95話 猩猩1
用語説明w
ジード:情報担当の魔族の男性隊員、補助魔法が得意
ロゼッタ:MEB随伴分隊の女性隊員。片手剣使いで高い身体能力を持つ(固有特性)
リロ:MEBパイロットの魚人隊員。十歳程度の容姿をしている
クルス:ノーマンの男性整備隊員、車両の運転も兼務
ホン:ノーマンの女性整備隊員、車両の運転も兼務
MEB:多目的身体拡張機構の略称。二足歩行型乗込み式ロボット
魔石装填型小型杖:使いきり魔石の魔法を発動できる
ホバーブーツ:圧縮空気を放出して高速移動ができるブーツ
フィーナは気にしてなかったようで、「そんなこと気にしてたの?」と言って、笑って許してくれた
これをカヤノに話たら、押し倒されて気にしてない女がいるわけないでしょ? と言われて、何も言い返せなかった
なんかもう考えるのめんどくさい
もうやめよう…モウカンガエタクナイ
…こっちの心理状態を無視して、防衛作戦が発令した
相手はCランクの哺乳類型モンスター、猩猩
全長が三メートル以上ある猿のような容姿で、風属性と親和性が高い
ハカルの関与は不明、だがシグノイアの西側は生息圏ではないはずだ
そして、今日はニュースが一つ
我が隊の隊員で、消防防災庁に出向していたリロが、研修を終えて戻ってきたのだ
実は何日も前にリロの復帰の日程は知らされていたのだが、訓練で全く把握していなかった
「ラーズさん、よろしくお願いします!」
「呼び捨てでいいよ。テロ事件の時はありがとう、こちらこそよろしくね」
リロと握手をする
改めて見ても、十歳くらいの魚人の女の子だ
防衛軍には不釣り合いすぎるが、何か理由があるんだろう
いきなり踏み込むのも嫌だし、機会があれば聞いてみよう
「はい、注目!」
ゼヌ小隊長が手を叩いて呼び掛ける
「今日から、やっと1991小隊はフルメンバーよ。そして、早速手柄を立てるチャンスが来てくれたわ」
「すでに、討伐に当たった二つの小隊が討伐に失敗。うち一つは現場に残され救援要請を出している」
ジードが説明を引き継ぐ
「これでフルメンバーの私たちが討伐を成功させれば、うちの隊の人員の必要性がアピールできるし、他の小隊救助の褒賞金も出るし、いいこと尽くしね」
「褒賞金については、ゼヌ小隊長が猩猩の情報を渡してあげなかったからの気もしますが…」
「あら、公開されている情報なのよ? 必要な情報は自分で集めないと」
ゼヌ小隊長が穏やかに微笑む
うん、あれは悪い笑顔だ
俺達戦闘員が指示を受けている後ろでは、整備班がリロのMEBの調整を急いでいる
エマが書類やデータを処理し、シリントゥ整備長とクルス、ホンの三人でロボット一体を仕上げるんだから大変だ
「チェックは?」
「終わっています。ただ、腰部の雷・水属性制御の人工筋肉型魔導アクチュエーターがそろそろ交換時期ですね」
「あれ、高いのよねー。いい機会だから、今回の素材売って買い換えしちゃいませんか?」
「素材が金になる、いい獲物が回ってきたしな。ぐふふふ…」
この小隊、悪い笑顔で満ち溢れてるよ!
「おう、ラーズ。お前、ローン組むんだろ? 今回の作戦が成功したら追加報酬が出るからよ、頭金に出来るんじゃないか?」
「え、追加報酬出るんですか!?」
「Cランクの強敵で、すでに失敗事例もある。間違いないぜ」
「サイモン分隊長、頑張りましょう! うひひひ」
「…悪い笑顔になってるぞ?」
こうして、1991小隊フルメンバーによる初の防衛作戦が開始された
ちなみに、今回は1991小隊のみの力でミッションを成功させるという建前が必要なため、デモトス先生は隊舎でお休みだ
俺としては、ちょっとだけ気を抜けるからラッキーだったりする
・・・・・・
「総員、戦闘配置!」
ゼヌ小隊長が号令をかける
猩猩は森から出てきていた
森林を住処とするモンスターが平原に出てくる、それは防衛軍に追いたてられ興奮状態ということだ
「情報1から本部、目標は興奮状態、更に森林からキラーエイプと思われるモンスターも集まって来ています」
「リーダー了解。キラーエイプは猩猩に触発されたと思われる。遊撃2、単独での足止めは可能?」
「遊撃2、可能です。了解ぃー」
ロゼッタが答えて森に向かう
「情報1から遊撃3、救助者を捕捉した。以後、呼称を対象1とする、救助に向かえ」
「遊撃3了解」
カヤノが飛行ユニットを稼働させ、森の上空を飛んでいく
「射撃1は迫撃砲準備! 遊撃1及び4、MEB1は射撃に合わせて攻撃を開始しろ」
クルスとホンが操縦するT7型装甲陸戦車両が砲身を上げる
「遊撃1、了解」「遊撃4、了解です」「MEB1了解しましたー」
サイモン分隊長と俺、そしてリロのMEBが猩猩の討伐だ
ドッゴォーーーーーン
T7型戦車の迫撃砲で派手な開戦合図を響かせる
「グギャオォォォォーーー!」
猩猩が威嚇の咆哮を上げる
迫撃砲は外れたのか?
