2章 34話 陽光の月
「どういう事なの!!」
王族が罪を犯すと入れられる懲罰室でロテーシャは一人つぶやいた。
こんなはずではなかった。
あのままクレアは断罪されて、王族の貴金属を盗んだとして死刑になるはずだった。
そして落ち込んだアルベルトを自分が慰め、彼と結ばれるはずだったのに。
突然大神官ラーズが出て来たと思ったら、断罪されたのはクレアではなく自分だったのだ。
そして大衆の面前でラーズに裁かれ、ここ(懲罰室)にいる。
アルベルトが護衛についてから、ずっと夢見ていた。
18歳の自分が主催になった舞踏会でアルベルトに気持ちを伝え結ばれる夢。
その夢をクレアという下級貴族が踏みにじった。
だから公衆の面前で恥をかかせるはずだったのに……。
なんでこんなことに。
ロテーシャがぎしりと歯をくいしばれば、ーー突如視界がかすむ。
何なの……?そういえば以前もこんなことがあった気がする。
その時からなぜかクレアに対する憎悪が増した。これは何なの?
ロテーシャが目を細めれば
――ここから抜け出す力がほしいかい?お嬢さん?――
聞きなれた声が聞こえ、意識が遠のいた。
■□■
次の日。カルディアナ様が寝ている陽光の月の儀式も最後の日になったの。
よかったよかった。明日にはカルディアナ様が起きてくれるね。
カルディアナ様が起きたら、悪い奴を見つけてもらうんだ。
そんなことを考えていれば、ファルネ様が朝食を食べているところできりだした。
「カルディアナ様をお迎えする儀式?」
「はい。瞑想を終え目覚めるカルディアナ様をお迎えする儀式です。
今日はラーズ様の手伝いをしてこないといけません。すぐ終わります。
シリル様とリベル様と一緒にこの部屋にいてくださいね?」
ファルネ様がナイフとフォークできれいにお肉を切りながら言えば
『いる!いる!お菓子一杯!リベルこの部屋にいる!』
と、朝からホットケーキを食べながらリベルが幸せそうに手を挙げた。
『安心しなリーゼには指一本触れさせないよ』
お肉を食べていたのをやめてシリルもふんむーと頷いてくれた。
「うんうん。大丈夫。リベルもシリルもいてくれるし!
リーゼだって強くなったもん。
ファルネ様がいない間くらいいい子に本を読んでられるよ」
私がニコニコ顔で言えば、ファルネ様が嬉しそうに目を細めて頭をなでてくれる。
もう私も大きくなったものお留守番くらい大丈夫だよ。
ファルネ様の仕事が無事終わりますように。
■□■
「……クレアがいない?」
儀式を行うための準備中。
報告を受けたラーズが眉根を寄せた。
厳かな部屋に神官達が立ち並び、ラーズに服を着せている。
「はい。迎えに行った所……昨夜のうちにアルベルト卿とどこかに出かけたとのことで。
店主のサーシャも昨晩から見当たらないようです」
イヴァンの報告に、ラーズは手袋をはめながら眉根をよせる。
アルベルトといえば、クレアの恋人だ。
捕まったロテーシャの親族からの嫌がらせを恐れ他の場所に避難でもさせたのだろうか。
「なるほど。居場所が分かり次第クレアは保護しなさい。
ほかに何か変わったことは?」
「特にありません。ロテーシャ様もクレアの妹ヴィオラも牢で大人しくしているようです。
彼女達の周辺を調べさせていますが、荒野サソリと関係している可能性は低いかと。
現在薬の入手経路から犯人たちを割り出す方向で動いています」
「わかった。どちらも引き続き調査させなさい」
言って大神官だけが着ることのできる白衣を纏った。
クレアも確かに気になるが今は儀式のことに集中するべきだろう。
グラシルが失脚し、はじめての陽光の儀。
この儀式で大神官を補佐する者は実質神殿のNO2であることを示す。
今まではグラシルが一人でラーズの補佐をしていたが、今年はファルネとカイルの両名にやらせることになっている。
