2章 22話 禁呪(他視点)
「シリル様。お呼びでしょうか」
聖都の貸し切った高級レストランの一角でラーズがシリルに尋ねた。
あれからご飯が美味しいとはしゃいでいるリーゼとリベルを置いて外の空気を吸ってくるとシリルは別室に来ていたのだ。
『ああ、嫌な感じがして来てみたけど、どうやらカンは当たっていたようだね』
「カン……ですか?」
窓の外を眺めたシリルの一歩後ろでラーズが尋ねる。
『かつてファラリナを滅ぼした禁呪の薬と同じ匂いがかすかに香っている。
臭いが希薄すぎて特定まではできないけどね。
恐らく同じ薬草をどこかで使用しているだろう』
「……しかし伝承では禁呪に使われた植物は二度と育つ事がないとありましたが」
『だからこそ匂うのはおかしいのさ。似た薬草を見つけて代用しているのかもしれない。
どちらにしても用心したほうがいいだろう』
言うシリルの顔は獲物を狙う獣の顔だった。
■□■
500年前。
ファラリナはまだ緑豊かな大地だった。
当時の聖樹ファラリナはカルディアナより強大な力をもち、この大陸を繁栄に導いていたのだ。
そこは現在のカルディアナをも飲み込むほどの広大な緑地が広がり、聖獣が住み繁栄していた。
人間もその恵みにあやかろうと何度も聖女であるリベルの母クラウに土地の少しを恵んで欲しいと頼んだがクラウはその地を譲ることはなかった。
ファラリナは聖獣の聖地だったのだ。
だが――ある小さな聖樹の地で。聖女と神官の恋愛によるいざこざがおき、ランディウナを祀っていた神殿の神官が聖女に危害を加えてしまう。
神官の一族はその地を追い出されてしまい、ファラリナに泣きついてきた。
ランディウナも聖女が気にしているから……とファラリナに頼みその人間たちをごく小さな土地を与え住まわせる事にした。
だが、これが間違いだった。
人間はファラリナを欲していたのだ。
広大な緑地をもつファラリナを自らの手にいれたい。
人間こそが至高であり、聖樹に支配される今の状況はおかしいと神々を祀る新興宗教ダルシャ教がランディウナを祀る神官一族をそそのかした。
そして密かに開発していた聖樹に対抗する『禁呪』を授けたのだ。
人間の一部は聖樹に支配される側から支配する側へとなるべくダルシャ教をまつり、ファラリナに反旗を翻す。
ダルシャ教は人間の住む地では聖樹を祀る人間達に、自分たちの聖樹を傷つけるなと反対されてしまうため、獣しかいないファラリナを狙った。
ファラリナを支配下に置いたという実績が欲しかったからだ。
こうしてダルシャ教徒と聖獣の戦いがはじまった。
聖獣達は戦いを挑んだが、一匹、また一匹とダルシャ教徒が編み出した禁呪によりグール化され操られてしまう。
グール化してしまうと理性を失い、身体が鋼鉄化し術者の命令だけきく人形になってしまうのだ。
かつて仲間だった聖獣達が聖女クラウと聖樹ファラリナに襲い掛かり、聖獣と人間の戦いは聖獣たちの劣勢だった。
クラウがグール化されたかつての仲間達に攻撃をせず束縛し元に戻そうと奮闘し――人間にその弱い心を見透かされ利用されてしまったからだ。
そしてクラウはグール化した別の聖獣から聖女クラウの子ども、当時赤子だったリベルを守ろうとし――自らもグール化してしまう。
そこで――覚醒したのがリベルだ。
ファラリナはリベルの身体を使い、この世界に顕現した。
ダルシャ教徒達は顕現したファラリナを自らの支配下に置こうと禁呪を発動させようとしたが――ファラリナの力の足元にも及ばなかった。
ファラリナは土地の恵みを諦めてすべての力でダルシャ教徒達を滅ぼすために使ったのである。
その土地の豊穣に使うはずの力のすべてで人間達を滅ぼす事にしたのだ。
ダルシャ教徒達は、ファラリナが豊穣の恵みを捨て、すべての力で自分たちを殺すことに使うなど考えてもいなかった。聖樹は大地の緑化を止める事が出来ないと勝手に思い込んでいたのである。聖樹の力は人間など相手にならないほど強大で。
