90話 式神
用語説明w
フェムトゥ:外骨格型ウェアラブルアーマー、身体の状態を常にチェックし、骨折を関知した場合は触手を肉体に指して骨を接ぐ機能もある
霊札:霊力を込めた徐霊用の札
フィーナ:二歳下でラーズの戸籍上の妹、龍神皇国のBランク騎士として就職している
十日ぶりの帰宅
フィーナは夜勤らしく帰りは明日の朝になるらしい
ああ! 自宅! 最高だ!
訓練から離れ、心身共にリフレッシュできる
しかも、明日は休みだ
そういえば、泉竜神社の宮司ヒコザエモンさんからメッセージが来ていた
訓練で余裕がなく、返信もしていなかったから明日行ってみるかな
シャワーを浴び、歯磨きをして、布団に横になる
さあ、今日は一人だし夜更かしだ
隊舎でも食事や洗濯、睡眠と特に問題はないのだが、やはりリラックス度が違うんだよな…
……
…
ガチャッ…
「ただいまー。ラーズ帰ってる?」
「…はっ!?」
フィーナが怪訝そうな表情になる
「何で驚いてるの?」
「…やっちまった」
「え?」
「久々に自分の布団で横になったら、いつの間にか寝てしまってた…。夜更かししようと思っていたのに!」
まさかリラックスし過ぎて朝まで爆睡してしまうとは、自宅恐るべし
「久しぶりに帰ってきて疲れてたんじゃない?」
そう言ってフィーナは自分の部屋に入っていった
・・・・・・
俺達は泉竜神社に向かっている
フィーナに、「神社のついでに遊びに行こうよ」と誘われ、十日ぶりの町を満喫中だ
町はなんて楽しいんだ
甘い飲み物、ホットスナック、お菓子…、生きているからこそ食べられるんだ!
「凄い食べるね、ラーズ」
「ちょっと、ジャンクに飢えてたからね」
訓練中は、美味しさよりも疲労回復、そして体を作るものを優先して食べるし、食べ切ることに集中するので味なんか気にしていなかった
カロリーってとても美味しいものだったんだ
泉竜神社に到着
鳥居の前で一礼して、境内へ入る
「ねえ、ラーズ。ちょっと背中が大きくなったんじゃない?」
後ろをついてきたフィーナが、俺の背中を見て言う
「そう? 筋トレもだいぶやったからかもな」
お参りを終え、社務所に向かうと宮司のヒコザエモンさんが社務所の前を掃いていた
「ヒコザエモンさん、おはようございます」
「ラーズさん、おはようございます。来てくれたんですね」
ヒコザエモンさんはメガネを直しながら挨拶を返してくれる
「メッセージもらったのにすみません。訓練で絞られてて返信を忘れてしまいまして」
「大変そうですね。今日は時間ありますか? ラーズさんにオススメの商品を入荷したんですよ」
「商品ですか?」
そう言って俺は頷きを返し、社務所の中へ案内された
社務所の中、テーブルを挟んで俺達はヒコザエモンさんと向かい合って座る
「それで、商品というのは除霊用アイテムですか?」
俺はヒコザエモンさんから、俺が使っている鎧、フェムトゥの呪いを弱める霊札を定期的に購入している
その縁で、防衛軍で除霊任務の際に使えるアイテムがあれば教えて貰っているのだ
「除霊にも使えます。ただ、それだけじゃない、とても貴重なものなんです」
な、なんか怪しい訪問販売みたいになってきたな
そんな俺の表情に気がついたのか、ヒコザエモンさんは慌てて話を続ける
「別に怪しいものじゃないんです。これを見て下さい」
そう言ってヒコザエモンさんは和紙に包まれた御札をテーブルに置く
「これは、御札ですか?」
「はい、式神が封印されている御札です」
「式神?」
「式神って陰陽師が使うやつ…!?」
フィーナが驚いている
式神とは
神、悪魔、悪霊、妖怪、鬼、そんな霊的な存在だったものが様々な方法で封印され、使役される
契約を結ぶことで、その式神は使役者の命令に従うのだ
式神によっては、それぞれ特殊な能力を持っていることもある
霊的な構造を持つ幽霊に近い存在だが、幽霊とは違い必要に応じて物質化したり元から物質体を持っている場合もある
