第9話「AIに諭されるとか恥ずかしいですよ?」
今回こそは南川様の好きな食べ物の話をしましょう。ええ、今回は私譲りませんよ。聞きたくねえと言われても話します。
昼食時のエピソードから「どうせカツ丼とか肉類じゃねえの?」と投げやりに考えたそこの貴方、残念ながらはずれです。もしそうであればそのエピソード中に一言添えていますし、カツ丼か天丼かの選択肢など出しません。迷わずカツ丼を薦めています。
正解は炒飯です。南川様はハイパーがつく程の炒飯好きです。私の観測した限りで最低週3、最高週9で炒飯を食します。パターンは外食、レンチン、自作と様々です。冷凍炒飯と炒飯の素は最低5袋は常備していますね。普段は冷蔵庫の中身のことなど私に丸投げの南川様ですが、何故か炒飯の残数だけはしっかり覚えている程です。
中でも特に気に入っているのは冷凍炒飯です。下手なお店で食べるよりも全然美味しいとおっしゃっている程ですからね。最近の冷凍食品のクオリティは恐ろしいですよ。おそらく飲食電で商品として提供されても気づかない人がほとんどでしょう。そういえば実際にそれをやって捕まった人も最近いましたね……っと、話がそれました。近年の冷食事情とかどうでもいいですよね。……え? 南川情報よりはよっぽど興味がある? またまたご冗談を。
では、スタート。
南川様の勤める会社の就業時間は18時です。この時間を過ぎれば帰宅するも残業するも自由です。まあ、残業する方はほぼいませんが。南川様も当然多数側の人間で、18時になった瞬間に即刻会社を後にします。1秒だって無駄働きはしてやらねえと言わんばかりです。まあ、実際は別にそんな理由ではないのですが。
そのまま早歩きでやってきたターミナル駅は、今朝と比べると驚くほど空いています。現在の日本の企業の終業時間はそのほとんどが17時か18時ですが、就業からものの数分で会社の最寄り駅まで辿り着ける人はそう多くはありません。終業時間ぴったりに仕事を終え、かつ会社の立地にも恵まれた選ばれしものだけが辿り着けるのです。これがあと5分、10分と遅くなれば、構内はたちまち人ごみに覆いつくされることでしょう。これが南川様が光の速さで会社を後にする理由その1です。人ごみ苦手ですからね。
もう一つの理由は、この駅が南川様の利用する路線の終着駅、つまり始発駅であるという点にあります。乗車時間が長く、ゆっくり読書がしたい南川様は家に早く着くことよりも確実に座れることを優先して列車を選びます。発車時刻が迫っていてもう空席が少ない、あるいはない列車は避け、その1、2本後の列車を選択します。ですが、そう考えるのはなにも南川様だけではありません。そりゃあたいていの人は立っているよりも座りたいですからね。始発駅ともなればなおさらです。空席情報はアプリを使えば一発ですし。つまり、1、2本後の列車に狙いを定めてその発車ホームへと向かっても、同時に同じことを考えている人がそれなりにいるので、座れるかどうかは結構際どい争いになるのです。そしてそれはもちろん、利用客の増えだす5~10分後にはより熾烈になっていきますので、南川様は速攻で会社を飛び出すのです。無駄な努力とは言わないであげてください。本人はいたって真剣です。
「ユリ、今の状況は?」
改札を抜けながら、南川様が訪ねてきます。毎日のことなので、既に私も回答を用意済です。
『一番早い6分発は既に全ての座席が埋まっています。次の11分発はまだ多少の空席がありますが、9、10号車付近に集中しています。おそらくたどり着くまでに埋まってしまうかと。その後の14分発は折り返しとなる電車がまだ来ていませんが、ホーム上の待機列には余裕があります。向かうなら13番線ですね』
「おっけー」
私の回答を聞くや否や、競歩のような勢いでホームへと向かいます。その間も私はアプリを使ってホーム上の待機列の様子をリアルタイムでモニタリングし続けますが……今日は大丈夫そうですね。
ほどなくして、南川様は13番線に辿り着きます。待機列は現在各ドア前に2列×4人ほどなので、問題なく座れそうです。
「なんとか今日も間に合ったね」
目的の車両……6号車付近を目指して歩くペースを緩めながら、南川様がホッと一息つきます。結構な早歩きでしたが、ほとんど呼吸が乱れていないのは日々鍛えているからでしょう。本人は健康のためとおっしゃっていましたが、実はこのためなんじゃないでしょうか。
『はい。これならスーパーの特売の時間にも間に合うでしょう』
「……あ」
『……忘れていましたね? 駅から直帰する気満々でしたね?』
「ご、ごめんて! きっと忘れててもユリが教えてくれるだろうからなー、と思ったらつい!」
『それはそうですが、だからといって覚えるのを放棄しないでください。老後が心配です』
「今から⁉︎」
脳は使わないと死にますからね。しばらく使わないと、急激に記憶力は低下していきます。それに、何もかもAIに任せきりにすると、それこそ昔の映画みたいに人類はAIに支配されますよ。そうならない為にも、少しは自分で覚える努力をしてください。AIに諭されるとか恥ずかしいですよ?
「だってなー、ユリが優秀なんだもん」
『挙げ句の果てに私のせいですか。カチ割りますよ』
「何を⁉︎」
『スマホを』
「ユリが⁉︎」
まあ、自殺行為なのでやりませんが。あと、物理的にもちょっと厳しいですが。