第46話「数曲前の南川様はどこへ行ったんですか」
実は前回の第45話で、この作品の総文字数が10万字を突破していました。1話あたり2000字程度のはずなのに、いつの間にかこんな数字になっていたんですね。
10万字というと、おおよそ文庫本1冊程度に相当します。つまり、本が1冊出版できそうな程度には私も物語を紡いできたわけです。……現状、ただ日常を垂れ流しているだけなので文庫本の最後に使えそうな山場も何もありませんけどね。まあ、文庫本の最後に持ってこれそうなエピソードが日常にいくつも転がっていては逆に困るんですけど。
読む時間に換算すれば2~3時間といったところでしょうか。……何故かこのように変換するとあまり大したことがないように聞こえますね。10万字と言ってもその程度か、みたいな。充分凄いんですけどね、10万字。読む側にとっては数時間かもしれませんが、書く側はその数十倍、下手すると100倍近い時間を費やしているんですよ。多少人によるとは思いますが。
で、それだけの文字数、時間を費やしておきながら作中時間がどれだけ進んだかといえば、僅か二日と数時間、と。やばいですね。各話のおよそ4分の1程度が私の小話であることを差し引いても全然遅いです。まあ、私と南川様の日常をのんびりお届けするのがこの作品のコンセプトであり、良いところでもありますから、今後もペースを変える気はないんですけどね。死ぬ程のんびりいきますのでそのおつもりで。
では、スタート。
私が六曲目を歌い終え、七曲目は南川様の番です。歌う曲は既に決めていたのか、迷うことなく端末を操作して曲を送信します。
『……なるほど。バンドレのオリジナル曲ですか』
聞こえてきたキーボードの前奏は、バンドレに登場する、常に高みを目指して努力し続ける格好いいバンドの格好いい曲です。確かに、今回のバンドレ縛りは『バンドレでカバーされている曲縛り』なので、そうなるとバンドレオリジナル楽曲は歌えませんからね。今このタイミングで歌っておくしかないというわけです。しかも南川様お得意の格好いい曲ときました。これは期待して静聴するしかないですね。ただ一つ心配なのは……このバンドの曲、どの曲も格好いいのですが、どの曲も英語が多いんですよね。そこだけが心配です。
「♪~」
歌いだしは特に英語もないので安心の歌声です。もうAメロから既に格好いいですよね、このバンドの曲は。それをこういう曲が得意な南川様が歌っているのですから、もう耳が幸せです。
うっとりしている間に曲はAメロからBメロへ。普段ボーカルを務める子ではなく、キーボードを担当する子のソロパートです。何故かといえば、この曲が追加された時のイベントがキーボードの子をメインにした話だったからですね。もう、10年以上前のイベントになりますが。そしてこのソロパートが終わるといよいよサビ、英語増しまし地帯です。
「♪Heart to Heart 立ち上る情熱に乱舞の魂!」
『!?』
あまりの衝撃に思わず驚きの声を漏らしてしまいました。え、なんですか今の綺麗な発音。数曲前の南川様はどこへ行ったんですか。文字に起こすとひらがなになってしまうような英語の発音だった南川様を返してください。
「♪刹那に満ちる愛しさと共に 乗り越えた」
『Oh』
「♪定めは」
『Oh』
「♪未来への道を照らす~」
条件反射のように合いの手は挟みましたが、まさに『Oh』という気持ちですよ、私は。10分かそこらの間に南川様にいったい何が起こったんですか。上達するにしたってこんな短時間で見違えるほどに急成長するわけがありませんし。Yuriの思考回路がバグってしまいそうです。
「ふぅ。今のは結構上手く歌えたかも」
どうやら私が思考停止している間に南川様が歌い終わったようです。問い詰めるしかありませんね。
『上手く歌えたかも、ではありませんよ。急にどうしちゃったんですか。今の今まで私たちを騙していたんですか』
「だっ、だます? どうしたのユリ、急にそんなこと」
『英語の発音ですよ。突然別人のように流暢になったじゃないですか』
「そ、そうなの? あんまり自覚ないんだけど……あ、でも、さっきのやつもユリのアドバイス通りに聞こえたまんま発音してみたんだよ」
『そうなんですか? ですが、三曲目に試した時とはまるで…………ハッ、そういうことですか』
ようやくからくりが解けました。
「え、なに? なにかわかったの?」
『ええ。三曲目に歌った曲と先程歌った曲の、南川様の視聴回数を計測してみたのですが、歴代スマホの累計で三曲目の方が1059回、先程歌った曲の方が9423回と、9倍近い差があるんですよ』
「あ、そんなに聴いてるの!? っていうか、それを今一瞬で集計したの!?」
『まあ、Yuriにかかれば朝飯前です。で、9423回を記録が残っている約10年で割ると、平均で1日に約2.58回先程の曲を聴いていることになるわけです。当然それだけの回数聴いている曲であれば頭の中に原曲のイメージが強く残っているのは当たり前で、そのイメージのまま発音することができたのでとても流暢な英語に聴こえたのだと思います』
「へぇ。つまり、この曲はたくさん聴いてたから英語部分もうまく発音できた、ってこと?」
『そういうことですね。なので、曲によっては同じように上手く歌えるものがあるかもしれません』
「なるほど……今後の参考にしよう」
……しかし、これで英語部分も格好よく歌い上げる南川様が誕生してしまったわけですね。これは妹様たちに歌声を聴かせたら大変なことになるかもしれません。ブラコンが増してしまいそうです。




