえて言うなら怒りかな?
あんな胸くそ悪い光景は初めてだった
「うむ、その違いが打算の有無だ。打算、つまり損得というものだね」
「打算や損得…」
デモトス先生は頷く
「モンスターを狩るのは何のためだ? 素材や危険の除去、つまり得があるからだ」
「確かにそうですね」
俺は頷く
「だが、あのチンピラの股間を潰した行為には得があったのかね?」
「…」
多分無かった
沸き上がる怒りに任せて動いただけだ
「ラーズ、これからはいろいろな敵と戦うことになる。その敵の中には人間もいるだろう。その敵と戦う際の心構えを教えておきたい」
「心構えですか?」
デモトス先生は続ける
「それこそが打算だ」
「打算…」
「必ず、必要性や損得を考えるんだ。特に人間相手だと、感情に引っ張られることが多々ある。そういう時こそ必ず打算で動くんだ。そうでないと、人質や挑発などの精神的な攻撃で必ず足を救われることになる」
打算、要は損得を考え、損が大きければ動かないし得が大きければ動くということか
確かに、あのチンピラへのだめ押しの攻撃には打算が無かった
感情で動いてしまった
そんなことではいつか失敗してしまうだろう
「はい」
俺は大きく頷いた
次の筋力トレーニングをなんとか終え、食事に向かう
大量の飯を食べ、ナノマシン群の素材溶液を飲む
最近は、デモトス先生の訓練に普通についていけるようになった
順応って素晴らしい
順応といっても疲れなくなるのではなく、疲れてもこなせるようになるというだけだが
休憩後には実戦訓練だ
お互いにナイフを構える
最近はデモトス先生がナイフの技を教えてくれるようになり、ナイフの上達を感じている
「ラーズ、Bランクと戦うために必要なことは何かね?」
「意表をつく技です!」
俺はナイフを突きながら答える
不意に腕を取られて、そこを支点に崩され頭から投げ落とされる
「ぐあっ!」
頭を守りながら、前に転がり腕を振りほどく
あ、合気の技か!?
「もっと根本的なことだ。答えは悲観と妥協をはねのけることだ」
「悲観と妥協…」
「悲観も妥協も努力からの逃げに他ならない。黙って苦悩に耐え、努力し続けた者は必ず山の頂上にたどり着くはずだ! それがBランクの山だったとしてもな!」
悲観と妥協か…
フィーナの戦いを見て、思いっきり悲観して妥協しようとしていた気がするな
努力しかない、その通りだ