2章 4話 気苦労
「ラーズ様」
大神官の執務室で。
仕事をしていたラーズの元にファルネが尋ねて来たため、ラーズは書類の手を止めた。
ファルネはラーズの前で祈りのポーズをとる。
「ファルネか。豊穣祭の件……リーゼ様は何と?」
「はい、明日にも行きたいとの事です」
ファルネの言葉にラーズは少し困ったような表情をして顎に手をあてた。
元々ラーズがファルネに聞いてくるように頼んだものでもあったのだが……
「……そうか。わかった警備を配備し、何人か隠れて警護させる。行動はそのつもりで。
廻るコースは事前にこちらで決める。予定外のコースは行くことは禁止だ。
加護がある為大丈夫だとは思うが、リーゼ様から離れないように。
どうもきな臭い噂がある」
「噂……ですか?」
「トルネリア大陸の話だが邪神を崇拝していた組織がまた勢力を取り戻しつつあるらしい。その一団がこちらの大陸に密航したという噂があるのだ」
「邪神?」
「数百年前。聖樹ファラリナ様に害をなしたダルシャ教という邪教。
聖樹崇拝を否定し、聖樹の力を人間の手に入れ、聖樹ファラリナ様をアズゴアルという神に捧げようとしてファラリナ様に滅ぼされた教団、お前も知っているだろう?」
ラーズの言葉にファルネは息をのむ。
ダルシャ教といえば、リベルの生まれ故郷であるファラリナを滅ぼした集団だ。
その話をカルディアナに住むもので知らぬ者はいないだろう。
「ファラリナ様の力で禁呪自体は消えたはずだが、その邪教を復興しようとする組織があるらしい。
新たに組織をつくりあげて、また人数を増やし活動をはじめたという。
護衛の神官を付けてはいるが……もしその護衛が殺されるような事があれば、リーゼ様に加減はしないようにと、伝えておいてくれ。
神殿のつけた護衛が敵わぬ相手はかなりの手練れだ。邪教徒の可能性が高い」
「……殺せという事でしょうか?」
「不服か?」
「……できればもう彼女には……」
「人を殺させたくないという気持ちはわかるが、聖女は本来、聖樹様を守るため外敵を殺す事もその任である。
カルディアナ様に害をなそうとしてくる集団を殺すのは【聖女】としての使命だ。
相手はかつて聖女を殺した集団という事を忘れるな。
私やお前同様、どんな傷でも復元可能な【守護の加護】を賜っていたにも関わらず死んだ。
それが意味することがわかるだろう?
我らが最優先するべきは聖女様の命であり、多少の犠牲は問わない。
もちろん聖女様のお手を煩わせないのが一番ではあるが万が一という事もある。
そのために法と誓約があるのだから」
「そのような危険な集団がいるのに外出してもよろしいのでしょうか?」
「まだ噂の段階だ。
カルディアナ様の加護のあるこの地でそこまで警戒する必要もないだろうが、念のためだ。それに……」
「それに?」
「カルディアナ様の命だ。逆らいようがない。
リーゼ様に楽しい思い出をつくるようにと」
言ってラーズは大きくため息をつく。
豊穣祭にリーゼを連れて行く事はカルディアナの命令なのだ。もし危険と感じていればカルディアナがそのような事を言い出す事もないだろう。
本来なら、リーゼを外に出したくはなかった。
彼女はまだ人慣れしていない。外に出すには不安要素が多過ぎる。
力を暴走させて、広場で死者がでてしまう……などという事態は避けたい。
リーゼに豊穣祭があるなどと告げなければリーゼが行きたいという事もないのだから黙っていればよかったのである。
だが……カルディアナがラーズの夢枕に立ち、「うちの可愛い愛子ちゃんにパレードみせてあげてね♪」と、何故かナタをもちながら凄まれた。
知らせないというわけにはいかない。
出来れば断ってくれるとありがたかったのだが……。
聖女として参加してしまえば、リーゼが大勢の人の目に晒されることになる。
リーゼ個人に恨みがなくても聖女という存在に敵意をもつものもいるかもしれない。平民として身を隠し、なるべく目立たず穏便に済ます方がいいだろう。
カルディアナが乗り移っていたときのリーゼと今のリーゼでは雰囲気も髪の色も違うため、平民の格好をしていればバレることもないはずだ。
カルディアナが、「うちの聖女ちゃんが動きにくいのはかわいそうだから♪」
と、都市に住む者達はリーゼの姿に関する記憶を曖昧なものにしているはずである。
世間一般では聖女の名前は「ソニア」という事になっているため、リーゼと呼ばれようとも周りが気づくこともない。
なるべく祭の雰囲気を楽しめつつ、あまり人と関わらないで済むようにコースを考えないと。
ラーズは大きくため息をつくのだった。
ポイント&BM&誤字脱字報告本当にありがとうございました!!