2章 36話 本当の悪夢
「どういう……事?」
森の中。アルベルトが用意してくれたはずの洋館で、クレアは息をのんだ。
二人で暮らそうと話したその先にはなぜか王族であるロテーシャとクレアの義妹ヴィオラがいるのだ。周りにはロテーシャの護衛兵だろうか?数人の騎士の姿もある。
ロテーシャ達は確かフォルシャ教に逆らったとして謹慎処分になったと聞いていたのに。
何故こんなところにいるのだろう?
「貴方のせいで、私は大衆の面前で辱めをうけました。この罪どうやって償わせましょう?」
玉座のような椅子に座りながらいうロテーシャにクレアの妹ヴィオラが紅茶を差し出す。
クレアが怖くなって逃げようとすれば、なぜかサーシャに止められる。
「サ、サーシャ?」
「かわいそうな子。今までからかわれてたのに気づかなかったの?」
無言でクレアの手をとって止めるサーシャの代わりに口を開いたのはロテーシャだった。
「ど、どういう事!?サーシャは私を騙したのっ!?」
今までアルベルトと一緒に店を任されてずっと信用していた人だっただけに、クレアは動揺を隠せない。何故こんな酷い事をするのだろう?
信じられないといった目で見れば、サーシャは視線を逸らす。
「クレア姉様。王族であるロテーシャ様に恥かかせて、ただですむと思っているの?
もし、ロテーシャ様が王位継承権から外されたらどう責任をとるつもり?
その命で償ってもらわないと」
ヴィオラがティーカップを下げながら意地の悪い笑みを浮かべた。
何を言っているのだろう?
クレアは何もしていない、勝手にヴィオラとロテーシャがクレアに罪を着せようとしただけなのに。
この人達は狂ってる。ただわかる事は――ここにいたら殺される。
「……嫌っ!! サーシャさん離して!?」
逃げようとするのに、サーシャが腕をつかんでて離さない。
「さぁ水に顔をつけて溺死に見せかけるのよ。
この女を殺さなければ私の地位が危ういのだから」
ロテーシャが言えば、サーシャがクレアの両腕を押さえつけた。
その力は強く、女性の力とは思えない。
「はい。お嬢様」
と、中庭まで連れていかれ、池の前でその動きを止めた。
「可愛そうなクレア姉様。誤って池に落ちて死んだことになるのね」
妹のヴィオラが笑いながら言う。
「やめて!!サーシャ」
懇願するけれど、
「ああ、みっともない」「可哀想なお姉さま」と、ロテーシャとヴィオラが嬉しそうにクレアが抵抗するさまをせせら笑っている。
なんだろう。この人たちは。
何故こうも殺意を向けてくるの?
王族のネックレスを偽造までして嫌がらせをしてくるなんて尋常じゃない。
嫌がらせのためにそこまでする理由が、クレアにはどうしてもわからなかった。
「なんで!!なんでこんなひどい事を!!!」
「なんで?決まってるじゃありませんか。
貴方みたいな身分の低い女がアルベルト様と付き合っていた。
その事実だけで万死に値します」
「そ、そんなっ!!私はアルベルト様をただお慕いしてるだけです!」
クレアが言えば、そのままクレアの顔が池に押し付けられた。
ばしゃ!!!
覚悟していなかった状態で水中に無理やり顔を押し付けられ、大量に水が口から入ってしまう。苦しくてもがいていればまた顔を引き上げられた。
げほっ!!げほっつ!!げほっ!!!!
大量に入ってしまった水に苦しくてせき込んでいれば
「いい気味ね。クレア」
「可哀想なお姉さま」
と、ロテーシャとヴィオラの嘲笑が聞こえてくる。
水を吐きながら、クレアが必死にサーシャから逃げようとするけれど、サーシャはけっしてクレアを離さない。
「片づけに時間がかかりますから手短にお願いしますね」
ヴィオラの声が聞こえ――ざばんっ!!!
そのまま顔をまた顔を見ずに押し付けられる。
がぽっ!!
今度は覚悟していたため、口をふさぎ水を飲まないようにするが、それでもやはり息苦しい。 顔を水に押し付けられ息ができない。
必死に手足をばたつかせようとするがそれすら苦しくてできなくなる。
私は死ぬの………?
なんでこんな理不尽な事で?
