第49話「じゃあ、私にはとんこつラーメンをお願いします」
カラオケ店で提供される料理というのは、2020年時点で既にかなり本格的なものになっていますよね。一般の飲食店と比べても然程遜色のない味、ラインナップでの料理提供は、今やほとんどのカラオケ店で当たり前になってきているように思います。2030年現在では料理提供していないカラオケ店は希少なくらいです。
では、何故これほどまでに各カラオケ店は料理に気合を入れるようになったのか。一つには、カラオケという文化の発祥自体がそもそも飲食店におけるサービスの一つであったことがあります。今のように『歌うついでに飲食もできる』のではなく、元々は『食事のついでに歌うこともできる』だったのです。スナックなどがいい例ですね。それがカラオケ需要の高まりとともに『歌うこと』をメインコンテンツに据える『カラオケ店』が誕生したわけです。なので、そこで飲食物が提供されるのは当然といえば当然なのです。
第二に、同業店との差別化というのもあるでしょう。利用者の目的は基本的に『歌うこと』なわけですが、それって極論どの店でも出来るわけですよ。なので利用者はそれ以外のサービスで店を決めるわけです。最たるものは料金でしょう。安い方がいいに決まっています。ですが利益の為にはあまり下げ過ぎるわけにはいかず、なら何で利益を上げるか、何で同業他社と差をつけるかとなった時、料理に行き着くわけです。実際食事の需要は少なくありません。歌うという行為は思いの外カロリーを消費します。なので喉が渇くのはもちろんですが、お腹も空きます。なので軽くつまめるサイドメニューなどを中心に食事を求める人はそれなりにいるのです。ポテトとかつい頼んでしまいますよね。で、どうせ食べるなら美味しい方がいいに決まっています。という事は、料理の種類や味もカラオケ店を選ぶ基準になるわけですね。力を入れないわけにはいかないわけです。
あるいは個室という食事空間の需要もあるかもですね。周りの目を気にせず、自分たちの自由に話をしながら食事をし、カラオケもできる。料理の質が上がった今ではファミレスの上位互換と言ってもいいかもしれません。
まあ、ここまで色々それっぽい考察をしてきましたが、単にSNS社会におけるトレンドの発信源たる若い女性層の人気や注目を集めたいだけの可能性もありますがね。
では、スタート。
バンドレ縛り開始から約2時間、お互いにまだまだ余裕を見せつつ、時刻はお昼の13時になりました。私には全く必要のないものですが、人間の皆さんは昼食を摂る時間です。南川様も御多分に漏れず、歌うのを一時中断してランチタイムです。ちょっとしたファミレスよりも充実しているメニューを端末上であれこれ眺めています。
「何がいいかなぁ。この間来た時はなに食べたっけ」
『とんこつラーメンと半炒飯という中華料理屋みたいな二品ですね。脂が喉に良いという私の話を真に受けての注文だったかと』
「真に受ける!? え、あれ嘘だったの!?」
『いえ、本当のことですが』
実際、とんこつラーメンなどの脂っこいものを食べてからレコーディングに臨むプロの歌手もいるといいます。本当に効果はありますよ。
「ならそんな紛らわしいいい方しないでよ……」
『失礼しました。それで、何を食べるか決まりましたか?』
「そうだなぁ。今日はご飯の気分だからこのハンバーグ定食にしようかな」
『そうですか』
そこはとんこつラーメンじゃないんですね。まあ、今回は別に高得点を出しに来ているわけではないですからね。むしろ高得点を出さなきゃいけないのは私です。
『じゃあ、私にはとんこつラーメンをお願いします』
「ユリが食べるの!? どうやって!?」
『冗談です。私はこの後も高得点を出し続けなければいけないので、喉の調子が良くなるなら是非食べたいと思っただけです』
「あー、そうだよね。ユリは99点以上出し続けないとだもんね。スマホの再起動とかしてみる?」
『どうでしょう。確かにそれで回路の調子が良くなる可能性はありますが、今も別に回路の調子自体は悪くないですからね。再起動で調子が下がる可能性を考えれば、今のままの方がいいかもしれません』
再起動をすれば確かにシステムの不調等はフラットな状態に戻せるのですが、逆に言えば調子が良い状態もフラットに戻ってしまいます。なので、下手なことはしない方が良さそうです。
「それもそっか。ユリ、今のところ99点台後半連発だもんね」
『点数が出しやすい曲を選んでいる結果ではありますけどね』
フリータイム終了時間まで残り約7時間。私の99点越えが安定する曲のレパートリーはまだまだ大丈夫ですが、この先南川様にどれだけ潰されるかですね。運よくレパートリー外の曲ばかり歌ってくれれば良いのですが。




