1章 2話 天国
声が聞こえた。
「おい、お前まさか本当にその子どもを拾っていくつもりか!?」
「放ってはおけないでしょう?
ここでこの子に会ったのもなにかの縁です。
見捨てるわけにはいきません」
男の人がしゃべっている。
この人たちが天使様なのかな?
なんだか身体がすごい軽い。
ふわふわふわ気持ちいい。
生きているのはとても辛くて。
楽しいことがなかったけれど。
でも大丈夫。
パパとママとの約束は守ったから。
いつも笑っていい子にしていたよ。
だからお願い。
天国じゃなくてもいいからパパとママにあわせて。
私に笑顔を向けてくれる人。
私に話しかけてくれる人。
私の話を聞いてくれる人。
私をぶたない人。
私に怒鳴り散らさない人。
私の悪口を言わない人。
会いたい。会いたい。パパとママ。
そこで――私は目を醒ました。
■□■
「大丈夫ですか?」
あったかいふかふかのベッドの上で。
私は目を醒ました。
見渡せばどこかの室内なのかな。
机も椅子もベッドもあるお部屋に私はいた。
目の前には絵本にでてきた神官の格好をした男の人が立っていた。
この人が天使様なのかな?
「……あ、あ……」
お礼を言おうとするけれど声がでない。
そういえば助けを呼べないようにと喉を焼かれた。
でも不思議。痛くない。天国だからかな?
「……ああ、大丈夫。しゃべれないなら無理をしなくていいですよ。
痛むか痛まないかだけ頷いて教えていただけますか?」
言って微笑む男の人の顔は優しくて、私は確信した。
きっとこの人が天使様だ。
私は天国に来たんだ。
だって私がいる場所はふかふかのベッドの上だもの。
生きている時私は卑しい身分の子供だからベッドなんて使わせてもらえなかった。
そういえば気を失う前は全身が焼けるような痛みがあったのに、いまは全然痛くない。
天国って本当に痛みのない場所なんだと嬉しくなる。
「……どこか痛みはありますか?」
天使様に問われて私はぷるぷる頭をふった。
いつもは身体のどこかが痛いのに、今日はどこも痛くない。
嬉しいな。嬉しいな。
痛いのは嫌いだから、痛くないのは幸せ。
「では、声は出せますか?」
また首を横にふる。天使様にお礼が言いたいのにお礼が言えないもの。
「……ふむ。少し触ります。いいですか?」
言って天使様の手が伸びてきて、思わずびくりとなってしまう。
天使様でも手は大きくて。
どうしても打たれるのかと身体が構えてしまうのだ。
「……ああ、大丈夫ですよ。痛いことはしませんから」
言って喉に触れる天使様の手は温かい。
「……なるほど。声帯を潰されているようです。
これでは声を出すのは無理ですね。
……全くひどい事を」
天使様の顔が険しくなる。天使様でもこんな顔をするんだ。
と、私がマジマジ見ていれば
「紹介が遅れました。私はファルネ。
フォルシャ教の神官です。
貴方が森で倒れていたのでここに連れて帰りました。
何故あのような場所で倒れていたのか、憶えていますか?」
問われて、私は天使様を見つめた。
ここは……天国ではなかったの?
天国でもないのになんでこの人は私を助けてくれたのだろう。
役たたずで、汚くて。卑しい生まれの私を。
もし、神官様にそれがしられてしまったら、私はここを追い出されてしまう?
身体がガクガクと震えてしまうのがわかった。
どうしよう、またウザイ奴と蹴られてしまうのかな。
お願い止まって震えないで。
身体にお願いしても、手足の震えは止まらない。
どうしようどうしようどうしよう。
ファルネ様は私の顔を見ても怒る事なく、優しい目で見つめ返してくれた。
「言いたくないなら、言わなくても構いませんよ。
ここは貴方を傷つける者はいません。安心してください。
貴方は私の庇護下に入ります。
この家にいる限り、誰も貴方に手出しはできません」
言って、ファルネ様が私に手をかざすと、一気に眠気に襲われる。
ふかふかのベッドの上で。
枕に顔をうずめて私は思う。
きっとここは天国なんだね。