89話 訓練十日目
用語説明w
ナノマシン集積統合システム:人体内でナノマシンを運用・活用するシステム。ラーズの固有特性となった
カプセルワーム:ぷにぷにしたカプセル型で、傷を埋め止血と殺菌が出来る
デモトス先生:ゼヌ小隊長が紹介した元暗殺者で、ラーズの戦闘術の指導者。哲学と兵法を好む
エマ:医療担当隊員。回復魔法を使える(固有特性)
デモトス先生の訓練も、もう十日目だ
だいぶ慣れ、そして体に変化があった
最初に単純な筋力
負荷をかけても、筋肉痛が酷くならなくなった
たった十日とはいえ、体が少し大きくなった気がする
更に、ナノマシン集積統合システムの治癒力の向上
伊達に毎日怪我をしていない
意識を集中するだけで応急処置、重傷でもカプセルワームを併用すれば出血を止めることが出来るようになった
更に、ナノマシン群の体内含有量の増加
皮膚細胞がナノマシン群の含有量を増やしたことにより、皮膚の硬度が約二倍に増加
更にナノマシン群が赤血球を模したことにより心肺能力も増加したした
これらは、度重なる切り傷と出血に対するナノマシン集積統合システムの回答であるとのエマの見解だ
嬉しいことはもう一つ
サイキック能力も向上した
これは、間違いなく実戦訓練が理由だ
デモトス先生の殺意、危険な訓練へのストレス、これがサイキック能力を磨き上げた
この十日間で、サイキック訓練での集中力が変わった
簡単に精力を感じ、放出し、押さえられる
テレパシーを受け、少しならテレパシーを送ることさえも出来るようになった
更に、テレキネシスも発動した
小さい小石に、浮かせる力や弾く力を働かせることができた時は感動した
今では、自転車に乗れた時のように今までなぜ出来なかったのかが分からないくらいだ
たかだか十日で俺の脳ミソを作り替えてしまった
殺意と死へのストレスとは本当に恐ろしいと思う
この十日間、俺は家に帰れなかった
それは、怪我の治療や輸血、そして疲労で帰ることが出来なかったのだ
だが、デモトス先生が
「そろそろ家に帰ってもいいんじゃないかね?」
と言ってくれたのだ
素直に嬉しい
帰れることもそうだが、殺意と死の時間から離れられることが本当に嬉しい
フィーナに会いたい
いつも、一緒に住んでいて当たり前だと思っていたが、今は会いたくてしょうがない
あれ、俺の心が弱くなってる?
なぜこんな泣き言を考えているのだろう?
さ、訓練が始まる
気持ちを切り替えなければ…
・・・・・・
お決まりの、甲羅を背負って一本下駄、岩を抱えて歩く
「今日、大怪我なければ、集中訓練は一旦終了だ」
「は、はい…」
「だが、今後は自分でこの訓練を適宜続けるのだよ? 体と対話することはとても大切だからね」
「…はい!」
今日の岩は持ちにくい形だ
指を窪みにかけるが、力がかかって痛すぎる!
続いて、柔らかいボールの上で、中腰を維持し両腕を伸ばして水の入った壺を指先で把持する
これは、拳法の鍛練方法らしい
「静と動、二種類の鍛練が必要だ。片方では足りないのだよ」
「は、はい…」
動かないという鍛練がきつい
動物は静止するようには出来ていないのだ
「努力しない天才は、努力する凡才に負ける。それが何故か分かるかね?」
「…あ…う…」
「天才は自分の負けを想像できないからだ。では、想像するためには何が必要だと思うかね?」
「ぎ…く…」
「それは恐怖だ。恐怖とは、自分に足りないことを気付かせるセンサーなのだ。では、恐怖を感じるためには?」
「う…ぐく…」
「経験を積むことだ。敗北、傷つくこと、屈辱、そして苦悩、これらを経験することで、恐怖を覚える。知らなければ恐怖は感じない。では、最後に経験を積むために必要なことは?」
「くあ…」
「忍耐力、自制力だ。苦悩や苦難から逃げずに立ち向かい、経験を積み、研究する。そのために、まさに今君が行っている忍耐の訓練が必要なのだよ」
「…」
「うむ、分かってくれて何よりだ。それが君が身に付けるべき勝利の方程式だ」
デモトス先生は満足そうに頷く
俺、一度も返答できてないの気がついてますか?
