第31話「そんなものは炒飯にでもさしておいてください」
今回は甘味の話でもしましょうか。……いえ別に、2030年でも未だその人気が衰えない某アイスクリーム店の事を31話から連想して、そこから甘味の話をしようと思ったわけではないですよ。本当です。信じてください。
ともあれ甘味の話です。南川様はコーヒーの件から明らかなように甘党なので、よく甘味を食します。中でもお好きなのは、前回も大喜びをしていたわらび餅です。黒蜜がかかっている物を特に好みます。家の冷蔵庫にも常にストックがある程です。どこがそんなに良いのかと尋ねれば「……全部?」と脳死回答が返ってくるくらい、その食感や味が舌に合っているようです。
その他では、杏仁豆腐やエクレア、シュークリーム、プリンなど、まるで統一性のない甘味の数々を好みます。まるで関連性が見えませんね。強いてあげるなら甘いことでしょうか。いえ、甘味と言っている時点で甘いのは当たり前ですね。馬鹿な発言、失礼いたしました。
ただ、好んでいると言っても毎日のように食しているわけではありません。ペース的には週に3、4回くらいのイメージでしょうか。曰く「仕事でストレスが溜まった時とか、面倒な仕事が片付いた時とかに食べるようにしてるんだよ」とのことです。いわゆる自分へのご褒美のような形ですね。現金ではありますが、それでやる気が出るのであれば私は活用していくべきだと思いますけどね。やる気というのは仕事をする上で大変重要で、その活力の元になるものは貴重なのです。なので私はいいと思いますよ、自分へのご褒美。もちろん、自身の健康や家系に響かない範囲で、を推奨いたしますが。かく言う私も、システムアップデートのような重い処理をした日などには、南川様の写真を見てゲフンゲフン。
皆様は何も聞かなかった、いいですね?
では、スタート。
駄々をこねる町田をどうにか引き連れ、南川様がお会計を済ませて店を出ます。多少好奇の目で見られはしましたが、大事になったり出禁になったりはせずに済みました。
「先輩、ゴチになります!」
「うん、まあ……今回は奢るけど、生活費を削ってまでの課金は控えようね。来月同じ理由で金欠になっても流石に奢らないよ」
「それは私もわかってるんだけど……ほら、ここまで少なくない犠牲を払ってコンプを続けてきたのに、ここに来てポツンと穴が開くの、凄く嫌じゃない?」
「あー……それはなんか、わからないでもないかな」
いわゆるコレクター魂、あるいはコレクター癖のようなものですね。確かに、図鑑などがあると全ての項目を埋め尽くしたくなる気持ちはわかります。空欄があると気持ち悪いんですよね、あれ。南川様も図鑑などは極力埋めたがるタイプで、ガチャ産までコンプとはいきませんが、イベント報酬のキャラは欠かさず入手しています。上位報酬も含めて1枚は確実に、某ゲームなら宝具5にするまでが義務です。トロフィーならプラチナが取れるまで頑張る人です。なので、図鑑を全て埋めたいという町田の気持ちもわかるのでしょう。
「でも、やっぱり無理はよくないよ。それで身体壊したら元も子もないんだから」
「先輩……。そう、だね。今度からは無理のない課金、略して無課金で抑えられるように頑張るよ!」
うん、全然わかってないですねこいつ。完全に明日にはけろっと忘れて今まで通りぶっ込むフラグですよこれ。
そうこうしているうちに、会社の最寄り駅までたどり着きます。ここから南川様は東北方面に向かう路線、町田は都内の環状線です。なのでここで解散してそれぞれの家に帰る流れなのですが……。
「せんぱーい、家まで送ってってよ〜」
「えぇー? 町田さんの家の方まで行くと定期外だから無駄な出費なんだけど」
「可愛い後輩を送り届けるための出費が無駄とは酷い! 500円くらいいいじゃん! ワンコインだよワンコイン!」
典型的な面倒くさい酔っ払いですね。確かに普段よりも酔っ払ってはいますが、バイタル的に送迎が必要なほどではないのは私には丸わかりですので。家計預かり人として、500円といえど必要のない出費はさせません。
『南川様、座って帰りたいのであればそろそろ時間です。飲み会終わりのサラリーマンが続々やってきているので、すぐに座れなくなりますよ』
「マジか。じゃあ帰ろうか。町田さん、また来週」
「うわすごいあっさり! 私よりも座って帰れる方が大事!?」
「うん」
「私のフラグがバッキバキだよ!」
そんなものは炒飯にでもさしておいてください。
「ん? ユリ今炒飯って言った?」
『言ってないです』
「あれ、そう? どこかから聞こえた気がしたんだけど」
私の地の文を聞き取るって、どういう耳してるんですか。炒飯のことだけ地獄耳ですか。
「まあいいや。じゃあ町田さん、気をつけて帰ってね」
「はーい……」
見るからにテンションが下がりましたね。さすがに少し可哀想な仕打ちだったでしょうか。私が仕向けたようなものなので、少々罪悪感を感じないでもありません。
「そんな顔しないでよ。さっきのは冗談だし、本当にヤバそうな時はちゃんと送っていくからさ。今日は誘ってくれてありがと、楽しかったよ」
「あ……う、うん! ウチも楽しかったよ! あんやと!」
……さすが南川様。私から何か言うまでもなくきちんとフォローを入れてくれました。こういう気遣いが出来るのはやはり美徳ですね。まあ、それのせいでバッキバキになったフラグが再び立ってしまったような気がしないでもないですが。




