99話 裏仕事
用語説明w
バックアップ組織:各地のテロ組織に、資金、技術、人材を提供し、その活動をバックアップする謎の組織
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。明るい性格
リィ:東洋型ドラゴンの式神で、勾玉型ネックレスに封印されている
ジード:情報担当の魔族の男性隊員、補助魔法が得意
デモトス先生:ゼヌ小隊長が紹介した元暗殺者で、ラーズの戦闘術の指導者。哲学と兵法を好む
オズマ:警察庁公安部特捜第四課の捜査官。ゼヌ小隊長と密約を交わし、1991小隊と「バックアップ組織」の情報を共有している
朝からやかましい
データとリィが騒いでいる
「リィ! 僕のアバターをつつかないで!」
「ヒャンッ」
リィはデータのアバターが気になるらしく、さっきから付きまとっている
リィは普段、神社で買った勾玉型ネックレスに封印しているが、世間に慣れるために出来るだけ外に出すようにしている
式神は使役者の霊力を吸うことも出来るのだが、俺には霊力がほぼ無いため神社で買った餌札の霊力を与えている
「ご主人! 僕に外部稼働ユニットを買って! リィと遊びたいよ!」
「そうだなー。だが、今は四十万ゴルドの借金持ちだからしばらく待ってな」
データのアバターはカメラの方向を変えるくらいしか動かせないから、自由に動ける体が欲しいのだろう
「ご主人! このプランなら来月には買えるよ!」
データがPITに返済プランを表示する
「一日に三個のクエストって無理だろ。人間はデータと違って睡眠ってものが必用なんだから」
「ちぇー」
データは分かってて言ったのだろう
冗談まで言えるようになったのか、AIのくせに
今日はゼヌ小隊長から突然連絡があり、特別な仕事があるから喫茶店に行ってと言われた
貢献褒賞をもらった分、頑張らねば
指定された喫茶店に行くと、デモトス先生とジード、そしてオズマが来ていた
「え!?」
何で警察庁の公安であるオズマがここに?
「何だ?」
オズマがジロリと目を向ける
「ラーズ、早く座れ」
ジードに促される
「よし、揃ったね。ではジード君、改めて作戦の説明を頼むよ。」
デモトス先生に言われ、ジードが今日の仕事の説明を始めた
……
…
「…絶対に嫌です!」
今日の任務は完全な犯罪行為だった
喫茶店の先にある雑居ビル
これの二階がチンピラの溜まり場になっている
ここに公安が探していた容疑者が監禁されているらしい
テロ組織の情報を持っている可能性があるので絶対に確保したい
「そういうわけで、ジード君が施錠とセキュリティを解除、ラーズが単独で制圧だ」
「え! 私一人でですか!?」
「相手はチンピラ三人くらいだから問題ない、ちょうどいい制圧訓練になると思ってね。制圧したら金目のものを奪って物取りに見せかけること。制圧後、匿名の電話が警察に入りオズマ君達警察が臨場して来るから急いで脱出だ」
え、逃げ遅れたら俺が逮捕される?
やってることは強盗と襲撃だし
「あと、奴等はドロボウもやってるらしくてね。部屋にある盗品を全部持ってきてもらいたいんだよ」
「…盗品ですか?」
デモトス先生が頷きながらコンバットナイフを二本渡してくる
「銃は流れ弾が外に出ると危険だ、ナイフだけで制圧してくれたまえ。ただ、相手は銃を持ってるかもしれないから気を付けなさい」
「いや、待ってください! これって完全に犯罪ですよね? 何で警察で突入しないんですか!?」
「拉致されたという情報は盗撮と盗聴で得たからな。この違法捜査がバレると、今後のテロ組織捜査がやりづらくなってしまうんだ」
ジードが答える
「いや、だからといって…」
「時間もないのだよ。これを見なさい」
デモトス先生が、タブレット端末の映像を見せる
映像には、室内の様子が写し出されている
ドローンか何かで室内を盗撮しているらしい
「これって…」
部屋の奥の椅子に、縛り付けられている男がいる
顔はボコボコに腫れ上がり、力無く項垂れている
更に奥にはパイプベッドがあり、そこに裸の女が寝かされていた
腕が縛られており、ベッドのシーツに血が飛んでいることから暴行を受けているのだろう
「奴等は二人を始末するつもりのようだ。現状ですでにかなり暴行を受けている。治療のために制圧は急がなければならない」
デモトス先生が続ける
「入り口のドアが開いていて、中を見ると部屋が荒らされていて強盗が入ったと通報。警察が中に入ると被害者を発見。シナリオはこんなところだろう」
ジードも頷く
だが、リスクが高すぎないか
人数と配置がわかっているならいけるか?
