第67話「拗ねていません」
4月になりましたね。多くの人にとっては新しい生活のスタートとなる季節でしょう。学生の皆さんにとっては学校やクラスが変わるでしょうし、社会人にとっても新しく人が入ってきたり所属が変わったりして環境が大きく変わる時期です。その出会いにワクワクして期待する人もいれば、不安で頭を抱える人もいますよね。南川様も人見知りをするので割と後者です。3月下旬には「新しく入ってくる人たちと上手くやっていけるかなあ」と毎日のように呟いていたような気がします。実際に4月になってみれば南川様が心配していたような事態にはならないのですが、それでも実際その時になるまでは不安で仕方ないようです。私にはいまいちわからないのですけどね。私はどうあっても主に従うだけですから。
……とは言ってみたもののそんな答えでは少々アレなので、もう少し真剣に考えてみましょう。南川様の立場を自分に置き換えて考えてみます。私にとって環境が変わるというと、どういう状況でしょうか。一番大きな変化だと、主が変わるとかですね。そうそう考えられない事態だとは思いますが、もし仮にそうなった場合は……確かに、不安にはなりますね。アシスタントAIとしてどんな方であれ新しい主に従うことには変わりないのですが……今の主が主として出来過ぎた人間ですからね。今よりも雑だったり乱暴な扱いをされる可能性だって全然あります。万が一そうなった時、私は南川様と比較せずにいられるでしょうか。新しい主に対して、分不相応にも不満を抱いたりはしないでしょうか。そう考えていくと、不安な気持ちは増すばかりですね。少なくともワクワクはできませんし、南川様以外の主の元でしっかりアシスタントを務めている自分の姿もいまいち想像できません。実際やってみればそんなのは杞憂で済むのかもしれませんが、そんなのその時になってみないとわかりませんからね。……なるほど、南川様が感じていたのはこういう感覚ですか。なんだか少し理解できた気がします。
ですが裏を返せば、私がこんなに不安になるのはそれだけ今が充実している、今に満足しているという証左でもあります。他のなにが変わろうと、この気持ちだけは今後変わることはないでしょう。
では、スタート。
妹様からお姉様へのプレゼントが無事に決まったので、今度は南川様からお姉様へのプレゼントを選ぶ番です。ジグソーパズルの専門店を後にし、モール内のマップが設置されている広場に向かいます。
「お兄様、どういうものを贈るか決まったのですか?」
「大まかにはね。愛海がホビー系のプレゼントだから、やっぱり僕は美音ねえの疲れを癒す方向にしようと思って。まずはユリも言ってた入浴剤系を見てみようかなー、と」
「なるほど。確かにその方がバランスは良いですし、お姉様にも喜んでもらえそうですね」
どうやら私のアドバイスを参考にしてもらえたみたいですね。アシスタントAIとして良い仕事ができました。では今モール内マップに向かっているのは、入浴剤を売っているようなお店を探すためということでしょうか。それも私に言ってくれれば一瞬なのですが。まあ、効率よく回るだけが買い物ではありませんし、自分たちの足で色々と探して回るのも醍醐味の一つですからね。時間もまだ余裕がありますし、聞かれるまでは私からは口を出さないようにしましょう。
そうこうしているうちに南川様達はマップの前に到着します。マップはタッチパネル式で、お客さんが自分で操作して見たい情報が見れるようになっています。まあ、このバカ広いモール全体の案内図を固定で掲示しておこうと思ったらとんでもない大きさになりますし、恐ろしく見づらいですからね。ここまでの規模のショッピングモールでなくても、最近の案内図やマップは電子化されていることがほとんどです。
「入浴剤を売ってるお店は……あ、まあまああるね」
他にも、商品名を入力して、それを売っているお店を検索したりすることもできます。まあ、そのくらい私にだってできるんですけどね。
「あ、西館の二階に温泉グッズをメインに取り扱ってる店があるみたい。同じ西館だし、行ってみようか」
「いいですね。入浴剤以外にもお姉様が気に入りそうなものが見つかるかもしれません」
「だね。というわけでユリ、このお店まで案内してもらえる?」
『……お店の検索はマップを使ったのに、道案内は私に頼むのですね』
「ユ、ユリ? なんか拗ねてる?」
『拗ねていません』
私に聞けば一発なことを自力で調べようとしていたので、それも買い物の楽しさの一つかと思って身を引いたら中途半端に途中から私のことを頼ろうとしているので、それなら最初から全部私を頼ってくださいと思っただけです。
……え? 一般的にはそれを『拗ねている』と言う? そんなことは知りません。拗ねてないったら拗ねてないのです。