陰陽師系列の組織が特許を持っていることに加え、通常は式神を作成した術者が使役するので売りに出されることはないはずだ
なので、それが買えるとなると確かに貴重な機会だ
「そ、その式神を売って貰えるんですか!?」
「訳ありなんですよ。どこかの犯罪組織が検挙された際に発見されたもので、うちの神社に卸してもらいました。防衛軍のラーズさんなら除霊にも戦闘にも使えるかなと思いまして」
「…ちなみにいくらなんですか?」
「出所が不明の物なので、二百万ゴルドでどうですか?」
…欲しい、式神が手に入るなら安いと思う
だが、金が足りない
「ちなみに、私の霊力ってかなり低いんですが契約は可能ですか?」
「試してみますか?」
そう言ってヒコザエモンさんは式神のお札を差し出す
俺が手を触れると、仄かに霊力が発せられる
シュゥゥゥゥ…
静かに霊力で半透明の姿が形作られる
蛇のような長い体、たてがみに二本の角、東洋型ドラゴンの式神だ
ドラゴンは、体の作りがトカゲタイプなら西洋型、蛇タイプなら東洋型に分けられる
他に、竜の宝珠を作り出すタイプの宝珠型、それ以外の多頭タイプなど分類が難しいものが異形型と、体の構造によって四つの型に分類されている
四つの型に分けられ、更に前足の構造で振竜や飛竜、水竜といった種に分類されていくのだ
東洋型ドラゴンの式神は契約が終わっていないため、丸くなって目を閉じている
「うん、姿が見えればだいじょうぶですよ。後は契約さえすれば目覚めます」
「ちなみに、何で私に話してくれたんですか? 買い手はたくさんいそうですけど」
「それはお得意様ですからね」
そう言って、ヒコザエモンさんは微笑みながら続ける
「…本音を言うと、出所が不明な物を簡単には捌けなくて。でも、ラーズさんなら、防衛軍だし所有権の手続きさえすれば大丈夫だと思いまして」
「出所が不明だと何か問題があるんですか?」
「例えば、後からそれは俺のだ返せオラッ!って来た場合ですね。防衛軍なら権利を主張すれば、それ以上文句を言う馬鹿はいないと思いますので」
「な、なるほど…」
「それに、ラーズさんはお得意様なので、式神の餌もうちから買ってくれるかなって期待もしていますよ?」
ヒコザエモンさんは笑う
最近の宮司は商売も出来ないといけないらしい
「…ローンって出来ますか?」
「ラーズさんはDランクになったんですよね? 防衛軍として活動してこられた実績もありますので大丈夫です。ただ、戦死の危険もあるので保険にだけは入ってくださいね」
俺は、とりあえず上司に相談すると言ってキープしてもらうことにする
Dランクになりローンは組んでもいいはずだが、上司の許可がいるのだ
ヒコザエモンさんに挨拶をして神社を後にした
「フィーナは式神ってどう思う?」
「私はいいと思うな。ラーズが買わないなら私が欲しいくらいだもん」
「そうだよな。式神って、霊的構造のロボットみたいなもんだろ? 壁もすり抜けられて、物質化すれば攻撃も出来る。データの外部稼働ユニットを買おうと思ってたからちょうどいいかも」
「でも霊体だけで動いちゃうと、霊力の攻撃や弱点属性の魔法で一発でやられちゃうんじゃない? ちゃんと物質化させて使わないと危ないと思うよ」
「あー、霊体のゴーストとか霊札で一発昇天するもんな。そんなに上手くはいかないか…。でも、指示を聞いてくれる仲間が増えるのはいいよな」
「うん。買う価値は絶対にあると思う! 二度とこんなチャンス無いかもしれないし、あの式神可愛かったし」
可愛さ…は、無視するとしてやっぱり買いだよな
よし、フィーナの後押しで完全に決めた
ローンだけど…式神を買う!
これは衝動買いじゃない、しっかり必要性を考慮して…
いや、ごちゃごちゃ考えるのはやめよう、買うったら買う!
いい出会いに感謝しつつ、上機嫌でフィーナと遊びに行く
その後、宅飲みすることにした
なんていい休日だ