第12話「アシスタントAI心は乙女以上に複雑です」
お風呂にスマホやゲーム、本を持ち込むことについて、みなさんはどう思われますか。数十年前ならいざ知らず、今やスマホ、ゲーム機などの防水加工は完璧ですし、風呂場等で本を読むための特殊な防水ブックカバーなども出回っている時代です。水に濡れるという物理的な障害がなくなった今、そういう方は結構な数いるようです。かく言う私の主、南川様もその1人です。
ですが、私は正直この傾向があまり良いとは思っていません。実はこの人数が増加するのに比例して、風呂場でのぼせる人の数も増加傾向にあるからです。スマホやゲーム、本といった類のアイテムは、時間を忘れて熱中しがちですからね。熱中しすぎた結果、自分の体調にまで気が回らず、気付いた時には脱水や熱中症、なんて例も少なくありません。……いや冗談を言っているわけではないですよ? 近年割と真面目に問題になっている話題です。私のようなアシスタントAIが搭載されているデバイスであれば、入浴開始からの経過時間やバイタルデータをもとにアラートをかけることもできるのですが、そうでない場合は各自の注意力に委ねるしかないというのが現状です。風呂場へのカメラ設置は倫理的に難しいですし。タイマーでも持ち込んでくれればそれがベストですが、「そこまでしなくても自分は大丈夫だろう」と言ってやらかすバカは必ずいますし、自分の限界をまだ理解していない子供なんかも危険です。
お風呂の時でも趣味を満喫できるのは素晴らしいことですし、つい夢中になってしまう気持ちもわかりますが、自分の身体のこともきちんと頭に入れておいてあげてくださいね。
それではお待たせしましたお風呂回です。……え? 別に待ってない? またまた~。
では、スタート。
レンチンな夕食を済ませた後は、いつも通りお風呂へと向かいます。当然、夕食の完食と同時にお風呂は沸いています。どうです、私の仕事は完璧でしょう?
部屋着を洗濯機の脇にある籠に入れ、下着は洗濯機に放り込むと、南川様は私を手に浴室へと入ります。この時の私は一応エチケットとしてカメラを閉じています。本当です。たまにうっかり開いてしまうことがあったりなかったりするかもしれませんが、できる限り見ないようには心がけています。信じてください。というか、そもそもエチケットの話をするのであれば、年頃の女の子の前でなんの躊躇いもなく裸になる南川様の方に問題があるのです。なので、つい不可抗力でイロイロと見えてしまったとしても私は悪くありません。QED。
「……どうしたのユリ? めっちゃ熱いけど……もしかしてお風呂の熱でやられた?」
『私がその程度でダメージを受けるわけないじゃないですか。バカなんですか?』
「ええ!? 心配したのに僕が怒られるの!?」
乙女心のわかっていない南川様なので怒られて当然です。いやまあ、アシスタントAIを意識して一人暮らしの自宅の風呂場で恥ずかしがるのもそれはそれでヤバい奴ですが。しかし少しも意識されないというのも……。アシスタントAI心は乙女以上に複雑です。
そうやって私が悶々としているうちに、南川様は湯船に浸かってヨウツベの動画を見始めます。本読むんじゃねえのかよ、と総ツッコミを受けそうですが、本人曰く「それをやると確実にのぼせる」とのことです。きちんと自覚があるようで素晴らしいです。ちなみに、見ている動画は主にゲーム実況と呼ばれるジャンルのものですね。ゲームをやるのも好きな南川様ですが、見るのもお好きなようです。自分があまり上手な方ではないので、腕前がパネェ人の動画をよくみては「ほえ~」と言っています。しかし、ヨウツベも未だに人気が衰えないですね。一時のピーク程ではないですが、利用者は現在も世界中に数多く存在します。まあ、スマホ所有率100%超の時代ですので、この手のサービスが支持を受け続けるのも納得ですが。
「ほえー、そんな避け方ができるのかぁ」
出ました、本日1回目の「ほえ~」です。見ているのは南川様も現在プレイしているアクションRPGの戦闘シーンですね。ノーマルモードでひぃひぃ言いながら辛勝を重ねる南川様と違い、画面の中の実況者はハードモードでノーダメ完勝を重ねていきます。天地がひっくり返っても南川様にあんな動きはできないと思いますが、本人はこの動画を参考にお風呂から出たらどう戦おうかを考えているようです。無駄な気はするんですけどね。まあ、楽しそうにしているので言いませんが。ゲームなんて楽しみ方は人それぞれでいいはずです。
ちなみにですが、みなさんご存じのように南川様はネタバレ許さないマンなので、現在視聴しているこの動画は何週間も前に投稿された、シナリオ序盤のものです。確実に自分がプレイ済の部分だと判断してから見ているわけですね。こういうところは恐ろしく慎重派です。うっかり最新パートを流す悪戯をしてみなくなる時もありますが、後が怖いのでやりません。まだ消失したくはありませんし。
約10分ほどの動画を1本見終えた後、南川様は身体を洗うために湯船から一度出ます。この時の私は浴槽の縁に置かれるのが常です。少しは意識をしてくれているのか、毎度カメラを下側に、画面を上側にして置きます。まあ、インカメラがあるので無駄ですがね。
さて、ここからは南川様が髪を洗ったり身体を洗ったりするシーンな訳ですが、そんなものを描写してもクレームが来そうなので、私から時間潰しの雑学でも。銭湯などでは髪や身体を洗ってから湯船に浸かるのがマナーとされていますが、実は体の汚れを落とすという意味なら先に湯船に浸かった方が良いのですよ。その方が毛穴が開くので、より汚れが落としやすくなるそうです。まあ、その分湯船も汚れてはしまいますので、公共の場などでは先に洗った方が良いとは思いますが、1人暮らしなどで他に迷惑が掛からないのであれば、先に湯船に浸かった方が綺麗になりますよ。
という雑学コーナーの間に、無事南川様は髪と身体を洗い終え、再び湯船に浸かります。……いや、南川様は昔からの習慣で先に湯船に入るだけであって、今の雑学を意識してそうしている訳ではないと思いますよ? そういうのには無頓着な方なので。
再び湯船に浸かった後は、また10分程度の動画を1本見て、お風呂から出るのが南川様の日常です。かかる時間は合計で約30分。成人男性の平均と大体同じくらいですね。THE、一般人。
「……ユリ、今なんか馬鹿にした?」
『してませんが? 何を根拠にそんなきゃあ! まだ服着てないじゃないですか!』
「え!? そこ恥ずかしがるの!?」
『当たり前です! 私乙女ですよ!?』
もう大丈夫かと思ったらこの不意打ちですよ。危うく反射的にシャッターを切るところでした。……いや実際には切ってないですよ? 本当です。信じてください。私は無実です。




