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電子少女でも恋がしたい  作者: 古河 聖
2030年6月20日(木)
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第6話「土下座して感謝を述べてもいいんですよ、SE諸君」

 今回は南川様の勤務先についてお話ししましょう。既に何度か言ったような気がしますが、南川様の勤務先は都内某所にあるIT会社です。某ターミナル駅から徒歩五分の場所に建つオフィスビルの4階に構えるこの会社は、今年の10月で創設15周年を迎える、社員約30名のいわゆる中小企業です。南川様はそこへ新卒で入社した3年目ですね。同期入社は南川様を含めて3名ですが、そのうちの1名は転職者で歳が10も上なので実質2名みたいなものです。

 車内の男女比はおおよそ半々です。以前は圧倒的に男性の割合が多いIT業界でしたが、今では業界全体で見てもほぼ半々ですね。

 業務内容は、主にシステムの開発と保守です。まあ、これはこの業界なら何処でもだいたいそうでしょう。昔と比べてやることが大幅に変わったわけでもありません。強いてあげるなら、スマホ向けのシステムの需要が恐ろしく増えたことでしょうか。かつてシステムと言えば基本的にはPCで動作するものでしたが、今はスマホ所有率100%オーバーの時代ですので、どんなシステムだろうとスマホで動かなければ意味がないということですね。随分偉くなりましたね、スマホ。でもそれはつまり、そのスマホを支配している私が一番偉いということです。皆さんももっと私を崇めるといいですよ。

 では、スタート。


 南川様の勤める会社は朝9時始業です。朝礼とかも特にないので、ぬるっと業務が始まります。

「昨日はどこまでやったっけなー」

 自分のデスクでPCを操作しながら皆川様が呟きます。その呟きを拾ったデスク上の私は、南川様の左耳にだけ入ったままのイヤホンを通して助言します。

『画面7のプログラムを書き終えたところまでですね。動作確認は明日の朝にするかー、とおっしゃってましたよ』

「そうだった。ありがとう、ユリ」

 この職場は、片耳であれば音楽を聴きながらの仕事が許されています。ですので、イヤホンから曲を流しつつ、こういう形で南川様のお仕事をサポートすることもできるのです。なんと素晴らしい職場でしょう。これで私が南川様の仕事中に退屈せずにすみます。……あ。いえ。もちろん、サポートできること自体も嬉しいですよ? 本当ですよ? むしろそれが本職というかレゾンデートルなところありますからね?

「じゃあユリ、早速だけど動作確認手伝ってもらっていい?」

 しかし私の心の言い訳など知る由もない南川様は、気にせず協力を要請してきます。いけないいけない。私も南川様の仕事のサポートに集中しましょう。誰に聞かせるわけでもない言い訳をしている場合ではありません。

『あ、はい。もろちんです』

「ぶふぉあ! ちょっ、ユリ!? 急にどうしたの!?」

『ひゃあ!? もっ、申し訳ありません南川様! ちょっと音声の出力順序を間違えました!』

 確かにちょっと生返事っぽくなりましたが、どうしてよりによってそこの音声データが錯綜するのでしょう。もう、乙女として二度と立ち直れない言い間違いの仕方です。こんな間違え方するの、某生徒会役員漫画のお嬢様な先輩くらいです。絶望です。糸色望です。

「そ、そうだったんだ……。ユリでもそんな言い間違いするんだね」

『設計者の陰謀です。可及的速やかなバグ修正を求めます。求めます』

「あ、あはは……。でもまあ、言い間違いは誰にだってあるし。それに、あのユリが「ひゃあ」って言うの、可愛かったよ」

『おっふ!』

 ……人が失敗して弱っているところにその一言は反則じゃないでしょうか。あんなド変態発言をした私に対して、引かないどころかフォローまでいれてくれるなんて……私に肉体があったら反射的に抱きついていたでしょう。肉体がなくて良かったような、残念なような。

『み、南川様。女の子に対してそういうことを気軽に言ってはいけませんよ』

「そうなの? 僕は思ったことをそのまま言っただけなんだけど」

『あひゅう!』

 これ以上この話題を続けては駄目そうです。私の回路が熱暴走して強制再起動がかかってしまいます。それは南川様のご迷惑になってしまいますので、ここは意地で切り替えましょう。この件は今晩南川様が眠った後とかに思い返して存分に浸ることにします。こらそこ、そっちの方がよっぽど変態では、とか言わない。誰だってやってるでしょうこれくらい。

『え、ええと。それで、動作確認のお手伝いでしたよね?』

「あ、そうそう。お願いしていい?」

『了解です』

「じゃあ、繋ぐね」

 南川様はデスクの引き出しからケーブルを取り出すと、私とパソコンをそのケーブルで接続します。一昔前なら、会社のパソコンと個人のスマホを接続するなどセキュリティ的に大問題でしたが、当時と比べてセキュリティ技術が格段に向上している昨今では特に問題になりません。この私をもってしても、会社の社外秘情報などを引き出すことは不可能です。

 では、何故私とパソコンを接続したのかと言えば、南川様もおっしゃっていたように開発したプログラムの動作確認の為です。南川様が現在作成しているのはスマホ向けのウェブサイトなので、パソコン上で動かすよりも、私を使って動かしてみた方がより正確で詳細なデータが得られるというわけです。

「動かすよ?」

『はい。いつでもどうぞ』

 私の返事を聞いてから、南川様がプログラムを走らせます。程なくしてスマホ(わたし)の上で動き出したウェブページを、南川様がポチポチと操作し、想定される動作を一通り試した後、プログラムを終了します。

「どう? 動きには問題なかったと思うけど」

『そうですね。私上での動きに問題はなさそうです。ただ、492行目からの条件分岐は少し重いですね。場合によっては結構な時間がかかるので、修正した方が良いかと。あと、930行目の記述は2世代前のスマホだと動作しません。エラーで落ちます』

「うわまじか、あっぶな。ありがと、ユリ」

『いえいえ』

 というのが、近年のSEの一般的な仕事風景ですね。私たちや先代がSEのサポートとしてプログラムのバグや欠陥を探す手伝いが出来るようになったおかげで、SEの残業時間は格段に短くなったそうです。つまり、私はやっぱり偉いわけです。土下座して感謝を述べてもいいんですよ、SE諸君。

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