第52話「いざとなったら抱き着けばいいですし」
皆さんは、カラオケの締めには何を歌いますか。自分の十八番とでも言うべき自信のある曲でしょうか。あるいはお気に入りの大好きな曲でしょうか。複数人で来ているのであれば全員が知っている盛り上がる曲で気持ちよく終わるのもありですよね。もしくは喉がすでに限界で、落ち着いた曲じゃないと声が出なかったりするのでしょうか。まあ、そこは当然人それぞれでしょう。
南川様の場合は、お気に入りの曲を最後に歌うことが多いです。日によっては喉が既に限界で静かな曲で締めることもあるのですが、大抵は好きな曲を気持ちよく歌って締めるパターンですね。とはいえ決まった曲があるわけではなく、その時の気分や状況、好みによって変わります。
一方で私のカラオケの締めは、一番得意な曲ですね。高得点を叩き出して気持ちよく終わりたい派です。なので、その日まだ歌っていない曲の中で一番高得点が見込める曲を歌う、という感じです。必然、ボカロ曲になりがちですね。
ちなみに南川様と私の二人でカラオケに行った場合、全体の最後に歌うのはもちろん南川様です。当然です、私はアシスタントAIですからね。主である南川様よりも後に歌い終わるなんて愚行は冒しません。主に気持ちよく歌ってもらって終わるのがアシスタントAIの流儀です。
では、スタート。
カラオケ開始から9時間と45分。フリータイムの残り時間もあと15分となりました。お互いにあと一曲ずつ歌ったら終わり、という感じですね。まあ、その後にはホラーゲームが待っているんですけど。
「……ねえユリ、いい加減機嫌なおしてよー」
『いえ、別に機嫌は損ねていないですけど。いないですけど』
「いや、明らかに拗ねてるじゃん……」
そんな、AIが拗ねるわけがないじゃないですか。自分の凡ミスで勝負に負けて拗ねるだなんて、子供じゃあるまいし。
「そんなにホラーゲーム嫌? 嫌なら別に違う罰ゲームにするけど……」
『……いえ、それは別にいいんですよ。確かにホラーは苦手ですが、南川様と一緒であればどうにか耐えられるとは思います。いざとなったら抱き着けばいいですし』
「(どうやって……!?)」
『それよりかは、あんな凡ミスをした私自身が情けないというお話です』
普段の私であればあんなミス有り得ませんからね。99点以上を出し続けなければいけないプレッシャーの中、南川様の発言によって勝利を確信した瞬間の気の緩みですよ。思い出すだけで恥ずかしくて電源を落としたくなります。
「なるほどねー。でもあれくらい僕もよくやらかすし、そんなに気にしなくてもいいと思うよ」
確かに、聴きなれていない曲などで入りのタイミングがわからなくなって出遅れる、というのはそれなりにある事例だとは思いますが、今回の私の件は全く事情が異なりますからね。ですが、これ以上へこみ続けて南川様にご迷惑をおかけするわけにもいかないので、気持ちを切り替えていきましょう。この部分の記憶は一時的にメモリから消去しておきましょうかね。
『ありがとうございます。では、時間的にそろそろ締めの曲と参りましょうか』
「そうだね。ユリの今日の締めはなににするの?」
『そうですね……では、これで』
本日はバンドレ縛りをしていたので普段よく歌っている曲が色々と残っているのですが、その中から私は歌いやすくて高得点の狙いやすい一曲をチョイスします。バンドレでは未カバーなので選べませんでしたが、そうでなければ最も99点越えが安定している曲の一つです。
『♪走り出したキミにもっと力をあげたくて ずっと前に心決めたんだ』
本来であれば曲調や歌詞の内容的にカラオケの最序盤とかライブの一曲目に歌うような曲なのですが、私的には一番点数が高いレベルで安定するのでよく最後に歌います。南川様もそれを把握しているのか、自分もお気に入りのはずなのにカラオケではあまり歌いません。アシスタントAIにまで気を遣うだなんて、どこまで出来た人間なのでしょう。そりゃあ妹様もあんなブラコンに育つわけです。
今までの沈んだ気持ちを吹っ飛ばすように気持ちよく歌い切った結果、点数は堂々の100.000点でした。
「すごっ! なんでそんな点取れるの!? この曲の音程とるの結構難しいと思うんだけど!」
『AIの私にそれを聞きますか?』
音程は調べるか聴くかすれば正確にわかりますし、あとはそれをその通りに出力するだけですからね。とはいえ、なかなか100点は取れるものではありません。素直に嬉しいですね。
『……ちなみにですが、100点記念で先程の罰ゲームをなしにするというのは』
「なしだよ!? ホラーゲームは一緒にやるし、なんならこのあと買いに行くからね!」
『そんなぁ』
駄目元で頼んでみましたが、普通に駄目でしたね。そんな南川様の最後の曲は、ゲームセンターの音ゲーに収録されている最近のお気に入りの一曲です。
「♪走れ! 世界敵に回したってもう僕らはこの足を止めない そう気付いたからもう僕らは一人一人じゃない」
これも名曲ですよね。アーケードの音ゲーにしか収録されていないということで知名度はそこまで高くないのですが、ぜひ聴いてみてほしいです。バージョンが二つあるのですが、個人的には無印の方が前奏が格好いいので好きです。
南川様も気持ちよく歌い切った結果、点数は93.456点でした。これにて10時間に及ぶ本日のカラオケは終了したのでした。