猩猩にダメージは見られない
俺とリロのMEBでアサルトライフルの射撃
猩猩は軽快なステップで動きながら風魔法の突風砲を放ってくる
ドガガガ! ガガガガガッ バラララララッ!
ボゥッ ドンッ! ボヒュッ ドンッ!
お互いに捉えきれず、有効打を当たえられない
「こ、こいつ早いよ!」
リロが驚きの声が聞こえる
だがリロのMEBは、でかいのに器用に風魔法を捌いている
Cランクは伊達じゃない
よし、俺も狙っていこう
…作戦が開始されて気がついたことがある
以前よりも視野が広く感じるのだ
前よりも戦場を広く見ることができる
怖いのに怖くない
恐怖はある、だがそれが当たり前になっているのだ
心地いい緊張感で、思考がクリアになっている
視界やインカムの情報が素直に入ってきて、思考に使うことができる
更に、ホバーブーツだ
訓練の間ホバーブーツを使っていなかったのだが、久しぶりに使ってバランスが劇的に変わっていることに気がついた
体がぶれない、指先で体重を感じ、すぐさまニュートラルにバランスを戻せる
多少無理な体勢でもコントロールできるのだ
殺気による思考のコントロール、フィジカルの強化によるバランスの強化、たった半月でここまで変わるものなのか…
自分が自分じゃないみたいだ!
ヒュン!
俺は左腕に付けた小型杖を振り、装填された力学属性引き寄せの魔法弾を撃つ
猩猩からずれた方向に撃ったことことにより、カウンターの突風砲は撃ち返すが移動はしない
ビュォォォォンッ
着弾地点の大地に一気に引き寄せられ、高速移動
今の俺なら、その慣性に負けずに体勢を維持できる
突然移動してきた俺に、猩猩は驚いて隙を見せる
ガシュッ!
「ゴアァッ」
着地して一気に飛び込み、膝に散弾を直撃させる
しかし、猩猩は体勢を崩しながらも風魔法を撃ち返す
ボヒュッ ドゴォッ!
伸ばした腕の先から突風が発射され、着弾した地面が抉れる
「…?」
もう一発散弾を撃ち込もうと、一瞬 猩猩を観察して違和感を感じる
こいつ、突風砲を撃った後も呪文を唱えている
ボゥッ!
俺は、エアジェットを噴射して距離を取る
後は、遠距離からの狙撃で削ればいい
ゴガガ…ガガガガガッ…ァァァ…ン…!
体勢を崩した猩猩の周囲一帯に奇妙な風と振動が発生し、地面が一瞬にして削られる
粉砕されや大地の粉が、煙幕のように立ち上がった
「な、何だ!? ラーズ、無事か!」
サイモン分隊長の緊迫した声がインカムから聞こえる
「ぶ、無事です!」
…削られた地面と振動、あれは恐らく超振動粉砕魔法だ
大気の気体に風魔法でエネルギーを与え、超振動波を発生させて範囲内の物質を粉砕する
猿がそんな高度な魔法を使えるなんて!
あれ、距離とってなかったら俺が粉砕されてた?
あ、危なかった…
「リーダーから戦闘員、その魔法は指向性を持っていないわ。範囲が広い分、遊撃1の魔法防御で受けとめられるはず。MEB1が組伏せて、遊撃4は補助に入って」
うちの首脳陣は、分析と考察を終えてすぐに作戦を立ててくれる
頼りになるな
よし、仕切り直しだ