1章 8話 大神官 (他視点)
「聖女様」
神殿の一室で。聖女シャーラの前に現れたのは大神官ラーズだった。
シャーラの部屋に白髪混じりの威厳のある男性が聖女の部屋に現れたのだ。
「あら、なんでしょう?ラーズ様」
シャーラはこの神官が苦手だった。
他の神官はみな聖女とひれ伏すのに、この神官だけは立場がほぼ同じらしく、シャーラにうるさく説教してくるのである。
私は聖女なのに――。
シャーラが心の中で毒づいていれば
「昼間神官の一人にお声をかけたとか?」
「はい?それがなにか?」
いちいち人の恋路にまで首を突っ込んでくる気だろうかと睨んでやれば
「神官と聖女様が親密になりすぎることはならぬと、神殿の規則で決められています。
二度とそのような軽はずみな行動をとる事なきよう」
「そ、そんな私はただ声をかけただけで!」
「それが問題なのです。
聖女様と神殿内部の者が結ばれる事は禁止されています。
我々は可能性がある以上、危険分子は排除しなければいけません。
貴方の声をかけた神官は僻地への移動を言い渡される事でしょう。
貴方の軽はずみな行動で、一人の青年の未来が奪われた。
今後二度とこのような事のなきよう。
こちらの決まりをよくご理解するまで出歩く事を禁じさせていただきます。
明日からは勉学に励んでいただきます」
言ってラーズが外に出ていく。
なによ!なによ!なによ!!!
知らなかったんだから仕方ないじゃない!!!
たった一回の失敗くらいであの言い草はあるだろうか?
そもそも教えもしなかったくせに!!!!
もちろん大神官に聖女としての心得が書いてありますと渡された本の中に記述はあったのだが。
シャーラはその本を開いてもいなかった。
「なによっ!!!あんなやつ!!!」
つい、平民だった時の癖で本を床に投げつければ
「何かありましたか、聖女様」
言って現れたのは――神官グラシルだった。
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「つまり囲えばいいと?」
グラシルの言葉にシャーラは目を輝かせた。
「はい。移転の辞令が下るのはもうすぐでしょう。
その赴任先への移動の最中に彼を死んだ事にして、シャーラ様の元にお連れします。
彼は従順な信者。聖女様の願いとあらば神官職を捨ててでも貴方のもとに馳せ参じるでしょう。
私がそれ用の別邸も用意しておきます」
「それは素晴らしい考えです!是非お願いします!」
乙女のように目を輝かせるシャーラにグラシルは上手くいったと微笑む。
本当に田舎娘は扱いやすいとほくそ笑みながら。
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「やはり異動しなければいけないようです」
あれから数日後。神殿の執務室でファルネはため息まじりにカイルに報告すれば
「そりゃそうだろうな」
と、カイルが腕を組んだ。
現在ラーズ派は以前ほど発言権がなくなっている。
あのように公衆の面前であのような態度を取られれば、異動させられてしまって当然だろう。
だが流石に今回の件は聖女本人にも罰がくだった。
もし聖女を不問にしてしまえば、気に入らない相手をみな僻地に追いやる事ができてしまうからだ。
今回は見せしめ的なものも大きい。それ故ファルネも逆らいようがない。
「で、どこに決まったんだ?」
「ティルニールです」
「そりゃまたずいぶん僻地に飛ばされたな」
「……はい。もうこちらに戻ってくる事はできないでしょう」
言って大きくため息をついた。
ラーズに気に入られ、一時は大神官候補などともてはやされた事もあった。
ファルネは研究にしか興味がなく断るつもりではいた。
しかし、周りはそう見ていなかったらしく、大神官候補から外れた今。
以前親しげに話しかけてきた神官達から距離を置かれはじめていた所にきて聖女様のあの態度だ。
追い出すにはいい口実だったのだろう。
「気を付けていけよ」
「はい……問題は……」
「あの子か」
「はい。長旅に耐えられるかだけが心配です」
言ってファルネはまた大きくため息をつく。
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あれから。親戚の子を預かっている為、異動の準備の時間を多めにもらいたいと神殿に願い出た所、聞き入れてもらえた。
恐らく同情してもらえたのだろう。
これで神殿に行かず準備に専念できる。
準備期間を長くもらえた事にファルネは胸をなでおろした。
この世界は、一歩都市を踏み出せば、荒野が広がっている。
聖樹は一本ではなく何本も存在し、荒野には聖樹周りにできた都市が点在する。
現在いる都市カルディアナは聖樹の力が強く、豊穣の恵みの範囲が広大だが、聖樹によっては村程度の大きさの都市もある。
そういった荒野の中に点々と存在する都市を渡り歩かねばならない。
移動中は砂埃と暑さとの戦いになる。
馬車を借りるにしても、都市ごとに2.3日ゆっくり休む時間を入れないとあの子が耐えられないだろう。
十分な休憩をとったとしても、やっと歩くまで回復したばかりの子に辺境の地までの長旅は耐えられるか心配だ。
奴隷かもしれないため他の人に預けるわけにもいかない。
この地に留まろうにもファルネは神官であるからこの地にいられるだけであって、平民に戻れば市民権がないため自分の故郷に戻る事になる。
故郷に帰るには海をわたる必要があるため、より過酷な旅になってしまう。
我慢してもらうしかないですね。
ファルネはため息をついて歩き出すのだった。