96話 猩猩2
用語説明w
輪力:霊力と氣力の合力で特技スキルの源の力
MEB:多目的身体拡張機構の略称。二足歩行型乗込み式ロボット
倉デバイス:仮想空間魔術を封入し、体積を無視して一定質量を収納できる
フェムトゥ:外骨格型ウェアラブルアーマー、身体の状態を常にチェックし、骨折を関知した場合は触手を肉体に指して骨を接ぐ機能もある
サイモン分隊長:MEB随伴分隊の分隊長。巨人族の血を低く巨漢で丸坊主。蒼い強化紋章を使う(固有特性)
リロ:MEBパイロットの魚人隊員。十歳程度の少女の容姿をしている
猩猩は、全身の毛を逆立てて周囲を睨み付ける
超振動魔法の破壊力は桁違いだった
だが、魔力の消費も比例して大きいはずだ
足を負傷し、奴には余裕がない
だから、魔力消費を度外視して大技を使ったのだろう
ここからはじっくり削っていけばいい
「俺が攻撃を受け止める、合わせろ!」
サイモン分隊長が大盾をかまえる
ギガントシールドで物理ダメージを、聖騎士の鎧で魔法ダメージを軽減して受けとめる、いつもの構えだ
一度攻撃を受けとめて、その隙に行動力を奪い有効打をぶち込む
俺は武器をスナイパーライフルのイズミFに交換し、もう一本の小型杖を取り出す
ドンッ!
牽制と嫌がらせを兼ねた狙撃だ
三メートルの巨体に対して傷口は小さいが、痛みはあるだろう
リロの操縦するMEBは、既にMEB用の巨大アサルトライフルを捨てて素手での格闘準備に入っている
貴重な猩猩の毛皮をできるだけ傷付けないようにという配慮だろう
ホバーブーツの俺が飛び込んで大技を誘う、その大技をサイモン分隊長が受け止めて防ぐ、大技後の隙でリロが仕留める
雑だがそんな作戦だ
俺は右手にイズミFを持ち、左手で小型杖をすぐに取り出せるように準備、更に背中にロケットハンマーを背負う
毎回思うが、俺の戦い方は武器の持ちかえがめんどくさい
サイモン分隊長の盾やロゼッタの片手剣、カヤノの思念誘導弾といったメインの武器がない
状況や敵によって杖や銃、ロケットハンマーやロケットランチャー、モ魔にハンドグレネードなどを持ち変え、装填もしなければならない
武器を持ちながらホバーブーツで移動し、また持ち変える
倉デバイスが有るとはいえ出し入れには時間がかかるし、正直もう一本くらい手が欲しいと思ってしまう
それだけ俺の使用武器が増え、戦術が広がった成果ではあるのだが
俺はエアジェットでサイモン分隊長を追い越し前に出る
そして、三回射撃
ドンッ ドンドンッ!
「グギャァァァ!」
猩猩は、大声を上げながら突風砲を撃ち返す
ボヒュッ ドゴォッ!
エアジェットでで飛び回る俺には当然当たらない
左右にエアジェットで移動しながら、猩猩の下半身を狙いつつ距離を詰める
「ゴォォッ!」
猩猩が威嚇を始める
…少し重心を下げたな
ブゥンッ!
「…っ!」
そう思った瞬間、猩猩が飛びかかって来た
だが、見えている
俺の意表を突かなきゃそんな攻撃は当たらない
大振りの捨て身のパンチを避けると、膝を負傷している猩猩はそのまま転倒する
魔法の詠唱も構築も無い、チャンスだ!
カウンターを警戒しながらもチャンスは逃せない
ヒュンッ
俺は小型杖を振り、拘束の魔法弾を当てる
更に、背中のロケットハンマーを構えながら飛び込んだ
だが、今回は猩猩が一枚上手だった
俺の方が圧倒的有利だったにも関わらず、五分の状況に持っていかれたのだ
ロケットハンマーを構えた瞬間、猩猩がこっちを見ていることに気がついた
ゾクリ… 背筋がぞわつく
これが殺気だ
デモトス先生の訓練を経て、このぞわつく感覚を感じるようになった
言葉では表現できない、だが感じるのだ
猩猩は振り返りながら、右腕のパンチを放つ
その拳の周囲で砂埃が巻き上がるのが見える
…特技だ
こいつ特技まで使えるのか!