「相変わらずやる気がないな」
「は?」
あれこれ考えていると、オズマが呆れるように言う
こいつ、そろそろヤってやろうか?
「こっちは違法行為を黙認して国益を優先している。つまり、監禁されているらしい男はそれだけの価値があるんだ」
「だから、何なんですか?」
「何だと!? 戦いしか出来ないのにそれを拒否するのか! もっと積極的になったらどうなんだと言っている!」
「戦うのはこっちなんだ、リスクを考えて何が悪い! そもそも被害者がいるとわかってるなら警察で救出すればいいでしょう!」
掴みかかりそうになった時、デモト先生が止めた
「ラーズ、テロ組織やバックアップ組織はひたすら情報を集めるしか尻尾を掴む方法はない。そして、情報を引き出す取り調べや裏付けは警察にしかできないんだよ?」
「…はい」
だからこそ、警察を違法行為に関わらせることはできない
違法行為、違法捜査が明るみに出れば、情報を得られないばかりか今後の捜査に支障をきたす
テロ組織やバックアップ組織の情報は、まだ無いに等しいのだ
「そして、オズマ君。ラーズは積極的だよ? リスクを把握することは必用なことだ。リスクを直接負う実行者のやり方に任せてくれたまえ」
「…はい」
オズマも頭を下げる
いや、俺に下げろよ
「これは報酬の前払いだよ」
そう言って、デモトス先生は四角いものを俺に渡した
「これは?」
「君のAIのアバターだよ。赤外線の熱源センサーカメラを搭載しているから、壁越しでもある程度熱源が分かるはずだ」
俺は早速アバターを付け替えてみる
「データ、見えるか?」
「ご主人、バッチリだよ! 有視界と熱源での索敵は任せてよ!」
俺は、デモトス先生にお礼を言う
「お礼はゼヌにいいたまえ。当然だが、失敗の際の責任はゼヌも取ることになるし、本人もそのつもりだろう。しっかりな」
「はい…」
こうして、作戦が開始された
「よし、現場に行こう」
デモトス先生が言う
俺はデモトス先生とジードについて、現場のビルに来た
オズマは警察署で待機だ
「作戦を開始する」
ビルのエントランスで、ジードがPITを操作する
「何をするんですか?」
「このビルのセキュリティサーバをクラックをするんだ」
「クラック?」
「そうだ。DDos攻撃といってな、複数のコンピューターから大量のデータを送りつけてサーバをダウンさせる。オートロックの電子鍵と防犯カメラのログをサーバの再起動の間だけ潰せるんだ」
え、何なのこの人?
本物の犯罪者だったの?
「よし、サーバがダウンした。入ろう」
俺達は停止したエントランスの自動ドアを手動で開け、堂々と階段で二階に上がる
二階の端の部屋が現場らしい
ドアは魔法鍵とシリンダー錠の二重施錠タイプだ
「このドアだな。魔法鍵を解除する」
ジードはそう言って、現場のドアに手を当てる
「では、今のうちにシリンダー錠を開けておくとしよう」
デモトス先生が、ピッキングを始める
え、だから何なの?
この人も犯罪者…、って元暗殺者だった
カチャッ…
フォン…
「開いたぞ」 「開いた」
ドアから小さな音がして、デモトス先生とジードが同時に言う
次は俺の出番
後は踏み込んで制圧するだけだ
窓の外からの映像で、制圧対象は三人、救出対象は二人を窓側の部屋で確認済み
入ろうとする俺にデモトス先生が声をかける
「落ち着いて、訓練通りにな」
俺は頷いて扉を開けた