ファラリナは自らの地にいるダルシャ教徒をグール化されたクラウの精神を伝い、術者をグール化させ、各地に散るダルシャ教徒達を殺しにいかせた。
記憶を貪り禁呪に関する知識をすべて滅ぼしたといわれている。
ファラリナ以外の聖樹達もファラリナに力をかした。
各地に散っていたダルシャ教の教徒達を殺すためその地に足を踏み入れたグールたちを招き入れ、ダルシャ教の残党を殺すのを許したのだ。
こうして、一時期は人間の希望ともてはやされ、各地の聖樹教を凌ぐ勢いをみせたダルシャ教は聖樹達によって滅ぼされたのだ。
そしてこの事件後、人間達は一部の聖樹達から住む事を拒否され追い出されてしまう。
伝説では人間を哀れに感じた当時まだ幼木だったカルディアナが慈愛をもって緑地面積を増やし、人間を受け入れたとされているが――以前、ラーズに、「嫌々受け入れてあげたのに、うちの愛し子ちゃんに酷い事をして恩を仇で返すなんてマジ人間は滅びればいいのに。つーか滅びろ」とぼやいていたので、慈愛をもって受け入れたわけではないのだろう。
聖樹達にも聖樹達の決まりと事情がある。
ラーズが知る歴史の中で聖樹と意思疎通できる人間の聖女が生まれなかったのは、元々聖樹達が人間に対し、好意的ではないのが起因しているのかもしれない。
「しかし……禁呪を知る者はすべてファラリナ様に滅ぼされたはずでは?」
『私も禁呪が復活したとは思ってないさ。
だが、あの嫌な匂いがする。
リベル達がエルディアの森に避難してきたとき漂っていた薬の匂い。』
「最近勢力をまた盛り返してきたと聞き及びましたが……何を企んでいるのでしょう?」
『わからないけどね。危険性があるなら放ってはおけない。
エルディアの森はいま封鎖している。
蜘蛛の子一匹入れないはずだよ。
そこらへんはアンタたちで周知しておいておくれ』
「わかりました。エルディアの森にいる神官達の食料なのですが……」
『もうとっくに追い出したよ。
こっちに向かってるんじゃないかね』
「承知しました。お心遣い感謝致します」
『ま、私がリーゼやリベルの護衛をするから安心しな。
どのみち禁呪が関わっているのだとしたら人間の護衛など役にもたたない』
「かしこまりました。
カイル。至急会議を開く用意をしてくれ。
神殿に一般人や業者などの入れる地区を今以上に狭め、リーゼ様の部屋に近づける者を今以上に減らす。
同時に2年以内にこの都市に来たものの調査をはじめる。
身元出身地を調べ上げ、怪しいものは隔離する許可を国王陛下より賜ってくる」
「はい。かしこまりました」
「ファルネにも伝えてくれ、これからはリーゼ様から目を離す事のないように」
「はい。かしこまりました」
「……それで、ラーズ様、明日行く予定の豊穣祭りの舞踏会はどういたしましょう」
カイルの言葉にラーズは腕を組む。
本来なら行かせたくはないのだが……カルディアナの件を考えると行かせないとも言いにくい。
既に警備は万全にしており、戸籍のないものは参加不可能だ。
ソニアの代わりを偽って儀式にでたシャーラの件から、身元は魔力の波長を記録するようになった。
まだ国民全体には行き渡ってはいないが、今回参加する貴族や商家の者は全てすませてあるはずだ。
国王も参加する行事のため警備も万全にしてある。
兵も各所に配置しており、部外者が入れない状態で何か出来るとも思えない。
が、シリルの話を聞いた今参加させるとも賛同しにくい。
カルディアナも陽光の月の瞑想の期にはいってしまったため連絡がとれない。
ラーズとカイルの視線がシリルに向かう。
『……楽しみにしてるなら仕方ないだろ』
シリルがため息をついた。
もし相手が本当に禁呪を使うなら、聖女の住む神殿でも危険度は変わらない。
むしろ居場所がばれている分危険かもしれないのだ。
一番安全なのはシリルが側にいる場所だろうと、シリルがラーズに語るが……。
ラーズは心の中で微笑んだ。
結局。シリルもリーゼに甘いのは変わらないらしい、と。