確かに、こいつの説明は「風属性に親和性がある」で、風魔法と限定はしていなかった
魔法は魔力に法則性を構築し、その属性にあったエネルギーとして発動させる
法則性を与えるために、呪文や術式を使う
だが、特技は法則性の構築は必要ない
氣力と霊力を混ぜ合わせる過程で属性が発生し、今回であれば風属性の輪力を作り出し特技として放つ
法則性の構築がない分隙はないが、発動は小規模となるのだ
猩猩の特技は、要はパンチに風を纏っただけなのだが、当然風力分のエネルギーが乗った強力なパンチとなるだろう
かわせない
だが、お前もかわせないだろ?
それなら全力の殴り合いしかない
「グガァァァァ!」
ボッ!
猩猩の怒号とジェットハンマーの点火は同時だった
俺はホバーブーツのエアジェットで突っ込み、更にジェットハンマーのジェットで加速
一瞬早く、俺のジェットハンマーが猩猩の右肩を粉砕した…ように見えた
ブゴオォォォォッ!
竜巻パンチ(仮称)が纏っていた風が、俺めがけて噴出
俺の体は後ろに吹っ飛ばされた
どうやら、ただの竜巻ではなく高圧状態の空気の塊が渦を巻いていたらしい
それをパンチの方向に噴出する特技だったようだ
ゴオォォォォォォォ…
まずい、落ち着け
受け身を取らないと死ぬ
ゴオォォォォォ…
今の俺の体幹ならできる
自分の努力を信じろ
ゴオォォォ…
回転して足から着地しろ
足にダメージを受けるが、フェムトゥの保護力に賭ける
ゴオォ…
足に意識を集中しろ!
ナノマシン群、俺の固有特性!
回復頼んだぞ!
ギュィィィン…
その時、不思議な感覚が下半身を走る
その一瞬後…
ガガガガガガァァ…
俺は両足から、そして両手も突きながら着地
後ろに吹き飛ばないよう、手足で大地にしがみついてバランスを確保する
俺の前には、地面をえぐった四本の溝が出来ていた
ぐぅぅ… 痛ぇ…
だが、衝撃を受け止めた足は折れなかった
よし、回復薬を飲んで戦線に復帰だ
ちょうどその時、猩猩が何とか起きあがったところだった
右腕の付け根はジェットハンマーで損傷、膝にも散弾がめり込んでいて、更に拘束の魔法弾を受けている
後は仕留めるだけだ
「リロ、行くぞ!」
「はい!」
サイモン分隊長が前に出て、リロのMEBが続く
「グギャァァァッ!」
猩猩が威嚇の咆哮
だが、サイモン分隊長は動じずに大盾を構える
猩猩が、魔力を集めて風魔法を構築していく
全身の毛を逆立て、周囲の空気に風魔法を発動させるのだ
「…っ!」
キィィィーーーーン…
かん高い嫌な音が周囲に響いた瞬間、
ゴガガガガガガァァァン…!
猩猩の周囲が見えない力で粉砕される
「リロ、今だ!」
だが、強化紋章が発動したサイモン分隊長はその衝撃を受け止め切った
すぐ後ろで衝撃から守られたリロのMEBが飛び出し、猩猩の首と肩口を掴む
並ぶと、三メートルある猩猩よりもリロのMEBの方が一回り大きいことが分かる
リロは、一度右に猩猩を振った後、猩猩の体を自分側に引き出しながら右足で猩猩の左足を股側から思いっきり払った
内股
相手を自分側に引き出して片足を内側から払う投げ技だ
だが、普通の内股ではなく右手で掴んだ首を地面に叩きつけ…
ドゴンッ!
MEBの右腕に装着されたパイルバンカーを作動させた
パイルバンカー、火薬の力で杭を打ち出す近接戦闘用兵器だ
猩猩は、首の付け根にある脳幹付近を貫かれ絶命した
あの魔法を受け止めたサイモン分隊長、MEBで生身の俺でも難しい投げ技を繰り出すリロ
…凄すぎる、戦線に復帰する間もなかった
こうして、今回の防衛作戦は終わりを向かえる
「情報1より各員、中隊本部員が間もなく到着する。それぞれ状況を報告しろ」
「こちら、遊撃1。目標は討伐完了、現在搬送準備中」
「こちら、遊撃2。キラーエイプは逃走を開始した。猩猩の討伐に伴うものと考えられる。もう大丈夫だと思うよぉ!」
「こちら、遊撃3。対象1は確保。人数は三人で、一名が怪我により自立歩行できない。搬送の応援を願います」
「リーダー了解。みんなお疲れ様! 最後まで気を抜かないようにね」
こうして、それぞれが協力して作業を続けるのであった