二人ともカルディアナとエルディアの加護もちで、大神官としての素質も十分だ。内外に、あの二人が次の大神官候補と知らせる必要があるだろう。
当人達は不服そうではあったが、カルディアナとエルディアの加護をもち、リーゼに懐かれているという点において、あの二人以上の適任者がいないのも事実である。
本来なら聖女であるリーゼも参加させたい所ではあるが、まだ人慣れしていないリーゼに無理をさせることもないだろう。
「何事もなく終わらせないと」
ラーズは言いながら神杖を神官から受け取るのだった。
□■□
「お前何ソワソワしてるんだ」
普段の神官服よりも質のいい儀式用の神官服に着替えた状態で、ファルネがカイルに問われた。
カイルは緊張した面持ちで、ファルネと控室でたたずんでいる。
すでに儀式のための着替えも終えて、あとは二人とも儀式が始まるのを待つばかりなのだ。
「いえ、リーゼはちゃんと歯を磨いているか心配で」
朝食を食べ終えた後に、リーゼの歯磨きを確認していなかったことに気づいてファルネは気が気ではない。
普段のリーゼなら時間通りにちゃんと行動するだろうが、今日はリベルとシリルがいる。
遊ぶほうに夢中で歯磨きを忘れているかもしれないと、カイルに真顔で告げれば
「母親かお前はっ!」
と、力いっぱい突っ込まれる。
「大体、陽光の儀式の大神官補佐なんて大任を任されて、心配することはそっちなのか!?
俺は緊張で手が震えてるのに!」
言うカイルを見てみれば、確かに手が震えていた。
昨年までヴァルノア派の神官が出張っていたため、カイルもファルネも儀式に参加はしていたが、儀式に祈りをささげる一員にしかすぎなかった。
しかし今年はヴァルノア派を一掃したおかげで、いきなりカイルとファルネが抜擢されたのだ。
「ラーズ様の経典を聞いて杖をお渡しするだけです。
特別なことをするわけではないですから」
「お前な!!それが神官職にとってどれほど名誉なことかわかって言ってるのか!?
変なところで肝が据わってるよなお前は」
「そうでしょうか?カイルは少し緊張しすぎですよ。落ち着いてください」
「歯磨きでソワソワしているお前に言われたくないっ!!!」
と、控室にカイルの悲鳴に近い反論が響くのだった。
□■□
「とうとう陽光の儀式だな」
広場で新人の神官にニコニコと男が話しかけてきた。
陽光の儀式に参加する大神殿の神官達が一堂に広場に集まっているその場所で、緊張した面持ちの新人の神官に話しかけてくるものがあったのだ。
新人の神官がそちらに目線を向ければそこにいたのはボルテだ。
ベテラン神官で、よく自分に指導をしてくれていた人物に話しかけられて新人の神官は嬉しそうに目を細めた。
「はい。初めてなので緊張します」
言って、はぁーっとため息をつく新人の神官。
陽光の儀は神殿の儀式の中でも重要な位置を占め、その儀式に参加できるということは大変栄誉な事だった。
本来なら自分のような新人が出ることのできるような儀式ではないのだが……今回は大型サソリが街で暴れた件で、優秀な人材が外に出払っているため自分のような新人も儀式に参加できることになったのだ。
それでも初めての参加に高鳴る鼓動が抑えられない。
「だったらこれを飲むといい」
言ってボルテに渡されたのは綺麗な透明なポーションだった。
「これは?」
「俺が調合したポーションだ。気分が落ち着く」
「ありがとうございます。早速いただきます!」
言って神官は嬉しそうに受け取った。
ボルテは神官の中でも優秀な薬の調合師だ。
彼のだすものなら間違いはないだろう。
もちろん、彼は知る由もなかった。薬を渡したボルテが不敵な笑みを浮かべていることを。