そして筋トレ
「満ち足りた者に努力の必要性は理解できない。常に貧欲さを持つのだよ?」
「はい…」
スパァン!
「イダッ!」
こんな環境に慣れてきた自分が怖い
・・・・・・
食事と休憩の後、お決まりの実戦訓練だ
開始前にフィールドは確認済み、準備は万端だ
デモトス先生は変わらず緩やかにナイフを構える
相変わらず、こちらが被弾するばかりで攻め込めない
…だが、やっと分かってきたことがある
それは、リスクとチャンスのバランスだ
チャンスよりもリスクが高ければ攻めてはいけない
逆にリスクよりチャンスが高ければ攻めるべきなのだ
リスクの無いチャンスはなく、チャンスを逃すこと自体もリスクに加算されるのだ
「意表を突く、一番の方法は何か分かるかね?」
「…技を極めるとかですか!?」
ヒュンッ
ナイフを突き、そこからローキックに繋げる
ナイフにこだわらず、掴み、拳、肘、全てに繋げる
「惜しいな。答えは基本を極めるだ。基本を極めたものは、最もリスクの少ない技で相手の意表を突けるのだ」
ヒュヒュン!
「ぐあっ!?」
刃を上にして胸を突かれ、裁いた瞬間にナイフが顔に飛んでくる
仰け反るが、間に合わず顎をザックリと切られた
「派手な技など不要、実戦では読まれにくい地味な動きこそが基本にして奥義だ」
ナイフ術の単純な突き、斬りへのコンビネーション
基本の動きを極めれば、ここまで早いのか
「…」
だが、心に乱れはない
痛いが首は無事だ
出血さえ止まれば問題はない
「いい平常心だ。怪我も想定内、想像力が働いている証拠だ」
デモトス先生がにっこり笑う
俺は集中力を切らさずカプセルワームとナノマシン群による止血を行う
「ナノマシン群の治癒力も素晴らしい。もう、傷が塞がるのが目に見えるほど早い」
「はい、ありがとうございます!」
俺は、自分から攻める
ペースを渡さない、チャンスの数を増やす、それがリスクを減らすことだ
「ナノマシン群の次の段階は調べたかね?」
デモトス先生はナイフを捌きながら、足を払ってくる
「くっ! 2.0のことですか!?」
何とか倒されずに下がると、デモトス先生は顔への突きをフェイントに一気に地面に沈み込む
ザクッ!
「ぐあっ…」
反応できず、左脛を切られる
くそっ!
右足で蹴りを放つがガードされてしまう
やはり、技の引き出し量が違う
簡単に意表を突かれてしまうな
「ナノマシンのシステムが2.0で終わりだと思っているのかね?」
「え!?」
2.0の先があるってこと!?
それは考えても見なかった
動揺した俺にデモトス先生が飛び込んでくる
きれいなノーモーションの突きだ
「くっ…!」
リスクとチャンス!
左肩をザックリと刺されるが、そのまま前に出てナイフを突きだす
スパッ…
デモトス先生の頬をナイフがかすった
始めて俺のナイフがデモトス先生に届いた!
ピピピピピ…
そして、終了のアラームが鳴った
「うむ、いい反応とカウンターだ。だが、知識欲についてはまだまだのようだね?」
「…はい」
こうして、十日間の訓練合宿が終わった
・・・・・・
「今後は、防衛軍の勤務と平行して訓練をしていく。今日、明日はトレーニングはしなくていい、しっかり休みなさい」
「はい、ありがとうございました」
「心配をかけているんだ、妹さんにもお礼を言うようにな」
「はい」
「今回は最初の追い込み訓練だったんだが、十日間か。思ったより早かったよ」
そう言ってデモトス先生は俺を送り出してくれた
なんと濃い十日間だったんだろうか
フィジカル、ナノマシン集積統合システム、そしてサイキック
自分の能力が一気に上がった
だが、一番変わったのは、集中力、平常心、想像力、貧欲さ、俺自身の内面だと思う
俺はゆっくりと久々の我が家に向かった
34話の後に閑話を挿入しました
一緒に読んで頂けると嬉しいです
長くなりましたが、今回で訓練合宿終了です
今後はミッションやクエストをこなしながら、訓練も平行して続きます
とりあえず能力の開花を目指します