やはり卑しい身分の妾の子が貴族であるアルベルトと結ばれようとするなんて事が愚かだったのだろうか。
クレアが思ったその時。
「何をしてるんだっ!!!!!!」
声とともにクレアの体がサーシャから解放され、顔が水面から引き離される。
かはっ!!!!!
飲み込んでしまった水を吐き出して、目を開ければ………そこにいたのは
「大丈夫かい?クレア?」
アルベルトだった。複数の騎士を引き連れアルベルトがこちらに駆け寄ってくる。
助けにきてくれた彼が助けてくれた。
「アルベルト!!」
アルベルトの登場に動揺したのかサーシャの手が離れ、クレアは泣きながらアルベルトの元に飛びついた。
「よかった。君がホテルからいなくなったから心配したんだよ。怪我はなかったかい?」
濡れてしまったクレアを労わるようにマントをかけて、アルベルトが頬をなでた。
「大丈夫。あなたが来てくれただけでうれしい」
「無事でよかった。愛してるよクレア」
「アルベルト様……」
クレアが泣きながらほほ笑めば……
「なんて言うと思った?」
アルベルトが醜悪な笑みを浮かべる。
……え?
クレアは戸惑った。
クレアを抱きながら笑うのは――クレアの知る優しいアルベルトではなく、残忍な笑をうかべるまったくの別人だったからだ。
「元から君は殺されるために騙されてたんだよ。楽しかったかい仮初の恋人ごっこは?」
クレアは一瞬言葉を失う。
「……嘘。なんで?なんでこんな事を?」
「遊ばれたのよ貴方。だってアルベルトは私の愛しい恋人ですもの」
そう言ってロテーシャがアルベルトと抱き合う。
「嘘……嘘だよね?アルベルト?」
「本当だよ。サーシャも僕もはじめから君を笑いものにするためにこんな手のこんだ事をしたんだ。一瞬でも夢を視られた事をありがたく思ってよ。
本当は舞踏会で断罪される予定だったのに、予定が狂ってしまったからね。
ここで大人しく傷物にされて殺されてくれ」
アルベルトに突き放されて。
ロテーシャの後ろにいたロテーシャの護衛騎士たちがニタニタ下種な笑いを浮かべて歩みよってくる。
ヴィオラがいい気味だわと笑い、サーシャはうつむきアルベルトとロテーシャは抱き合っていた。
意味がわからない。
アルベルトが裏切った事実がいまだ受け入れられない。
脳の理解が追い付かない。これは悪い夢なんじゃないだろうか?
こんな事ならあのまま池で殺された方がどんなによかった事だろう。
下級貴族のクレアに何年もかけて嫌がらせをしていた?
そこにどんなメリットがあるのだろう?
本当に意味がわからない。
ああ、やはり私は幸せになんてなれなかったんだ。
呪われた邪教の子。幸せになる権利なんてなかった。
それはわかる。でもなんで?何でこんな事するの?
「君の事が好きなんだ!付き合ってほしい!」
幼い時、顔を赤らめて告白してくれたアルベルトの顔が浮かんで涙がでる。
あの告白もすべて嘘だったのだろうか?
こんなくだらない事を見せつけるために何年もの間恋人を演じていたの?
アルベルト達は何が面白くてこんな酷い事を?
私は幸せになっちゃいけなかったの?
ああ、何で生まれてきたのだろう。
私なんて生まれなかったらよかったのに。
家の中で、食事もろくにもらえず使用人のように使われて。
これ見よがしに豪華なドレスを着るヴィオラを羨ましく眺める自分の幼い姿が浮かぶ。
愛した人も全部幻で。こんな形で裏切られるなんて。
何年も何年も騙されて。私には一体何が残るのだろう?
もうあのまま何もしらず水死してまえればよかったのに―――
思った瞬間。
クレアから黒い霧が立ち込めた。
「これは!?」
ヴィオラが悲鳴をあげた。
「どうなっているのですっ!!!!!」
ロテーシャも戸惑う
黒い何かがクレアを中心に渦巻散っていくのだ。
まるで闇が世界そのものを塗り替えるかのように。
青い空が灰色に染まり。黒い霧が世界を覆う。
「ああ、これこそ偉大なる力!!」
サーシャがそう叫び、その姿が変貌していった。
「な、何これ!?」
霧が収まったそこにいたのは……グールと化したサーシャやアルベルトに付き従ってきた男たちだった。











